第29話 罠の検証観察
「2階はつまんないねー」
「ははっ、桃山さんにはそうかもしれませんね」
木の棒を軽く振り回しながら桃山が愚痴っている。確かに前回見た桃山の戦いっぷりとかその後の行動とかから考えると、こいつはこういった地味なことは苦手そうだ。罠しかない2階層は確かに退屈だろうな。3階層なら楽しめそうだが。
「桃山の嬢ちゃん、油断してると足をすくわれるぞ」
「さっき落とし穴に落ちそうになった加藤さんには言われたくないですねー」
桃山の返しに加藤がぐぬぬとうめいて黙る。というかこいつ落とし穴に落ちそうになったのか。効果範囲とかまで丁寧に看板で説明をつけておいたのに。
(初期ボーナスセット)についている最低ランクの罠は効果も微妙だが、なにより少し注意しておけば発見することは難しくはないという特徴がある。
例えば既にクリアされた落とし穴(小)は地面の色が他の場所と微妙に違っているし、落石(小)に関しては1.5センチほど地面が盛り上がっており、その場所を踏むと石が落ちてくるのだ。
はっきり言って罠だけに集中できる環境ならば引っかかることはないかもしれないくらい雑なんだ。それなのに落ちそうになるって、どんだけうかつなんだよ。
若干桃山と加藤の空気がピリピリとする中、他の4人の警官たちがその空気を紛らわせるように2人に話を振っていく。4人とも比較的若いから気を使うんだろう。警官も大変だな。
とは言えこちらとしては収穫があった。その話題が見つかったという他のダンジョンのことだったからな。
どうやらダンジョンは熊谷市の利根川河川敷にある妻沼滑空場って場所に現れたそうだ。発見した奴が中に入って緑の体をした醜い小人を見たって通報があったらしいからまずダンジョンだろう。
現在は地元警察によって封鎖されており、ここに来た自衛官たちが対応予定だそうだ。さすがに動きが早いな。
「そのダンジョン、どうなるだろうな?」
「わからん。想定よりDPの入りが良かったしな。案外うまくやりくりして対抗するかもしれん」
「確かにそういう可能性もあるか」
通路を進んでいく6人を見ながら考えを巡らせる。俺の初心者ダンジョンでさえ1人につきおよそ120DP程度は入ったのだ。本当に人を殺そうとするダンジョンならまず間違いなくそれ以上のDPが得られるだろう。得られたDPで強いモンスターでも召喚すればレベル1の奴らなんて蹴散らしちまうだろうからな。
そう考えると俺たち初期のダンジョンマスターがダンジョンを世間に知らしめるための生贄だって考えもちょっと違ったのかもしれねえな。まあ今更このダンジョンを変える気はねえけど。安全が第一だし。
「木の矢の罠に着いたぞ」
「そうだな。……加藤がやるのか。大丈夫なのか、こいつで?」
木の矢の罠の説明看板を読み終えた6人の話し合いの結果、加藤が罠を発動させることに決まったようだ。というか加藤が強硬に自分がやると主張したのだ。先ほど桃山に言われたことを気にしているのかもしれねえな。他の5人はそれに従った形だが、どう考えても間違いだと思うんだが。
加藤が慎重に中央にある罠へと近づいていく。木の矢の罠の仕掛けは単純明快だ。弁慶の泣き所くらいの高さに糸が張ってあり、それに足を引っ掛けると木の矢が飛んでくるというものだ。糸っていうか直径1センチくらいある白いロープなんだけどな。
牛歩かと思うほどの速度で進む加藤。その引きつった表情からは極度の緊張が感じ取れる。思わずこちらまで緊張して生唾を飲み込んでしまいそうだ。
じりじりと時間が過ぎていく中、少しずつではあるが着実に罠と加藤の距離は近づいていった。そしてあと1歩で罠というところでそれは起こった。
「えいっ」
そんな軽い声とともに風きり音を響かせながら木の棒が飛んでいく。そしてそれは狙いたがわずロープへと当たり、それを大きく歪ませた。
ヒュン!
「ひっ!」
加藤の目の前を木の矢が音を立てながら通り過ぎ、そして壁に突き刺さった。すとんと腰を地面に落とした加藤は呆然とした表情でその刺さった矢へと視線を向けている。
タイミングが少し遅ければ加藤の頭に的中していただろう。スプラッタな光景を見なくて済んで助かったな。
「なにをするんじゃ!」
「えー、だって遅いんですもん」
「もん、って年か! そろそろ桃山の嬢ちゃんも30に近いじゃ……」
加藤の言葉は最後まで続かなかった。その白髪交じりの髪をかすめるようにして、風切り音を響かせながら何かがものすごい速度で飛び去って行ったからだ。壁にぶつかりカランカランと乾いた音をたてながら転がったそれは、先ほどまで桃山の腰にあったはずの警棒だった。
「何か、言いましたか?」
「いや、なにも」
有無を言わさぬ桃山の笑顔に加藤が顔を引きつらせながら黙り込んだ。
怖っ!
いや、やっぱこの女怖いわ。確かに女性の年齢をうかつに話題に出した加藤もデリカシーがないかもしれんが、それに対して即座に警棒を投げるって警官としてどうなのかと思うぞ。しかも動きに淀みがなかったし、かなり慣れている気がする。
そもそも警棒って投げるもんじゃねえのに本当にぎりぎりかすらせるってやばい技量だ。
「迷いがないな。良い兵士だ」
「いや、味方を攻撃すんのは良い兵士じゃねえだろ」
「あれは冗談だろう。じゃれあいのようなものだ。しかし、とっさの時に即座に動くことのできるというのは訓練が必要なのだが……きっと幼いころから父親に連れまわされて戦場を渡り歩いたのだろうな」
「壮絶過ぎんだろ。どこの主人公だよ」
うんうんとうなずいているセナには悪いが、さすがにそれは飛躍しすぎだろう。確かに罠へと投げたのも含めて本気で加藤に危害を加えるつもりはなかったんだろうってところは賛同するが。
タブレットの画面には投げた木の棒と警棒を拾う桃山の姿と生まれたての小鹿のようにプルプルと足を震わせながら立ち上がる加藤の姿が映っていた。そしてチラッと加藤の方を見た桃山のつぶやきをタブレットが鮮明に拾う。
「次は手元が狂ったーって言えば大丈夫ですかねー。生き返るという話ですけど検証はまだ出来てませんし。最悪加藤さんならぽっくり逝っても問題ないかー」
問題大ありだろ!やっぱ怖いわ、この女。
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