第278話 異変
俺たちの計画通り順調に生産の道場のチュートリアルも始まった訳だが、実際現地で講師をしているのはスミスやファムを始めとした機械人形たちだ。
もともと人数を増やした事もあって武器や防具、各種ポーションなどの宝箱などから出す報酬については過剰生産気味ではあったのでそちらについては問題はねえんだが、今は街づくりの方が忙しいらしくはっきり言ってこの講師の役目は人気がない。
あまりにも人気がなさすぎて、誰も行きたがらないので仕方ないからローテーションでやっているらしいしな。教える奴がころころ変わって大丈夫なのかとちょっと心配になったんだが、その辺りはちゃんと共有しているらしい。
うーん、行くのは嫌がるのに情報共有は別に良いというのは良くわからん感覚だな。
生産の道場のチュートリアルと言う事で始まったんだが、スミスたちの話を聞く限り結構な人数がチュートリアルを受けにやってきたようだ。
とは言えその半分はレベルアップを今日初めてしてきましたというような者だったらしく、教える以前にダンジョン産の素材の扱いさえ満足に出来なかったためお帰り願ったらしい。
この素材を扱うにはレベルが足らないようですね、という、いかにもチュートリアルっぽい言葉をかけて帰ってもらったと言っていたので、きっとレベルを上げて再挑戦してくれるだろう。
で、残った奴らを教えようとしたんだが、はっきり言ってこいつらは素人同然だったらしい。ダンジョン産の素材を扱う事が出来ることから言ってもレベルは上がっているのだが、技量は全く伴っていなかったようだ。
と言う訳で、現在は生産の道場のチュートリアルと言いつつ、基礎部分を教える事になっている。裁縫であればしっかりとした糸の縫い方とかだな。
うん、別にわざわざダンジョンで教えてもらわなくても普通に学べるよな。まあ一部のやる気のある奴はダンジョン外でも学んでいるらしく、そいつらに対する評価はスミスたちも高いんだが、もしかしたらこの辺りの事情がいまいち人気がない理由なのかもしれん。
特に受ける者に制限などはつけていないので、生産スキルを持った奴らも何回かはチュートリアルを受けたようだが、まあ講義内容がそんなものだから既に受けている者は誰一人としていない。
一応武器や防具の作成も今後は教えていく予定ではあるが、あくまでチュートリアルだから一定の基準以上は教える予定も無いし。
教えてもらった事をただ繰り返すだけじゃ、本当の意味で生産してるってことにはならねえしな。やっぱより良い物を作るために研鑽していかねえと。
そんな感じでちょっとした誤算はありつつも、生産の道場のチュートリアルは順調に進んでいる。人形たちの街造りも問題なく進んでいるようだし、万事順調って感じだな。
「マスター。お食事をお持ちしました」
「おっ、クク。ありがとな」
柔らかな笑みを浮かべながらコアルームへと入ってきた料理人型機械人形のククに、言葉を返しながら作業を中断する。
人形たちが新しい事をしているので、俺もと触発されて新しく造り始めた人形なんだが、結構苦戦中だ。出来たら絶対に面白いだろうし、きっとセナとかも好きだと思うんだが、やっぱ変形するギミックがなかなかうまくいかないんだよな。
っと、そんな事を考えている時じゃねえよな。
手を洗いに行って汚れを落とし、テーブルに並べられた美味そうな料理に顔をほころばせる。いやー、やっぱ温かいご飯って良いよな。しかもククの気持ちがこもっているともなれば、不味いはずがない。
いや、ククの料理で不味いものが出てきたことなんてないんだけどよ。
「今日は定番の和食にしてみました。昨日ご希望がありましたので」
「希望? あぁ、希望って言うか外国の料理も良いけど、和食も美味しいよなって言う雑談のつもりだったんだが、でも気にしてくれてありがとうな」
「いえ」
恥ずかしそうに少しだけ顔をうつむけるククの姿は、なんというかちょっと良い。うーん、なんだろうな。料理を作ってくれてるってこともあって、ちょっと新婚気分を味わえる感じだ。
いや、結婚した事のない俺の実感なんて当てにはなんねえけど。
