第3話 クラスの選択
「何か問題なのか?」
俺のリアクションが無いことで事の重大さを理解したのかセナがうかがうようにこちらを見上げていた。ああ、そっか。セナにこういう知識は無いわけだな。
とりあえず情報共有しておかないと今後の方針も決められねえし。それに話すことで良い考えが浮かぶかもしれねえしな。気をとりなおして向き直り、視線をセナに合わせる。
「まあな。この建物は警察って言う日本の治安維持組織の本丸みたいなもんだ。一般的な日本人は争い事とかからは縁遠いんだが、ここにいる警官って奴は治安維持のために戦う技術を持ってるんだよ」
途中で、あれっ、俺って日本人だよな。日本の知識ばっかあるしと言う思考がよぎったがとりあえず今は関係ないので口には出さないでおく。鏡も無いから自分の顔を確かめることも出来ないからな。
俺の説明をセナはふんふんとうなずきながら聞いていた。
「つまりお前は敵陣の目の前にネギどころか鍋まで背負って現れる愚かな鴨という訳だな!」
「ひどい言い草だが、うじ虫よりは鴨の方がましだと思っちまうよな」
訳知り顔でそう言い放つセナに適当に返事を返しながら頭をがりがりとかきむしる。はっきり言って最悪な場所だ。
先程無理やり詰め込まれた知識のおかげで今後のおおよその流れはわかっている。このダンジョンの場所の選択が終わった後、職業、まぁクラスと言うらしいが、その選択があり、その後本格的にダンジョンの作成をしていくことになる。
ダンジョンの作成にはDPと呼ばれるポイントが必要で、初期状態ではそこまで多くのポイントは無い。つまり作ることの出来るダンジョンはそう大したものではないのだ。一般人ならいざ知らず、柔道や剣道の有段者がごろごろいる警視庁本部の目の前に現れれば確実に攻略されるだろう。
ダンジョンではモンスターを生み出せるが基本的に人間を襲うようになっているらしいからな。そんな生物がいる危険な場所を警察が放置するはずがない。
ダンジョンの攻略が意味するのはダンジョンの核とも言えるダンジョンコアを奪われるか俺が殺されるかどちらかだ。ダンジョンコアを奪われると俺の存在は消えるらしいからダンジョンの攻略イコール俺の死ということになる。
うわぁ、ちょーやる気が出ちまうな。
げんなりとした顔をしたまま画面をタップして警視庁正面玄関前と言う最高の場所へとダンジョンの設置場所に決定する。どちらにせよ選択肢はないし。次だ、次!
続いてタブレットに表示されるのはクラスと呼ばれる職業の選択だ。まあどうせ今回も選択肢なんてないんだろ……
「おぉおおー!」
「なんだ? 発情期の猿のような声を出して」
「お前、実は名前で呼ぶ気ないだろ!」
「そんな訳ないだろう。うん、何だったか……えーっと、あぁ、ジョン・ドゥだったな」
「それ確か身元不明者のことだよな。何でそんなこと知ってんのか気になるが今はそれどころじゃねえんだよ。見てみろよ、これ!」
タブレットの画面をセナへと向けそれを指さす。そこにはなんと2つのクラスが表示されていた。選択肢とは名ばかりで選ぶことさえ出来なかった今までとは違うのだ。
表示されているクラスは【占星術師】と【人形師】だ。
「【占星術師】と【人形師】か。どちらも肉体的な補正は無いが【占星術師】ならば簡単な魔法が使え、占う事で未来を予知できる強みがあるな。まあ最初のうちは占う事が出来るのも簡単なことだけだが。【人形師】は文字通り人形を扱うことが出来る。呼び出せるモンスターが人形系であれば補正がつくし強化することも可能だ。まあ材料も技術も無い初期ではほとんど意味がないが」
セナの解説を聞きながら考える。どちらもメリットとデメリットがある。警視庁前と言う場所を考えれば自分を肉体的に強化できる【戦士】や【闘士】なんかがあれば生き残る確率が高まったのかもしれないが無い物は仕方がない。
生き残る確率を少しでも上げるなら【占星術師】だろう。弱いとはいえ魔法と言うファンタジーな攻撃方法があるし、占いによってましな未来を選択できるかもしれない。しかしそう思っているにも関わらず俺の指はそちらへとは動かなかった。
【人形師】ははっきり言って外れ職業だ。肉体的な強化は無いし、魔法が使えるわけでもない。その能力全てが人形へと向けられているのだ。いや、外れと言うのは言いすぎか。技術が上がり人形のための素材も豊富にあればかなり強い人形を生み出せるようだし。
でも技術も素材も無く、今にも攻略されそうな切迫した現状では【人形師】を選ぶという選択は出来ない。でも……
「選ばないのか? と言うか【占星術師】しかあるまい」
「あっ、ああ。そうなんだけどな」
わかっている。わかってはいるんだが俺の指は【占星術師】へとは動こうとしないのだ。それどころか油断すれば勝手に【人形師】を選択してしまいそうなくらいに俺の心は【人形師】へと惹かれていた。
しかし俺は死にたくない。だから【人形師】なんて選ぶことは……
「「あっ!」」
俺とセナの声が重なる。タブレットの画面に表示されていたはずの【占星術師】というクラスが消え、残ったのは【人形師】だけだった。おそらく他の誰かが選択をしたということなんだろう。結局俺は1度も選択することが出来なかった訳だ。
「ははっ、ははは」
「はぁ、これだから鈍亀は……」
呆れたような目で俺を見ながら頭を左右に振るセナの姿を視界に入れながらも俺は笑っていた。本当ならば【占星術師】を選ぶべきだったかもしれない。しかしそうしていたらここまで晴れやかな気分にはならなかっただろう。
笑いすぎて浮かんできた涙を拭いタブレットに輝く【人形師】のボタンを見る。
「俺はこの【人形師】を選ぶぜ」
「選んでないだろうが、このバカ透!」
タブレットのボタンを押し、俺は【人形師】になった。
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