第264話 残された者たち
投稿が遅れました。すみません。
瑞和とリア専用に作製した渾身の真紅の機体を身にまとい、瑞和たちがダンジョンの外へと向かって行く。その機体の背中にある物資運搬にも使用できる隠し収納スペースにデブ猫を乗せたまま。
あぐらをかいてその光景をモニターで眺めながら、ぽりぽりとせんべいをかじる。セナが断腸の思いで残していったせんべいコレクションの中の一品なので美味しいはずなのだが、なんというか普通というか味気なく感じる。
「そういや、セナの解説とか感想なしでせんべい食うのって、実は初めてか?」
ふと、口から出たその言葉に考えをめぐらせ、やっぱそうなんじゃねえかなという結論に至った。
俺としては特に好物って訳じゃねえし、自分独りで何か食べるときにせんべいを進んで食べるようなことはなかったはずだ。勝手に食べたらセナが怖いしな。
「あいつ、美味そうに食うからな」
モニターに映る真紅の機体がダンジョンの最初の部屋へとたどり着く。3階層から戻る道中で瑞和の姿を見かけた者から既に連絡があったのか、そこには大勢の警官や自衛隊の奴らが待機していた。
道中に出会った一般の探索者なんかが金魚のふんのごとく瑞和の後をついていっているんだが、またここで止められるんだろう。そしてちょっとしたいざこざが起こる。
アームズが搬出される時にしばしば見られる光景だな。ロボットはロマンだから仕方ない。
警官と自衛隊の奴らに囲まれるようにして瑞和が出口へと進んでいく。止められた一般の探索者の一部が少し文句を言っているようだが、いつも通り大事にはならなさそうな感じだ。
まあ本気で官憲に噛み付く奴なんて滅多にいねえだろうし当然か。
そしてついにその時がきた。モニターの映る限界の地点、ダンジョンの入り口に差し掛かった瑞和たちが自然と外に出られるように残しておいたDPが自動で使用され、真紅の専用機とリア、それぞれの半分のDPが減るのをモニターで確認する。
機体がまるで通過可能なマジックミラーを抜けていくように、徐々に見える部分が減っていき、そしてついにデブ猫の乗った収納スペースが境界に差し掛かった。
なぜかセナに教え込まれた敬礼の姿勢を手だけしながら、じっとその様子を見つめる。
「行ってこい。せんべい馬鹿」
俺がその言葉を発するのと同時に、モニターの画面がプツッと消える。消えかかっていた収納スペースの残像などどこにも見えなかった。
しばらく真っ暗になったモニターを眺めつつせんべいの残りをかじっていると、ダンジョンコアが光を放ち、30センチほどのデフォルメされた美少女人形がそこに現れた。
一見するとセナと全く同じ容姿をしており、相対するものにどこか緊張感を感じさせるその雰囲気もセナに似ていなくは無いが、実は全く別の人形だ。
「おかえり、ネモ」
「ハッ、無事に任務を完遂し帰着しました。以後の即応体制構築のため、これより諜報部にて待機任務に入ります」
「おう。何も起きないとは思うが頼むぞ」
「サー、イエス、サー!」
いかにもバリバリの軍人ですと言わんばかりの態度でネモがコアルームから退出していく。うん、セナに雰囲気が似ていると思ったのは気のせいだったかも知れねえな。俺自身のセナのイメージって仕事はしっかりこなすが、常日頃はせんべい丸の上でせんべいかじってだらけている姿だしな。
セナが、私の代わりになるのだから一流の軍人をイメージして造れって言ったからネモはこんな性格になったんだろうが、果たして良かったのかは不明だ。瑞和にもちょっと気づかれそうだったし。
とは言え頼もしい仲間である事には変わりは無い。セナが直々に薫陶したこともあって、このチュートリアルダンジョンに関する知識は相当なものだし、判断力もセナに言わせれば及第点だそうなのできっとダンジョン運営の片腕になってくれるはずだ。
と言うかセナの基準が高すぎるんだよな。俺なら及第点どころか赤点になること確実なほど厳しいし。
瑞和とネモが話していた時、すでにデブ猫の中にセナは入っていた。リアはどうだかわからないが、瑞和はそのことに気づいていなかったようなので作戦は成功と言える。
後は他のアームズと同じようにこのダンジョンを囲むビルから搬出され、運搬されている途中などに逃げてしまえばOKという訳だ。
