第273話 造られる街
2階層にあるマットの秘密の依頼書に生産者の道場を造るという依頼を出した訳だが、その後の動きはかなり激しかった。
もともと氾濫対応の検証のため周囲を覆う防壁なんかを造っている重機なんかがあったので、それを使って徐々に生産設備を造って行くんだろうと俺は勝手に思っていたんだ。
しかしそんな認識が甘々だったことを示すかのように分解された重機がどんどんと運び込まれては組み立てられていき、そして大々的な工事が始まっていた。
これが生産設備を早く建設するためだったら、嬉しい誤算と言っても良かったのかもしれねえが、実際にはマンションみたいな明らかにこれは生産設備じゃねえだろって物が建設されてるんだよな。
いや、まあ個人の部屋で出来る生産もあるから、全く違うかと聞かれれば返答に困っちまうんだけどよ。
別に生産設備以外を建てたらダメとは言っていないし、それをどうこうするつもりは別にない。タブレットで確認できないからなんとも言いがたいが、多くの人間が入っただけ、そして試練と思えるような苦労をしただけDPは多く入っているはずだ。
建築途中のマンションが完成し、それに大勢の人が住むなんてことになれば多少なりともそいつらからDPを得られるだろうしな。氾濫対応の階層はそもそも人が常時いても問題ないような仕組みになっているんだし、問題はねえだろ。
「しかし、これだけの重機を入れて、しかも人数もかけて元がとれるのかね?」
隠しカメラによって撮られた映像をパソコンで早回しで見ながらそんな疑問を口に出す。とは言え今のところ部屋には俺しかいないので答えてくれる奴はいないんだが。
あっ、一応せんべい丸がいたな。まあだらけてクッション化しているので、あいつは別に人数に入れなくても良いか。
そんな事を考えながら、ちらっとせんべい丸へと視線をやったが、せんべい丸は微動だにしなかった。
こいつ、完全に俺を無視してやがるな。まあ反応しても役に立つとはあんまり思えないから別に良いけどよ。
この工事の怖いところは昼夜問わずぶっ続けで工事が進んでいるところだ。もちろん働いている奴は交代しているのでブラック企業で馬車馬のように働かされているって訳じゃないんだが、いくらなんでも異常だよな。
確かにダンジョン内なので夜になったら暗くなっちまって作業が出来ないなんて事は無いんだが、それにしたってずっと工事し続けるなんてのはおかしすぎる。
今まで、警察とか自衛隊とかが散々このダンジョンにやってきていたが、ダンジョンが現れた直後以外は夜を徹してなんてことはなかった。
大規模なダンジョンからの氾濫で大変だった時でさえそうだったんだ。
ただ単に生産系の施設を造るだけだったら今までどおりにやるのが普通だ。切羽詰まっている事情があるなら別だろうが、どっかのダンジョンからモンスターが溢れたとか、外国から攻められているとかの緊急事態が起きているなんて情報はどこにもねえしな。
「うーん、なんか気持ち悪いな」
はぁー、と大きく息を吐いたが、なんとも言いがたいこの気持ち悪さは消えなかった。
警察や自衛隊が攻略に来てドキドキしたり、チュートリアルを俺たちが思わぬ方向で使い始めたりして驚いた事はこれまであった。
全部が全部俺とセナの想定どおりなんてことはなかったし、今回のこともその1つと考えれば不思議ではないと言えると思うんだが……
「あー、やめた。これ以上1人で考えてもわかんねえし。後で皆に相談してみるか」
ぶんぶんと頭を振って、無理矢理その思考を中断する。そして早送りしていた隠しカメラによって写された映像へと視線を戻す。
この映像は、セナがいつの間にか持っていた隠しカメラによってとられたものだ。おそらくアスナに注文していたのだろうが、俺は全く知らなかった。
てっきりせんべいばっかり注文しているんだと思っていたんだけどな。
もちろん無断で使用している訳ではなく、セナが出て行く前に有効に使えと言って渡されたものだ。というか結構な数の隠しカメラがあったんだよな。種類も様々だったし。
俺は今までセナの部屋に入ったことはなかった。相棒とは言え、やっぱプライバシーは大切だしな。
