第260話 旅立つ前に
「まあバカンスって言うのにはちょっと物騒だけどな」
「透は……その、良いのか? 私はあいつらを許すつもりは無い。徹底的に追い詰め断罪するつもりだ。それが何を意味するか、透もわかっているんだろう?」
セナが言葉を詰まらせながら上目遣いでこちらの様子を窺う。あぁ、本当にこういう時だけ不器用なんだよな。
セナの言わんとしている事は当然わかっている。セナの目的は復讐、しかも自分が殺された事に対するものだ。その報いは当然、命。つまりそいつらを殺すつもりなんだろう。
「ああ。でもセナが好んで人を殺すような奴じゃないってのは俺が何より知っているからな。それでもなおその決断をセナが下したのなら、俺はその結果を受け入れる。共犯者としてな」
セナをダンジョンから出て行かせるということは、言い換えてみればそいつらの命を奪う事を俺が許したとも言える。だからこそセナは問いかけてきた。
そのことに俺が気づいているのか確かめるために。俺の反応次第では自分の気持ちを押し殺してダンジョンに残ると言う選択をセナはしたんだろう。密かに調査をして、何らかの手段で復讐するくらいはセナならやるかもしれないが、その場合は俺のあずかり知らない内に事を済ますだろう。
確かにそれなら俺は罪の意識を感じる事もないかもしれない。でもそれじゃあ相棒なんて言えねえだろ!
確かに俺は人が死ぬのは好きじゃねえ。本当の意味での死を与えるって考えると手が震えてきそうだ。でも覚悟を決めたんだ。この選択からは絶対に逃げないと。セナの隣に立つ者として、そして……
「セナの帰るべき場所は俺がきっちりと守ってやるよ。こいつにもなんだかんだ愛着が湧いちまっているし」
眉根にしわを寄せた顔で俺の足元を見続けるセナから視線を外し、振り返った先にあるダンジョンコアをぽんぽんと優しく叩く。
淡く明滅を繰り返すダンジョンコアはこれまで俺たちの部屋にずっとあった。何も無い土の部屋だった最初の頃からずっと俺たちと一緒だった。俺たちが笑ったり、喧嘩したり、頭を悩ませたりして過ごしたこのコアルームの象徴だ。そりゃ愛着も湧くだろ。
まあ実際ダンジョンコアが破壊されたら俺もセナも終わりらしいから、俺とセナのもう1つの心臓みたいなものだ。
もう1つの心臓か……あっ、なんかイメージが湧いてきたぞ。台座に鎖で縛り付けられ目を閉じた少女の掌の上にそれぞれ俺とセナの心臓が脈打っているんだ。その心臓の脈と同期するように少女の体が淡く光を放つのは、いつかその鎖を解き放つため。
うん、なんかちょっとずつイメージが固まってきた感じがするな。良し。今の作品が一段落したらもうちょい詰めて造ってみるか。
「本当に馬鹿だな、透は」
「うおっ!」
いきなり耳元で聞こえたセナの声に思わず声が出る。重みを感じる右肩へとチラッと目をやるとセナがこちらを見ながら笑っていた。
セナはしばらくして俺から視線を外し、そして俺と同じようにダンジョンコアへと手を差し出す。当然セナの短い手ではダンジョンコアには届かないので、半ばダンジョンコアへ抱きつくように体を寄せてやると、セナが微笑みながらその手でダンジョンコアへと触れた。
「帰るべき場所、か」
「……」
そのセナの言葉には万感の想いがこもっているように俺には聞こえた。なんと言えば良いのかわからずに黙ったままの俺に、セナは満面の笑みを向けた。
「わかった。私はダンジョンの外へと出る。そして必ずここへと帰ってくる。それまで頼むぞ、透」
「ああ、行ってこい。人形造って待ってるからな」
ごつん、と頭をぶつけてきたセナに向かって笑い返しながら、俺はそう言ったのだった。
そんな訳でセナが一時的にダンジョンから出て行くことになった訳だが……
「まあすぐに出て行ける訳がねえんだよな」
「当たり前だろうが。無駄なくDPを使う必要があるし、私がいない間の体制の構築もせねばならんのだぞ。それにダンジョンの外には当然監視の目がある。私の姿を知っている者も少なくないから地上に出てからの行動は制限されるしな」
