第268話 セナがいない初心者ダンジョン
セナがダンジョンを出て行って2月が経過した。最初の頃はタブレットが使えなくなりモニターが見えなくなった事もあって本当にダンジョンが問題ないかとそわそわしたりもしたんだが、それにももう慣れた。
というか考えてみれば今までだって俺は人形造りに集中していて普段はモニターなんか見てなかったしな。新しいチュートリアルを導入したとかそういう時はちゃんと見ていたけど。
ダンジョンの運営についてははっきり言って何も問題は無い。セナの指示が的確だったのか、それとも人形たちが優秀だったのか、まあ両方かもしれないが特に代わり映えのない日々が続いている。
警官や自衛隊の奴ら、そして海外の軍人たちがフィールド階層やアームズの階層を攻略し、一般の探索者達は今日も今日とてチュートリアルに励んでいる。いたっていつも通りの平和な光景だ。
実際は結構な数が死んで復活しているから平和って言うのもどうかとも思うが。
「期間が読めないってのがちょっとネックなんだよな。半年以内に一度は帰ってくるって話だし、たぶん、けほっ、大丈夫だと思うんだが」
俺としてはセナが目的を果たすまで帰ってこないと思って結構覚悟していたんだが、セナは定期的に帰ってくるつもりみたいなんだよな。
それはまあ嬉しいといえばそうなんだが、本当に出入りはどうするつもりなんだろうな。今回だって瑞和に専用のアームズを与えるって特別なイベントをわざわざ用意して出て行ったんだ。毎回そんな事が出来るはずがねえし。そもそもどうやって帰ってくるんだという話だし。
まあ、任せておけって言っていたから何かしら策はあると思うんだけどな。
一応半年っていう期間を区切っているし、時間とかそういうことに厳しいセナのことだから半年を越えるって事はまずないとは思う。逆に言えばそれを超えた場合は何かしらセナに問題が発生したってことだ。
セナからは気にせずに現状を維持しろと言われているが、流石に何もしないってことは出来ねえよな。といってもこの2か月考えても良い考えが浮かんでこねえんだが。助けに行くっていっても、どこに、どうやって? って感じだし。
「うーん、やめやめ。この思考パターンは、けほっ、ドツボにはまるやつだ」
そう声に出して、無理矢理に考えを切り替える。この辺りの切り替えも結構慣れてきたな。
今回セナが出て行ってタブレットを使えなくなった影響としてはモニターで監視が出来なくなったという事が一番大きいんだが、情報部主導で監視は継続されている。
具体的に言うとダンジョンに入ってきた奴にミニミニゴーレムを始めとしたミニミニ人形部隊がとりついて、何事もなければそのまま出て行くまで監視と情報収集を行い、なにか緊急で対応が必要となればダンジョン内に張り巡らせた伝達網を利用して情報が情報部へと届けられるって感じだ。
かなりのミニミニ人形シリーズに手伝ってもらっているし、伝達をスムーズにするために、そのためだけの階層なんかも作ったりしたしな。
今までのようにリアルタイムに情報が届きそれに即応できるって程ではないが、ある程度のスピードで情報の集積が出来るという訳だ。
まあ今までよりは劣るが通常の軍の情報伝達に比べれば格段に早いとセナが太鼓判を押していたくらいなのできっと大丈夫だろう。とは言え今のところはそんな緊急事態は起こっていないんだが、起こらないに越した事はない。平和が一番だしな。
まあ影響が全くないかといわれるとそうじゃねえんだけどな。調査部にかかる負荷がけっこう大きくなっているのは確かだ。
今まではリアルタイムに監視が出来ていたから逐次情報を集積してまとめておいて、ダンジョンから人が出て行ったらすぐくらいに報告に来ていたんだがそれが無理になった。映像を見ながら聞いていたものがミニミニ人形シリーズから伝え聞く形になったので、どうしても時間がかかるみたいだ。
