第32話 俺にとって……
「で、どういうことだ?」
「どういうって言われてもな。言葉のとおり【人形師】のクラスがレベルアップしたんだろう」
「あぁ、そんなんもあったな。忘れてたわ。でも確かDPでレベルアップするんじゃなかったか?」
「経験によるものももちろんある。簡単な方法としてDPによるレベルアップがあるというだけだ。透も知っているはずだぞ」
「あー、言われてみれば確かに」
確かにうっすらとそんな感じの知識もあるような気がする。だけどセナのように確実に知ってるとは言えないくらいのもんだ。俺があんまそういったことに興味がなかったからなのかもしれねえけど、記憶がないことと言い何かバグが発生しているような気がするよな。
まあ原因なんてわかるはずねえから究明なんてしねえけど。セナに聞けばなんとかなるんだしな。
DPで今回はレベルアップしたわけじゃねえから今回は経験によるものってことだが、ということは桃山を殺した経験値が凄かったってことか。最初に2人の警官を殺した時にはレベルアップしなかったのにな。まるでメタルなスライムみてえなやつだ。得られるDPも多かったし。
「つまり桃山を倒しまくればレベルが上がると」
「人を殺したところで【人形師】が得られる経験などわずかだぞ。透が直接戦った訳でもないしな」
「んっ、どういうことだ? だって今回いきなり何回もレベルアップしたぞ」
「そうなのか?」
「おう」
不思議そうに尋ね返してきたセナにうなずいて返す。うーん、どうやらセナの知識と今の状況には差異があるようだな。まあ全部が全部わかっている訳じゃねえんだけど。
しばらく2人で頭を悩ませているとセナが首を傾げながらも口を開いた。
「もしかしたらダンジョンで人を殺すまでレベルにロックがかかっていたのかもしれんな」
「殺すまでって、初日にセナが2人を……」
その先の言葉を言って良いものかどうか悩んで言葉を濁す。そんな俺の様子にセナが苦笑いを浮かべた。
「そうだな。私は2人を殺した。しかし厳密に言えば私はダンジョンのモンスターや罠ではないからな。ダンジョンの力で殺したということが条件であれば外れた可能性もある」
「で、止まっていた間に溜まった経験値のせいで一気にレベルが上がったってことか」
「あくまで可能性の話だがな」
淡々とした口調でセナが告げる。その姿は平静を装ってはいたが俺にはセナが感情のないただの人形であるかのように感じられた。 まだセナと会って1週間も経ってねえし、その考えが全て手に取るようにわかるはずはない。だが少なくともこいつが感情を押し殺して強がっているってことぐらいはわかる。だから……
セナを抱き上げ視線を合わせる。その吸い込まれそうな紫の瞳が揺れる様子に笑みが浮かぶ。
「おっ、おい!何をするつもりだ」
笑ったまま顔を近づけていくと、セナが視線を左右にせわしなく動かしながら短い手足をバタバタさせて抵抗してきた。先ほどまでとは打って変わって命を感じるその姿に笑みが深まる。
さらに顔を近づけるとサッと頬に赤みのさしたセナが体をこわばらせながらきゅっと目を閉じた。思った以上に純情な奴だ。そんな素直な反応をされるとこっちの方が照れるんだけどな。
俺も目をつぶりそしてゆっくりとした速度で俺たちは触れ合った。そしてしばらくそのまま繋がり合う。
額でセナを感じながらゆっくりと瞼を開けると、困惑した表情をしたまま恐る恐る目を開けようとするセナと視線が交わった。感情を伴いながらゆらゆらと揺れるその瞳はとても綺麗だ。
「セナ。お前が何を考えてんのかなんてまだ俺にはわかんねえ。すぐ俺のことをからかいやがるし、せんべいばっか食べやがるし、そのうえ飯は俺以上に食べるし……」
「ほう、喧嘩がしたいなら言い値で買ってやるぞ」
セナの視線が鋭くなり剣呑な雰囲気を醸し出し始めた。だが今はそれさえも悪いことではないんじゃねえかなって感じる。若干嫌な汗が流れ始めてるけどな。
「そうじゃなくてな。うまく言葉が見つかんねえんだけど……ほらっ、あれだ。なんていうか俺たちは運命共同体、つまり家族みたいなもんだ。だから変な我慢なんてする必要はねえんだよ。悩んでいることがあるなら言え。嫌なことは嫌って……これは普通に言ってるよな。あれっ、結局何が言いたかったんだ?」
話しているうちに頭の中がこんがらがってきてうまく言葉が出てこない。こういう時に格好よく相手への言葉を紡ぐことが出来るのがイケメンなんだろうな。少なくとも俺にその気は全くなさそうだ。
良い言葉を探して、あー、うーとうなっていると手に揺れ動く感触を覚える。そちらへと目をやるとセナが体を震わせながら笑っていた。しかも目尻に涙を溜めるほどだ。失礼な奴だな。
セナは目尻を手で軽く拭って微笑みながら俺を見つめた。
「やはり透は馬鹿だな」
「おう」
「馬鹿で、のろまで、危機感が皆無で、スマートさの欠片も感じられない。さすが童貞だ」
「いや、それは言いすぎだろ。しかも童貞かはわかんねえし」
記憶がねえから可能性は無限大だ。もしかしたらモテモテだった可能性も微レ存だからな。低すぎる可能性に自分で言ってて虚しくなるけど。
「本当に仕方のないやつだが運命共同体で家族だからな。大目に見てやろう。私の寛大な心に感謝してむせび泣きながら奉ると良い。お供えは1日1袋の高級せんべいでいいぞ」
「なあ、それって家族じゃねえよな。めっちゃ上から目線だし」
俺のツッコミにセナがハハッと笑う。その表情は生き生きしていてそれが俺にとってはこの上なく嬉しかった。やっぱセナはこうでなくっちゃな。
ひとしきり笑った後、セナがその表情をキリッと真剣なものへと切り替えた。
「冗談はさておいて、透。お前が私を気遣ってくれたのはわかったが、先ほどの思わせぶりな態度はどういうつもりだったんだ?」
「んっ? 何がだ」
「その、あ、あれだ。まるでキ、キスするみたいだっただろうが」
顔を赤く染めながらどもる可愛らしい姿に思わず笑いがこみ上げてくる。普段は平気で下ネタをぶっ込んできやがるのに変なところで純情なやつだな。
「ああ、アレか。いや、いつもそういった関係でセナにいじられてたし、意趣返しっていうか出来心って言うか……」
「ほう」
まるで地面に這いずる害虫を見るかのような絶対零度の視線とともに発されたその短い言葉に、体が震えて言葉が止まる。言い訳を頭の中で考えるが、下手なことを言ったらさらにドツボにはまりそうだ。
「あの、セナさん?」
「私からの感謝の気持ちだ。存分に受け取れ」
セナの額の感触が消えたと思ったら、直後にものすごい衝撃と痛みが同じ部分を襲ってきた。まあ簡単に言えばセナに頭突きされた訳だ。
あまりの痛みに地面に転がり意識が遠くなっていった俺が最後に見たのは、腕を組み仁王立ちしながらこちらを見て柔らかく笑うセナの姿だった。
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