第263話 優者への依頼
真似キンの後をついて、瑞和は3階層のボス部屋へとたどり着いていた。部屋の中央でたたずむサンドゴーレムの姿に瑞和が警戒を向ける。
優者としてポイズン、パラライズ、スリープと言った魔法を手に入れ、そしてダンジョン踏破の報酬として雷魔法をも手に入れた瑞和であったが、その部屋の主であるサンドゴーレムとは非常に相性が悪かった。なぜならサンドゴーレムにはそれらの状態異常は通じず、雷もその砂の体に拡散されてしまうからだ。
自衛隊と共同のダンジョン攻略によって民間人の中ではぶっちぎりトップのレベルを誇る瑞和ではあるが、その身体能力はレベル差ほど開いたものではなかった。
それなりに近接戦闘もこなせるように訓練はしているものの、魔法主体で戦うことを主にしているためにレベルアップ時に肉体的な強化よりも魔法の強化がされた影響とも言える。
そのため、単独でサンドゴーレムを相手にしようとすれば苦戦するのは必至だと、瑞和自身考えていた。
しかしそんな警戒は杞憂に終わる。つかつかとサンドゴーレムなどいないかのように真似キンは進んで行き、そしてその後を追って瑞和が進んでいってもサンドゴーレムは全く反応しなかったのだ。
ただ部屋の中央に佇むサンドゴーレムに目を配っていた瑞和だったが、部屋の最奥にたどり着いた真似キンが壁を操作し、そして隠し部屋への通路が出てきた事に驚きつつもため息を吐く。
「なんで僕って隠し部屋に縁があるんだろうね」
「優者だから?」
「そんなに大層なものじゃないんだけどね」
肩に乗るリアと苦笑交じりにそんな会話を続けながら、真似キンの後を追って隠し通路を進んでいく。そしてその先にあったのは、優者として選ばれたときと良く似た全面板張りの小部屋だった。
その部屋の最奥にはリアの容姿とそっくりな、緑の髪をサイドテールにして垂らした人形が目をつぶって座っており、その人形に仕えるように先ほどまで瑞和を案内してきた真似キンとデブ猫がその両側に侍っていた。
そして、その人形がゆっくりと顔を上げ、そして開かれた瞳が瑞和を捉える。
「久しぶりだな。優者、瑞和よ」
「ええっと。久しぶりだね、管理人さん。なんかちょっと雰囲気が変わったような気がするけど」
「ああ、チュートリアルの段階が進んでいるからな。そのせいだろう」
案内人の言葉に、そんなものかなと瑞和は納得する。ダンジョンが成長していくに従って案内人の姿や強さなんかが変わるというのは、瑞和が好きな小説やゲームなどではありふれた設定だからだ。
そんな瑞和の様子に案内人が片方の口の端を上げて、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「今日、ここに来てもらったのには理由がある。優者であるお前だけの特別な依頼だ」
「僕だけの特別な依頼?」
「うむ。と言っても難しい事ではない。そこにいる猫を地上まで運んで欲しいだけだ」
瑞和の視線を受けたデブ猫が面倒くさそうな声で「ニャァ」と鳴く。一瞬だけ視線をくれただけで愛想の欠片も感じられないその姿に瑞和は苦笑した。
「どこかの探索者が連れてきて、はぐれてしまったとかですか?」
「いや、そいつはモンスターだ。見た目は猫だがな」
「モ、モンスター!? そんなの連れ出せる訳がないじゃないですか!」
てっきり迷い猫の保護でも頼まれるのかと考えていた瑞和が、案内人のモンスター発言に思わず声を荒げる。
モンスターがダンジョンから溢れ出た結果、悲惨な光景が繰り広げられた事を瑞和は良く知っている。先の同時氾濫時に、それを防ごうと奮闘し、それでも防げなかった被害を目にした事があるからだ。
興奮気味の瑞和へと案内人が掌を示して落ち着けと促す。
「勘違いするな。このモンスターが人を害する事はない。人の世を観察し、人がスムーズに試練を受けられる、より理想のチュートリアルとなるように見識を深めるのが目的だからな。日本だけではなく世界を回る予定だから何年かかるかはわからんが」
「その見識の結果しだいで、新たなチュートリアルが生まれるかもしれないってこと?」
「ああ、言っただろう。チュートリアルの段階が変わったと」