とは言え基本的にセナはずっとコアルームにいたし、セナのために造った部屋は意味がなかったかも知れねえなと俺は考えていたんだ。
でも実際はそうじゃなかった。
出て行くということで、セナに招かれて初めてセナの自室に入ったんだが、そこに並んでいたのは先ほど使った隠しカメラの類から、盗聴器、そして逆に盗聴盗撮の探知機、パソコンや発電用の小型の太陽光パネル、無線機といった様々なものだった。
いや、それ以外にも双眼鏡とかもあったし、良くわからんものも沢山あったんだけどな。
なぜかエアガンのコレクションとかもあったし。まあそれに関しては本物じゃなくてある意味安心したんだが。
趣味と実益の混じったその部屋の様子を見て、やっぱり部屋を用意して良かったなとは思えたな。
まあいちいち、これはこういった場面を想定してだとか説明が随時入ったのにはちょっと辟易としたけどよ。
というかペン型スタンガンとか、ペン型隠しカメラとか、ペン型レコーダーとかやたらボールペンに偽装したグッズが多かったんだよな。まあ普段持っていて不自然でないものの代表って事なんだろうが。
しかもちゃんと文字も書けるし、見た目は完全にボールペンだから普通の奴ならわからないだろう。なんというか怖い世の中になったもんだ。
まあ、それは置いておくとして……
「今はこっちの面白さに集中するか」
隠しカメラの映像が映されたパソコンの画面を眺める。
通常の速度で見ていたらいくら時間があっても足りないので早送りで見ているわけだが、そうするとなんというかミニチュアの世界を見ているような感じになるんだよな。
もちろん実際には人が動いている訳なんだが、その姿さえどこか人形が動いているかのように見えてしまうし、重機なんかについてもどこかおもちゃのような印象を受けるようになるんだから不思議だ。
終日工事が行われている事もあって着々と建物が筍のように伸びていく様子も面白いんだよな。まるでおもちゃの世界に迷い込んじまったような気さえしてくる。
「おもちゃ、おもちゃの世界ねえ」
ふと浮かんだその言葉に、ちょっと心がくすぐられるのを感じる。
今までミニミニシリーズなどを使って人形の世界を造った事はある。でも人形たちが主体となって自分たちの世界を造った事はなかったはずだ。
人形たちが造る人形の世界。うん、面白そうだ。
「問題は場所だな。普通に人が入ってくる場所に作るわけにはいかないから必然的に1階層の隠し通路からコアルームまでの間のどこかになる訳だが、さすがに人形たちの修復部屋に造るのは邪魔になるだろうし。とすると必然的に残るのは1か所か」
1階層の隠し通路の奥には瑞和を優者として認定した隠し部屋があり、そしてその部屋にある隠し扉を抜けて先に行くと下の階層へと降りる階段のある小さな部屋に突き当たる。
その小さな部屋にも隠し通路があって、そこを抜けると人形の修復部屋に繋がっている訳だな。
まあそっちは置いておいて、今回はその階段を降りた先の階層だ。
ここはフィールド階層を設置するときに一時的に人形たちに待機してもらっていた部屋で、現在は資源が豊富に採取可能な鉱山などのフィールド階層へと続く中継階層であり、そこで得た素材を一時的に保管しておく場所になっている。
大量の人形に待機してもらうために造ったから結構な広さを持っているし、フィールド階層でパペットなどの人形たちが毎日頑張ってくれているために余り気味の素材もそこには十分ある。
「うん、ただ素材を置いておくだけじゃもったいないと前々から思っていたんだよな。建物とかを建てて保管した方が管理が楽になるだろうし、良い状態をキープできるはずだ。だから建物を人形たちに建てさせても問題はないな」
自分で自分を納得させる事に成功したので、後は皆に相談するだけだ。たぶん反対意見は出ないと思うが、思わぬ提案があるかもしれねえし。
人形たちが造る街か。どんなもんが出来るんだろうな。実に楽しみだ。
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