ダンジョンの終わるギリギリの時間まで探索をする外国の軍も結構いるしな。それから聞き取って情報をまとめるとなればすぐに出来る筈がない。
一応疲労などはないようだし、ショウちゃんたちに聞いても問題はないということだったがちょっと増員しようかなと考え中だ。元が人形だから睡眠時間とか疲労とかとは無縁の存在なんだが、なんというかずっと働きっぱなしってのはブラック臭がして嫌だしな。
報告に関しては朝食時にしてもらっているんだが、基本的には問題なしの一言で終わるってのが定例だ。最初のころはそれが続いてちゃんと情報収集出来ているのかちょっと不安になったりもしたんだが、詳細な報告に関してはセナの後の統括を引き継いでいるセナと同じ姿をしたネモが受けているらしい。
一回、そのまとめた資料を見せてもらったんだが、確かにこれの報告を受けて資料を読み込んだら半日はかかるよなってくらいのものだったんだよな。と言うかアレを毎日読むなんてマジかってレベルだ。
いや、考えてみればセナはそれをやっていたんだし、今もネモがやってくれているんだが、正直な話俺には絶対に無理だと断言できる。だって自分に興味のない事が延々と書いてあるんだぞ。
ダンジョンマスターとしては知っておくべきだと思うし、それが人形に関する資料だったりしたら喜んで読むんだけどな。俺も人形造りで忙しい身だし、流石に半日かけるのは無理だ。
セナもその辺りを理解しているから俺には簡易な報告で済ますように指示したに違いない。きっとそうだ。
あと情報部に関して変わった事と言えば日中の業務がかなり変わった。ずっと監視しなくても良くなったってのもあるんだが、外国語に対応するために奉納された人形たちによる言語教室が常時開かれるようになった。そこでミニミニ人形たちが勉強するって感じだな。
っていうかミニミニ人形シリーズもなかなか面白いんだよな。中には5言語、6言語習得したようなマルチリンガルがいる一方で、逆に日本語だけで良いやって受けない奴もいるんだ。
まあそういうのはちょっと特殊例でバイリンガルとかトリリンガルくらいがスタンダードみたいなんだが、なんと言うかちょっと大学っぽいなとは思う。別に受けない奴がさぼっているって訳じゃねえんだけどな。
「けほっ、けほっ。あー、やっぱ風邪ひいたっぽいな」
「私の出番ですね。マスター、キュアポーションをお届けに参りました」
「いや、そんな出待ちみたいなことしなくても良いからな。気持ちは嬉しいけどよ」
扉の隙間からこちらを見ていたファムが嬉しそうな顔で手に液体の入った瓶を持って入ってくる。うん、さっきから見えてたからな。今か、今かとタイミングを計っていたの。
確かに考えてみれば風邪引いたのなんかダンジョンマスターになってから初めてかも知れない。人形造りで怪我したりはちょくちょくしたことはあって、その時はファムのお世話になったけど、病気で世話になった記憶はねえしな。
うーん、やっぱりダンジョンマスターとしての仕事もやり始めたせいでちょっと負担になってるのかも知れん。もう少し人形造りの比重を増やすべきか?
そんな事を考える俺の目の前にファムがキュアポーションを置いてにっこりと微笑んだ。
「マスター、セナ様がいらっしゃらないからといって人形造りに夢中になり夜更かしする事は推奨いたしません。ご自愛ください」
「……おう」
「それでは失礼いたします」
そう言ってファムはコアルームから出て行った。
うん、もしかしたらセナが俺の体調を管理してくれていたから風邪をひかなかった可能性もちょっとだけあるかもな。遅くまで人形造ってるとよく怒られたし。
仕方ねえ。ちょっと気をつけるか。
あとファム、隙間から覗いてるの見えてるからな。
いや、そこが可愛いといえばそうなんだけど、なんというか他の調薬士型機械人形たちに最近は仕事任せすぎだと思うぞ。まあ双方納得済みなら良いんだけどよ。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。
 