案内人のその言葉に瑞和はほっと胸を撫で下ろした。話を信じるのであれば、特に人にとって害があるようには思えない。むしろ外に出て見識を深めてもらう事でチュートリアルダンジョンの機能が拡張するのだから良いことだ。
そこまで考えて、瑞和がふと浮かんだ疑問点に首を傾げる。
「別に僕じゃなくても警察の人とか自衛隊の人たちに連れ出してもらっても良いんじゃない?」
そう聞いた瑞和に向け、案内人が即座に首を横に振る。
「私たちが望むのは自然な人の世の姿なのだ。監視付きで、しかも事前に準備された可能性のある場所を見るだけでは意味などないのだ」
「そっか……えっ、それって正規じゃなくてこっそり連れ出せって言っているのと同じだよね」
確かにその通りだよなぁ、と納得しかけた瑞和だったが、その言葉の意味する事に気づき慌て始める。自然な人の世の姿を見たいということは、逆に言えばデブ猫がモンスターであることを知られる事なく外へ出してやる必要があるのだ。
つまり正規の手続きを踏むことは不可能ということだ。もしこの依頼を受けるのであれば、瑞和は自衛隊にも警察にも見つかることなくこっそりとデブ猫を運ぶ必要があると理解したのだ。
瑞和のこめかみにたらりと汗が流れていく。
「いやいやいや、無理だよ。僕には絶対に無理。出入り口には警察の人が立ってるんだよ。絶対に顔に出ちゃうって」
ぶんぶんと首を横に振って無理と主張する瑞和だったが、案内人は笑みを浮かべたままその表情を崩さなかった。そして自信ありげな表情のまま、案内人が口を開く。
「心配するな。対策は既に考えてある。まあこの依頼の報酬でもあるがな」
そう言って案内人がパチンと指を鳴らした。するとそれが合図だったかのように案内人の背後の壁が開いていき、そしてそこにあったのは……
「アームズ」
「ああ。優者専用の特別機だ」
3メートルほどのメカメカしい赤い機体にふらふらと瑞和が近づいていく。その頭頂部から生えている角を見ながら物思いにふける瑞和に向けて、案内人は言葉を続けた。
「これは特殊な機体だ。なにせ2人乗りだからな」
「2人?」
「そうだ。お前とリア、2人が乗ることでその力を最大限に発揮できるように造られている」
「瑞和と一緒?」
今まで黙っていたが、我慢しきれなくなったのかそう聞いたリアに、案内人がコクリとうなずく。
「機体の操作はどちらでも行える。つまりリアが機体を操作して敵と戦いながら、瑞和が最適なタイミングで魔法を放つなどと言った事も出来る訳だな。慣熟訓練は必須だろうが、使いこなせれば非常に強力な機体だと言えるだろう」
「赤い角突き。そりゃあ強いよね」
「そして何より、これを持ち出せばそちらに注目が集まるだろう? 瑞和はその対応をしているだけで良い。外まで連れ出してくれれば後はこちらで勝手に隙を見つけて逃げるさ」
その言葉に瑞和がうーん、と頭を悩ませ始める。
目の前に佇む赤い特別機には乗ってみたい。だが本当にそんなことをしても大丈夫なのか。実はだまされていて、大きな災厄のきっかけになったりするんじゃないかそんな考えがぐるぐると回っていた。
案内人は何も言わずに瑞和を見つめ続ける。沈黙がしばらく続き、そしてそれを破ったのはリアだった。
「瑞和。私は瑞和と一緒に乗りたい。乗って戦いたい」
「リア」
「大丈夫。このダンジョンはチュートリアルダンジョン。試練を受けるべき人を導く存在。恩恵は与えても、逆に害を与える事なんてない」
「そっか。そうだよね」
リアの言葉に瑞和が迷いを吹っ切る。自衛隊と一緒に活動しているからこそ、このチュートリアルダンジョンがどれほど日本のダンジョン攻略に役立っているのかを瑞和は良く知っていた。
実際配備されたアームズのおかげで物資の共有に余裕が出来たり、攻略が楽になったりと瑞和自身恩恵を受けてきたし、実は密かにアームズに乗ることにあこがれていたのだ。
瑞和が晴れ晴れとした顔をしながら案内人を見つめる。
「わかりました。その依頼、受けます」
その返事に、案内人はやわらかく微笑み返し、そして寝そべるデブ猫へとちらっと視線をやった。
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