第279話 情報の開示
透が吐血し倒れたその日の夜、初心者ダンジョンにいる主要な人形たちがコアルームへと集まっていた。入りきれなかった者もドアを開けっ放しにして人形たちの待機部屋へと詰めている。
「マスターの容態は良くありません。現状で作製可能な最高のポーションを飲ませた結果症状は落ち着いたように見えましたが、完治したわけではないと思われます」
沈痛な表情のままそう報告するファムの言葉に、その場の雰囲気がより重くなる。調薬士であるファムの見立て以上に病気を詳しく診断できる者はここにはいなかった。
「すみません。私の判断ミスです。マスターの症状をしっかり確認することなく、風邪などひかずに元気に過ごせるようにと毎日ポーションを差し入れをしていたせいで、こんなに症状が進行するまで気づく事が出来ずに……」
うつむき、悔しそうに手に力をこめて震えるファムの肩をスミスがそっと支える。毎日のように透に会いに行っていたのはファムだけでなくスミスもなのだ。専門外だということはあったにせよ、気づく事は出来たはず。そんな想いがスミスの中にも渦巻いていた。
「セナ様に連絡」
「そ、そうですよ。青虫ちゃんの言うとおりです。セナ様に連絡して、連絡して……えっとなにするんでしたっけ」
「鳩、ちょっと黙ろう?」
「はいっ、アリス様!!」
青虫の発言に同意しながら暴走を始めそうになった鳩の頭を、アリスがにこやかな顔をしたまま鷲づかみにしてギリギリと締め上げていく。頭を少しずつひねられ変な格好になりながらも鳩はピッと体を真っ直ぐに伸ばそうとしていた。
そんな2人を見ながら青虫があきれた顔をしながら煙を吐き出す。
「まあまあ、で、ネモはん、その辺りどうなっとるんや」
「既にセナ様に緊急連絡するように指示は出している。連絡がとれたことを確認できしだい報告に戻ってくるはずなのだが……」
「戻ってへんっちゅうことか。セナはんがその辺りを抜かるはずあらへんし、向こうでもトラブルが起こっとる可能性もあるな。神さんが意地悪してるみたいなタイミングの悪さやな」
何気なく言われたその言葉に皆が黙り込む。自分たちを生み出したのは透で間違いないのであるが、その透をダンジョンマスターにした存在についてもはっきりとはわからないが皆が何かを感じていた。
自分たちの根源となっている、そして自分たちの想像の及ばない存在が確かにいることを。
「セナ様の方に応援を送れば良いのではないかしら?」
生産者の階層で案内人をしている日向がそう提案すると、幾人かの人形たちがぜひ自分がとばかりにアピールを始める。弓曳き童子のナルなど、力強さとは全く関係ない僕を見て、とでも言うようなポーズでアピールをしていたが、ずずいっと前に出てきた先輩の影に隠れてしまい日の目を見ることはなかった。
日向に見つめられたネモは静かに首を横に振る。
「送れるとしてもミニミニ人形部隊ぐらいだ。しかもあちらの状況によっては連絡員として潜入しているミニミニ人形たちともコンタクトがとれない可能性もある。応援になるかはわからん」
「いっそのことある程度の戦力を一気に外に出すのはどう?」
「それではこのダンジョンの現状の維持と言う任務に反する。肯定できない」
ネモの言葉に次々と人形たちが現状をなんとかするべく意見を述べていくが、それに対してネモは一度も首を縦に振らなかった。
その意見の全てが、今まで透とセナが築いてきたチュートリアルダンジョンと言う立ち位置を崩してしまいかねないものばかりだったからだ。そんな停滞した話し合いを、少し離れた位置でマットは眺めていた。
「これはもう一線を越える覚悟を決めるしかない、か」
「マット?」
小さくぽつりと呟いたマットの言葉を、その肩に乗っていたベルが聞きとがめてその顔を覗き込む。
普段のどこかふざけた姿とは違う、その真剣な表情に少しドキリとしながら思わずベルが声をかけてしまう。すると先ほどまで見ていた姿が嘘であったかのように、いつも通りに笑い返すマットがそこにはいた。
「なんや、ベルはん?」
「……ううん、なんでもない」
「そか。先にベルはんに謝っとくわ。しばらくはツーリング行かれへんかもしれん」
その意味深な言葉にベルがどういう意味なのか聞き返そうとし、しかしその前にマットはベルから視線を外してしまう。そしてその視線は1体の人形、このダンジョンの管理をセナから任されたネモに向かった。
