第34話 人形改造
<人形改造>をしようと考えたら出てきた道具は、へラを持てば粘土のように、小刀を持てば木らしくサンの体の質を変化させる。
便利だと思う反面、物足りなさも感じる。木には木の良さがあるんだけどな。木目に刻まれたその木の歴史を感じることが出来ねえのを残念に思っちまうのは贅沢な悩みだとはわかっちゃいるが。まあもともとモンスターなんだし、さらに言えば俺が召喚したんだから歴史もへったくれもねえんだが。
鉛筆で正中線を書き、おおよそのパーツの位置を決めてから顔の凹凸を作っていく。鼻、口、頬、でこを少し大げさ気味に盛り上げてやるとなんとなく人の顔に見えるようになる。削るのは後でも出来るからな。それよりも左右の対称性や位置の方が重要だ。
全体を見ながらヘラを使って口のラインを引く。やっぱサンは笑った顔が似合うだろうから口角は上げておく。唇はちょっとぷっくりした感じか? まあ後で全体を見ながら調整すればいいしとりあえずフィーリングで進めちまおう。
目頭のあたりを凹ませ直線的に鼻筋を通してから小鼻へと緩やかなカーブを描くようにヘラで整える。いわゆるローマ鼻ってやつだ。口との高さや位置に注意しながらおおよその形が出来たところで鼻の穴を開けてやり、小鼻を調整して鼻と口の間に溝を作ってやれば口と鼻周りは大まかに完成だ。
次は印象を大きく決める目だな。とは言え眼球を入れた後に最終調整をするつもりだから、全体のバランスを見ながら瞼を閉じている時のように膨らみを持たせて眉骨の辺りを整えたら現状では終わりだ。
これで大まかな顔の造作は終わったので次はひたすらにヤスリがけだ。防塵マスクをつけた後、スポンジタイプのヤスリの荒いもので大きく削り、徐々に細かくしていってその表面を整えていく。根気はいるがここで怠けると印象ががらっと変わっちまうからな。
表面が滑らかになりおおよそ満足のいく状態になったらいよいよ目入れだ。普通なら頭を割って型を取り出してから目の部分を貫通させて整えてからグラスアイやアクリルアイを内側からくっつけるんだがもちろんパペットであるサンにはそんなことは出来ない。
彫って眼球を埋め込んでから目の周りを整え直すということも考えたが、DPで出来る<人形改造>の中に目も含まれていたのでそれを試してみることにした。グラスアイなんかの義眼じゃなくって実際に見ることも出来るようになるらしいしな。
サンの目のイメージはやっぱオレンジだな。喜びとか向上心を感じさせる色だしよく似合うだろう。片目で10DPというサン本体と変わらない値段だが最初と違って余裕のある現状なら問題はねえ。
タブレットで選択して目を入れてやると多少サンが驚きばたついたが、俺が「落ち着け」と言うと大人しくなり動きを止めた。眼球は動かねえがやっぱ見えているんだろう。常識からは外れているんだろうがその変化に思わず笑みが浮かぶ。
しかし目を入れるとやっぱ印象が変わるな。口や鼻などを再度整え、あごのラインを引いて顎から首筋にかけてのラインを彫刻刀で削っていく。全体とのバランスに注意しながら大まかに削れたら再びヤスリがけだ。ここで怠けると……以下略。
最後に目の高さにだいたい中心が来るように左右に耳をつけていく。縁を内側に丸め穴へと向かう流れを意識しながら角のないように形を整える。耳たぶは若干大きめにするかな。
耳まで完成すれば大まかな顔は出来上がりだ。立ち上がって全体を見つつ微調整すればサンの快活で優しそうな顔の出来上がりだ。
作業が一段落したので大きく息を吐く。その呼吸音で察したのかタブレットで侵入者たちを観察していたセナがこちらへと目を向けた。
「んっ? 終わったのか?」
「顔だけだけどな。まだまだ体とか髪とか服とかそれこそ着色だとか出来ることはいろいろあるんだがどこまでやるべきか迷うな」
「……」
サンが手と首をブンブンと横に振ってとんでもない、これで十分だと伝えてくるがそれに笑って返す。
確かにパペットは大きなデッサン人形のような体をしていてその作りも雑だ。<人形改造>をしたとしても限度があるだろう。でもこれは頑張っているサンへのご褒美みたいなもんだし、俺としても出来る限りのことはしてやりたいと思っているから中途半端はなしだ。
じゃあ続きを……
「とりあえず休憩したらどうだ。さすがに6時間ぶっ続けは体に毒だぞ」
「えっ、マジか?」
「マジだ。ずいぶん楽しそうだったから放っておいたが、私の腹が限界だ」
セナが自分のお腹を抑えると、まるで図ったかのようにくぅーと可愛らしい音が響いた。タブレットを見ると確かに昼はとっくに過ぎている。集中しすぎていたせいで気付かなかったな。セナも律儀に俺が作業をやめるまで待っていてくれたのか。こいつにも悪いことを……
ガサッ。
ビニール袋が擦れるような音にちょっと体をずらしてセナの背後を確認する。そこには空になった大量のせんべいの袋が折り重なっていた。こめかみがピクピクと動き出す。
「てめえ、普通に食ってんじゃねえか! ちょっと申し訳ないなと思った俺の気持ちを返せ!」
「馬鹿者! 食事とせんべいを同一視するな。せんべいに失礼だろうが!」
「失礼って、せんべいになのかよ!」
「……」
ぎゃーぎゃーと不毛な言い争いを続ける俺たちの間でサンは笑顔のままあわあわと体を動かしていた。不毛なんだがなぜかそれがとても楽しく思え、いつの間にか笑みが浮かんでいたのだった。
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