第39話 ダンジョンをめぐる転換期
総理大臣官邸、閣議室の巨大な円形のテーブルに座った大臣たちは1人の男の説明を耳にしながら真剣な表情で手元の資料へと視線を走らせていた。ときおり冗談も飛び交ういつもの閣議とは違い、一言一句も聞き逃さないように静まり返るその姿は現在説明されている問題が重大な案件であることを何より示していた。
「このようにダンジョンから溢れ出たモンスターについても入り口の警察官や自衛官で対応出来ていますので国内ダンジョンとしては問題ありません。続いて海外における状況……というよりは、現在問題になっている海外旅行を名目として国外ダンジョンへと探索に行く国民についてですが、現状としては対応が難しいとしか言えません。規制を行えば反発は必至ですし、相手国との外交関係の悪化も懸念されます」
その言葉に数人の大臣からため息が漏れる。男が対応は難しいと言ったその問題こそ、現在最も頭の痛い問題だったからだ。
日本政府がダンジョンの出現を確認した5日後、アメリカ、EU諸国、ロシアなどと極秘裏の電話会談の上で時間を合わせて同時に行われたダンジョンの出現を認める記者会見以後、ダンジョンは世界中の話題をかっさらっていた。
新聞、テレビなどの各種マスコミは言うに及ばず、インターネットの掲示板やSNSなどでもダンジョンに関連する情報が日々発信、提供され異様な盛り上がりを見せていた。
そんな中、各国の首脳陣がもっとも頭を悩ませたのはダンジョンの民間への開放という問題だった。
ダンジョンの出現によってレベルと言う概念が発生し、モンスターを倒しさえすればレベルが上がりそれに伴って身体能力が向上することは早い段階でわかっていた。レベルアップする全ての者が善良であれば問題はない。しかし悪意のあるものがレベルを上げてしまえば治安の悪化は免れないことは明白だった。
また万が一ダンジョン内で死亡した場合の責任の所在や武器の携行に関する問題など、課題が山積していたのだ。
そしてその民間への開放という問題をさらにややこしくしたのはモンスターを倒すとドロップする石、通称魔石の特殊な性質が判明したからだった。
地球上にあるどの元素にも当てはまらないその物質は周囲の現象を読み取り、それを保持し続けるという性質を持っていた。つまり火の中に入れればそこから取り出したとしても魔石は発火し続け、水の中に入れれば魔石は水を流し続けるのだ。もちろん無限ではないがそれまでの物理法則を無視するかのようなその性質の有用さは言うまでもなかった。
とりわけ先進国の中で注目されたのは魔石による発電である。状態を保持するということは突発的な変動がないということ。つまり安定的な発電が可能だった。大掛かりな制御装置なども必要ないため今までの懸案であった送電ロスなどにも対応でき、発電に伴う温室効果ガスの発生もないのだ。
エネルギー自給率が10%以下の日本のような国からすればまさにモンスターから採れる魔石は夢の資源だったのだ。つまりあればあるだけ欲しい状況である。
さらにダンジョンから出ることは出来ないと考えられていたモンスターが外へと出てくる事象が起きたことであらかじめ自衛の手段を、と言う声もあがっていた。
そのような状況の中で日本は未だに民間人がダンジョンへと入ることを禁止していた。理由は様々ではあるが、最も大きなものはダンジョン内で民間人が死亡した場合を恐れてのことだ。
既に日本は自衛隊や警察が協力し、いくつものダンジョンを制覇してきた。万全の体制を整え、選りすぐりの人材を投入したのだが、その途上では少なくない死者が出ていたのだ。不用意に訓練されていない民間人をそんな危険なダンジョンに入れてしまえばどうなるかなど明らかだった。
掲示板やSNSなどで盛大に叩かれながらも一貫して拒否の姿勢を貫いていた政府だったが、ある旅行会社が始めたツアーが波紋を起こした。
そのツアーの名は「ダンジョン探索ツアー」だ。飛行機で2時間程度で着く隣国のダンジョンが誰にでも解放されていることに目をつけた旅行会社が、ダンジョン探索をしたい日本人をターゲットに始めたそれは話題を呼び、そしてたちまち人気ツアーになってしまった。
ツアーの内容は至極簡素だ。空港到着後、ダンジョンそばの街のホテルにチェックインして荷物を置くと、現地スタッフに手伝ってもらいながらダンジョンへと入る手続きを行い、その後は自由にダンジョン探索を行うことが出来るというものだった。
もちろん探索が出来るといってもモンスターを倒すことができずにレベルアップ出来なかった者やレベルアップはできたが怪我を負う者もいた。その事実を知ってもなおツアーに応募する者は後を絶たなかったのだ。
そしてその人気にあやかり同業者が次々と同じようなツアーを企画していきダンジョンへ行きたければ海外へ行けば良いということは世間一般の常識になっていった。
「現状ではまだ死者が出たという報告は受けていません。しかし件のダンジョンは規制がない分、管理が甘いという話も聞いています。このままではいずれ……」
「死者が出る、か」
「その通りです。さらに言えばレベルアップした者を管理できていない今の状況も危険です。一部の暴力団でも別の国を経由して、かの国へ渡航する動きが見え始めたとの報告もあります」
その言葉に総理大臣の岸が眉間にしわを寄せて顔をしかめる。そして周囲の大臣たちを見回したが、この盤面をひっくり返すことの出来そうな者はいなかった。
今までにない強気な外交や改革などにより高い支持率を誇ってきた岸内閣ではあるが、このダンジョンが現れて半年足らずでその支持率を大きく落としていた。いや、正確に言うのであればダンジョンの民間人への開放を掲げる野党へと無党派層が流れた結果、勢力が拮抗してしまったのだ。このまま行けば次の選挙において与党が大きく議席を減らすことは疑いようがなかった。
しかし岸にとって気がかりだったのは議席を減らすことではなく、海外モデルを形ばかり真似したずさんな民間への開放が行われた場合の国民への影響だった。
岸はしばらく目を閉じそんな未来へと想像を巡らせると、息を吐きゆっくりと目を開けた。その目には強い意志が宿っていた。それを察した者たちが静まり返り、それが部屋中に伝播していく。
「民間人へとダンジョンを解放しよう。明日の記者会見で発表してくれ」
「野党が騒ぎそうですが……」
「どちらにせよ騒ぐさ。それが野党としての仕事だからな。それよりも民間人への開放に向けての準備を頼む。慎重に検討したいところだがあまり時間はかけられんからな」
「草案は既にいくつか用意できていますので具体的な検討に入らせます」
「頼んだ」
岸のその言葉を合図に閣議は終了し、大臣たちは岸の期待に応えるべく動き始めた。出て行くその姿をじっと見つめながら岸はダンジョンという非常識な存在と付き合わざる得なくなった日本の未来へと思いを馳せ、大きくため息を吐いた。
ジャンル別日刊5位 攻略できない初心者ダンジョン
( ゜д゜) ・・・
(つд⊂)ゴシゴシ
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ありがとうございます。本当にこんな感じでした。