「なあ、ネモはん。セナはんが集めとるマスターはんの生前の情報と、他のダンジョンマスターの情報、どこに隠しとる?」
「なっ、なぜそれを?」
「あっ、やっぱあるんや。いやー、セナはんならきっと集めとるやろうなとは思っとってん」
マットの言葉で自分の失態に気づいたネモが舌打ちをする。その悔しげな表情は、その情報があるということの証左に他ならなかった。楽しげに笑いながらマットがネモを詰めていく。
「知っとんのは、ネモはん。ショウちゃんはん、そしてテートはんの3人やろ。ミソノちゃんはんはうーん、微妙やな。情報部については情報が足らんのや。あんま関わらんようにしとったしな」
「……」
「だんまりかいな。一応、今ダンジョンの頭はネモはんやから筋通そうと思ってんけど、直接ショウちゃんはんに聞こか? 今は緊急事態やで。くだらん建前や言い訳なんていらん。少しでもマスターはんを助けるのに役に立つ情報なんや、早く決断せえ!」
マットの迫力にネモは無意識に一歩後ろに下がってしまった。マットも<人形改造>により強化されているが、それでもネモよりも弱いのは確かであるはずなのに。
そんな風に気圧されながらも、ネモは決断出来なかった。マットが要求した情報は、セナに最重要機密として扱えと言われていた情報だからだ。
実際ネモ自身、その情報については断片的にしか教えられていない。今、このダンジョンの中でその全容を知るのはマットの読みどおり、情報部のトップであるショウちゃんと外部の情報を取りまとめているジュモーの人形のテートだけだった。
だから2人に話す許可さえすれば正確な情報を伝える事が出来る。しかしそんな大切な情報を、皆がいるこの場所で公開するということが、ダンジョンにとって果たして良い事なのか、ネモにはわからなかったのだ。
「……」
マットの圧が強まる中、迷い決断を下せずにいるネモの肩に茶色の手が置かれる。ネモが振り返った先にいたのは、ショウちゃんとその両脇に控えるテートと味噌せんべいの人形であるミソノちゃんという情報部のトップ3人だった。
揺れる瞳で見つめるネモへとショウちゃんは大きく一度うなずいて返すと、その手をネモの肩から外して自分のわき腹へと突き入れた。
その突然の行動に目を白黒させるネモの目の前で、ショウちゃんがわき腹から手を引き抜く。その手には1センチほどの大きさのメモリーカードが乗っていた。
「ははっ、そんなとこに隠しとったんかい」
「情報を身に宿すのは情報部として当然のこと」
「「ショウちゃん様がお声を!!」」
驚く情報部の面々を気にする事もなく、渋い声でそう告げたショウちゃんが、そのメモリーカードを机の上においてあったパソコンへのスロットへと挿入する。
自動で立ち上がったパスワード入力画面に、ショウちゃんは目にも止まらぬ速さで文字を打ち込んでいき、24ケタにも及ぶパスワードは無事に認証された。
ショウちゃんがパソコンを操作し、そこに入っていたわかりやすくまとめられた情報を皆が眺めていく。一番近くでそれを見ていたマットは、頭の中へとその情報を取り込み、そして何をすべきかを考え続けていた。
「人が躊躇なくダンジョンを踏破しとるから半ば予想しとったけど、やっぱ神は意地が悪そうやな。モンスター召喚がキーになっとるってセナはんは仮説を立てとるけど、これはまず間違いないやろ。そうするとマスターはんを人には会わせられんな。医者をさらうっちゅう手段も考慮に入れとったんやけどな」
ぶつぶつと呟き、思考を整理するマットの姿に周りで見ていた人形たちが黙り始め、そして一歩、二歩と引き始める。その場を動かずに残ったのは、サン、先輩、ユウ、アリス、ネモそしてスミスを始めとした初期の機械人形4人と情報部の3人、そしてベルだけだった。
皆が見つめる中、全ての情報を開示したショウちゃんが、マットを見つめる。その瞳にできるのか? という意図が含まれているのを察したマットがゆっくりと顔を上げる。
「まっ、やれること全部やったらええねん。マスターはんが死んだら終わりなんやし、積極的に動くで。もちろんチュートリアルを維持した上でや。いいな!」
マットの言葉に残った面々を中心として皆が応える。そして人形たちは独自に透を救うために動き始めたのだった。
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