昔、人形造りに集中している時は、ささっとカップ麺とか済ませてたことも多かったしな。そう考えると俺も健康的な生活を送るようになったもん……
「くっ、ゲホッ、ゲホッ」
急に止まらなくなった咳に思考が中断される。そしてそれと同時に胃のむかつきを感じ、そして何かがこみ上げて来る覚えのある感覚にさっと頭が冷えていくのを感じる。
「ゲホッ、ゴボッ」
「マスター!!」
口を押さえていた掌が、吐き出した血で赤く染まる。駆け寄ってきたククが、自分が汚れるのも厭わずに俺を抱くようにして支えてくれる。
「悪い。せっかくのエプロン汚しちまった」
「何を言ってるんですか!?」
いつも優しく笑っていたククが目を吊り上げていることに、思わず笑ってしまう。あぁ、こんな一面もあったんだな。
俺を抱き上げたククはしばらく迷い、そして部屋の隅に敷いてあった布団へと俺をゆっくりと降ろした。
「今、ファムを呼んで来ます! ちゃんと寝ていてください」
「おう」
そう言い残してククは駆けて行った。人形たちの待機部屋へ続く扉が開けっ放しになっている。本当に珍しいな。まあ吐血した俺が言う事じゃねえけど。
ククの気配が感じられなくなった部屋で寝転びながらぐるぐると色んなことを考えていると、のっそりと何かが起き上がる音に気づいた。そしてそいつが近づいてくる足音が聞こえる。
「よっ、せんべい丸。お前も心配してくれてるのか?」
寝た俺を覗き込むようにしてじっと見ているせんべい丸はなにもリアクションを返してこない。まあこいつが自主的に動くってのも、それだけで十分珍しいんだけどな。
まるで雪だるまのような形をしたせんべい丸の姿を見ていると、なんとなくその上でいつもだらけていたセナの姿を思い出してしまい思わず笑いが漏れる。
「あー、いつかはこんな日が来るかもって思ってたんだけどな。やっぱアレかな。使い魔であるセナと離れたらダメだったのかもな」
そんなことを言いながら自分の手を見つめる。幸いなのかどうかはわからんが、以前のように震えてしまう様子はない。
あぁ、あれは抗がん剤の副作用だっけ? なんというか治療に必死で副作用の事まで頭が回ってなかったんだよな。そのせいで満足に人形も造れなくなっちまって後悔したのは、はっきりと覚えているんだが。
「ははっ、知ってるか。俺ってステージ5のガン患者なんだぜ。すい臓にガンが出来た事に全然気づかなくてよ。同じように吐血して始めて気づいたんだ。っていうかすい臓ってなにする臓器だよって感じだよな」
せんべい丸が聞いているせいかは良くわからないが、なぜか心で思った事がすんなりと言葉として出てくる。あの治療の苦しさ、恐怖、そして絶望を思い出してしまうせいで、誰かに聞いて欲しいと思ったせいかもしれない。
「俺もあのダンジョンの病院に入院したら助かったのかね? 色んなところに転移していて手がつけられないって言われたしどっちにしろ望み薄か。まあ俺があそこにいける訳ねえんだけどよ」
自分の言葉があまりにも滑稽に聞こえて思わず笑ってしまう。2度目だし、助からない体だともう十分にわかっているのに、それでも生きたい、死にたくないとどうしても思ってしまう。
「まっ、前回よりはマシだな。薬の副作用で人形が造れなくなるなんてこともなさそうだし。あれが一番辛かったしなぁ」
俺の愚痴をせんべい丸はじっと聞いてくれていた。んっ、聞いているよな? こいつの場合ちょっと不安なんだが。
そんな風に考えているとちょっとだけ気がまぎれた。
これ以上話すと、また咳が止まらなくなりそうな気がしたので息を吐いて体を布団へと預ける。
そんな俺をしばらくじっと眺めていたせんべい丸だったが、しばらくしてその丸い肩をすくめると、俺を挑発するようにやれやれとばかりに首を振って元の場所へと戻っていった。なんというか本当によくわからん奴だ。
ちょうどそれと入れ替わるように、ファムとクク、そして街造りをしていた人形たちがコアルームへと突入してきた。
元通りに寝そべっていたせんべい丸が入ってきた人形たちに踏みつけられているのを見て、思わず笑みが浮かぶ。ざまあみやがれ。
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