アームズの搬出状況についてはけっこう情報が集まっているので、問題はねえだろ。日本だけでなく、アメリカやロシアも数体のアームズを得ているが搬出方法は似たり寄ったりだったし、特別な専用機とは言え搬出方法に変更は無い、と思いたい。
まあ違ったとしてもセナならなんとかしそうな気もするけどな。
「さて、これからどうしますかね」
せんべいを口にほうりこみつつ、あぐらを崩してごろんと横になる。覚悟はしていたし、そのための準備も十分してきたんだが、やはりいつもの場所にセナがいないこのコアルームは目の入っていない人形みたいに感じる。
空虚で、そして……
「あー、やめやめ。何もしてねえから変な事を考えちまうんだ。まあセナとはずっと一緒にいたから仕方ねえが……ってこれも駄目だな」
誰に突っ込まれるわけでもないのだが、苦笑いを浮かべ体を起こす。考えがループしちまうのはそこから目を逸らそうとしているからだと自分でもわかっている。でも認めたくないんだよなぁ。
「セナがいないのがこんなに寂しいなんてな」
ダンジョンマスターになってから、俺の隣にはずっとセナがいた。その存在は俺が考えていたよりもずっと大きくなっていたんだ。セナはただの使い魔なんかじゃなく、俺にとって気の置けない友人、いや相棒だった。
しばらくは打てば響くような会話を交わすことも、喧嘩する事も、一緒に笑う事もない生活が始まるんだ。それが妙に寂しかった。
しかしそれがセナに伝わってしまうかと思うとなんだか気恥ずかしくて、セナの前では出さないようにしていたんだが……
「まっ、ネモと名づけた時点で察せられてるか。セナは意外なほど外国語の知識が広いしなぁ」
セナの代わりとして造り上げた人形にネモと名づけたのは俺自身だ。その意味は、ラテン語で「何者でもない」。小説や漫画などでもたまに出てくるある意味で有名な名前だ。
セナの代役をしてもらうために造った人形につけるには似合わない名前だとは俺もわかっている。だが俺はあえてその名をつけた。
だってセナの代わりなんているはずがないんだ。だからネモはセナの代わりなんかじゃなくて、何者でもないもの。ただ容姿がセナと似ているだけのネモという存在なんだと言う俺の気持ちに従った名づけだった。
特にそういったことを言ったわけでもないし、セナに何か聞かれた訳でもない。セナはただ「そうか」と言っただけだったしな。でもなんか見透かされてる気がするんだよな。
「よし、いつまでもうだうだしてても仕方ねえ。ネモを始め、皆頑張って働いてるんだ。帰ってきたセナに驚かれるくらいしっかりこなしてやる」
そう決意して立ち上がる。さしあたってやる事と言えば今日倒されたパペットなんかを復活させる事だが、セナが出て行ったらDPがリセットされるって事である程度は増強しておいたしな。
まあ俺の思いつきとかもあって、セナの想定よりはかなり少なくなっちまったみたいだが、1日2日放置したからどうなるって数でもない。
「<人形修復>は夜やれば良いか。じゃあとりあえずやる事はなさそうだし、いつも通り人形造りでも……」
そんな事を言いながらぐるりとコアルームを見回し、そして一点で目が留まる。そこはいつものセナの定位置だった。茶色のクッションの上で寝そべりながら監視するセナを幻視するが、その姿はすぐに消えた。そして気づく。
「そういや、クッションの役目もなくなったんだし、せんべい丸にも仕事を……」
だらりと寝そべっていたせんべい丸が小刻みに首を横に振る。なんだろう、嫌でござる、という言葉が聞こえてきそうな態度だ。とは言えみんなが働いている中、ただだらっと過ごさせるのもな。
何かせんべい丸の仕事になるもの……としばらく考え、そして結論を下す。
「面倒だからそのままで良いや。お前が出るとダンジョンの雰囲気が台無しになるし、他の仕事にしても不器用そうだしな。一応俺の護衛をしているってことにしとく」
なんかせんべい丸が動かなくなったが、まあ別に良いだろ。あいつ自身働きたくなさそうだったしな。
「セナ、待ってるぞ」
消えたモニターにそう言い、おれは人形造りを始めるために自分の部屋に道具を取りに戻った。未だに動こうともしないせんべい丸をそこに残して。
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