「確かに真似キンが動き回っているし、ここに来たことのある奴ならセナの顔は知ってるだろうが……」
セナの姿が知られている、いないに関わらず人形が勝手に動くのを見られたらアウトなんだよな。まあセナも当然わかっているとは思うが。
外に出たとしても自由に動けないんじゃ意味がない。だからどうにかしないといけないというのは当然だ。だからこそ……
「動くための対策はもう考えてあるんだけどな」
「んっ、どういうことだ?」
「いや、セナの様子から外に出たいんじゃねえかってのは想像がついたから、外で動き回れるようにってことで、ほらこれ」
そう言いながら、造りかけの人形をセナへと見せる。ふふっ、この様子じゃあセナは俺が何の目的でこの人形を造っていたかはわかっていなかったようだし、ちょっとドヤっても良いんじゃねえか。
ちょっともこもこの感触に自分自身で癒されながらそんな事を考えていると、セナが首を傾げながら口を開いた。
「なんだ、その猫の顔の生えた毛玉は?」
「ちげえよ! って言うか猫の顔が毛玉から生えるか! 気持ち悪いだろ。これはな、デブ猫の人形だ」
「デブ猫?」
俺の説明を聞いてもいぶかしげな視線をデブ猫人形へ向けたままのセナへと説明を開始する。
「いいか。こいつは一見ただのデブ猫に見えるが実は違うんだ。お腹の毛に埋もれていて見えないだろうが細いチャックがついていて、そこから中に乗り込む事が出来るんだ」
「透、まさか私にこれに入れというのか?」
「これなら外を自由に動けるだろ。犬だと保健所とかに捕まりそうだが首輪をつけておけば猫なら平気なはずだ」
一見すると背中側が茶色でお腹側が白の愛らしいデブ猫だからな。まあ最悪捕まりそうになったとしても、命を吹き込んだ俺特製の人形だ。その体格に見合わない機敏さで動いて逃げ切ってくれるはずだ。
セナにデブ猫人形についての説明を続けていく。セナが過ごす事になるんだからとけっこういろいろな工夫をしたからな。視界の確保だとか、音の聞こえ方、過ごしやすさとかセナの姿をした真似キンに協力してもらって確かめたりしたし。
でも、なかなか自然な猫、しかもデブ猫を人形で表現するのは難しかった。デフォルメしてかわいらしい感じにするならまだやりようはあるんだが、今回の目的を考えるとリアルにしないと意味がないからな。
というか、まだ完璧って訳じゃねえからセナが出て行くまでにもうちょっと試行錯誤する必要があるんだけどな。
「とまあそんな感じだ」
そんな苦労話と今後の展望を交えつつ、セナに説明をし終える。セナは腕組みをしつつ俺の説明を聞いていたんだが、俺の説明が終わったことを察し、その腕組みを解くと視線をデブ猫から外した。
「つまり、アレと一緒か?」
「アレ?」
セナの視線を追うと、その先には床に転がったまま、だらーっとだらけているせんべい丸の姿があった。確かに言われてみればこのデブ猫人形も着ぐるみといえなくも無い、のか?
「まあ中に入るという点だけ見ればそうかもしれんが」
「つまりあの働きもせずに惰眠をむさぼる性格に……」
「いや、あれはせんべい丸だけだろ。それにどっちかというと移動補助の人形なんだから人で言えばバイクとかに近いから大丈夫じゃねえか? あっ……」
失言に気づいた時にはもう遅かった。先程まで仰向けだったせんべい丸がいつの間にかうつ伏せになり、まるで泣いているかのように体を震わせていた。
頭を掻きつつどう慰めるべきか考え始めた俺の肩をセナがポンポンと叩く。
「事実だから仕方がない」
「あー、まっそうだな」
俺たちの反応に嘘泣きをやめて跳ね起きたせんべい丸を見ながら、やっぱこいつはこんなんなんだよなぁ、と俺とセナは笑ったのだった。
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