第258話 選別の腕輪の使い道
(はぁー、こんな島国までやってきてやる事と言えば実験台ね。所詮、傭兵上がりは使い捨てって事かね。下っ端は辛いねぇ)
自身の胸についた金の刺繍の入った少佐の階級章を見ながら、男が鼻を鳴らす。30代半ばほどの白人の優男風の顔をしているが、その右目から右耳にかけて古傷の跡がくっきりと残っており、その手などにも細かな傷跡が垣間見え、ひょうひょうとした中にもどこからともなく暴力の匂いが漂う、そんな男だった。
男は前を歩く部下へと視線を向ける。歩く速度はばらばらで、規律だっているとはとても言えない。しかしそれは当たり前だった。この中で正規の軍人は6割程度しかいないのだ。残りの半数は刑務所から連れて来た囚人なのだから。
(模範囚が多いとは言え、犯罪者どもの引率とは……まあ俺もある意味犯罪者みたいなもんだし、それはどうでも良いか。殺した人数で言えば桁違いだろうしな)
だるそうに肩を鳴らしながら男はそんな事を考える。
男の考えたとおり、連れて来た囚人たちの中には十人近くを殺した連続殺人犯もいた。世間一般から考えれば頭のいかれた重犯罪者に他ならない。しかしそんな常軌を逸した犯罪者を前にしても、男は微塵も恐怖感を抱かない。
襲ってくれば殺せる、その確信があるからだ。
(さて上がこれで満足してくれると良いんだがねえ。どんな実験に使うんだかしらないが……いや、予想はつくけどな。今の政府は敵が多すぎるし、こんな便利な道具があるなら有効利用するよな)
男は自分の腕にはまった選別の腕輪を眺めながらククッと笑い声を漏らした。
日本政府からの説明ではダンジョンで試練を受けるのに相応しい人物を選別する、具体的に言えば犯罪等の人として良いとは言えない行動をしたかどうかがわかる腕輪とのことだった。
確かにそれは素晴らしいことだ。一般の善良な人々にとっては、そういった犯罪者が力をつけることを防げるのだから悪いはずがない。
しかし一方で他の利用方法も考えられる。その効果を利用して、いや利用していると見せかけての場合もあるかもしれないが、悪用する方法も悪用する者たちもいないはずがないのだ。
ダンジョンの入り口から出て、それを囲むようにして建てられたビルの自動扉をくぐった男が空を見上げる。その視界に映ったのはビルに囲まれた、どこかくすんだような色合いの青空だった。
(話とは大違いじゃねえか、副団長。ええと、なんだったかシガだかサガだか覚えてねえけど、吸い込まれるような青空なんて本当に日本にあるのかよ)
黒髪に白髪を混じらせたアジア系で、人懐こい笑顔で自分の、いや傭兵団の者たちの面倒を見ていた副団長のことを思い出しながら男はため息を吐き、そして自嘲する。
(まっ、裏切った俺が言う事じゃねえか)
そして男は地面をぐりぐりと踏み潰し、二度と空を見上げることなく用意してあったバスに乗り込むと空港へと向かったのだった。
いつも通りコアルームで人形造りをして過ごす。俺が予想していたよりもはるかにゆったりとしたペースで認証登録機が使用されていることもあるし、道場の階層が結構な人気でDPがほくほくなので自由に造りたいものを造れる状況だ。
思うところがあって、数日前から新しい人形を造り始めているんだがそれがなかなかに難しい。ある程度のクオリティにはなるんだが、なんと言うかちょっとした違和感があるんだよな。
まあそれは置いておくとして、気になるのはセナのことだ。うん、と言うかそろそろ限界だ。
「なあ、セナ」
普段と変わりなくせんべい丸の上でせんべいを食べているセナに声をかける。
「んっ、なんだ?」
その声も平生と変わりない。付き合いの短い奴なら違いなんて見つけられないほど、セナの擬態は完璧に近い。でも……
「そろそろ、ちゃんと話してくれねえか?」
「何を言っているんだ。話しているだろう」
「いや、そういうことじゃなくて例の外国の軍人のことだ。何か因縁があるんだろう?」
「……」
図星だったのを肯定するかのようにセナが何も言わずにこちらを見つめる。普段のセナなら図星だったとしても適当にごまかすぐらいは出来ると思うんだが、これはけっこう根が深そうな予感がするな。
そんなことを考えていると、セナが大きく息を吐き、そしてゆっくりと口を開いた。
「なぜ気づいた?」
「これでも長い付き合いだし、最初からおかしいとは思っていたぞ。決定的だったのは最近せんべいを食べても前みたいな幸せそうな顔をしていなかったからだが」
その言葉にセナが少なからずショックを受けている。決して不味そうに食べていたわけじゃないんだが、今までの幸せそうな顔からすると、どこか陰りが感じられたんだよな。
「ふっ、透に見破られるとは私も緩んだものだ。てっきり変態のごとく私の行動を監視でもしていたのかと……」
観念したかのように話し始めたセナの言葉に、だらだらと汗が流れ始める。泳ぎそうになる目を必至でセナへと向け続け、内心を悟られないようにしなければと集中すればするほど自分が挙動不審になっていくのがわかる。
自分を抑えるのに必至になりすぎて、セナの事が意識から一瞬離れる。そして意識をセナへと戻した瞬間、俺の視界に映ったのはうろんげな視線を俺へと向けるセナの姿だった。
「見ていたのか?」
「いや、そりゃあれだけ何かいわくがありそうな感じだったら、気になるだろ」
「そう言って透は自分を正当化するのだな。人が無防備にシャワーする姿を眺めて興奮する、この変態が!」
「だれが変態だ! そもそもセナはシャワー浴びねえだろうが!」
根も葉もない誹謗中傷に心の底から反論する。いや、確かにプライベートを覗いちまったのは悪いことだし、申し訳ないと思っているが、それだってセナの事が心配だったから……あれっ、この理由って結構やばくねえか? なんかちょっとストーカーとかそっち方面の気配が感じられるような気も。
いやいや、それと今回のは違う。セナの雰囲気が明らかに危うい感じだったしな。仕方なかったんだ。
しばらくセナと変態、変態じゃないの言い争いをし、そしてどちらからともなくため息を吐く。最近のちょっと変だった空気が、少しだけ元に戻ったような気がした。
少し下を向いていたセナが顔を上げ、そして自嘲するかのような笑みを浮かべながら話し始めた。
「そう大したことではない。私を殺した裏切り者の内の1人が奴だっただけだ」
「それは大した事だと思うぞ。ってことはこそこそ諜報部に出入りしてたのはあいつに復讐するために動いていたってことか」
「復讐の対象は奴だけではないので、その調査を指示していたのだ。しかし名前を変えている可能性が高いし、下手をすれば顔も変えているだろう。団長は用心深かったからな」
なんだろう。用心のためで名前どころか顔まで変えるのか? 俺には理解できない世界の話だが、セナが言うんだ可能性としてはあるってことだろう。
「そんな奴見つかるのか?」
「わからん。でも報いは必ず受けさせなければならないのだ。私が直接見れば姿を変えていたとしても確実にわかる自信はあるが無理だしな。私が独りでダンジョンを出ればDPがリセットされて0になる上に、タブレットも使えなくなるしな」
「いや。その話、初耳だぞ」
「初めて言ったから当然だな」
さらっと重大な事実を告げてくるセナに思わずつっこんだんだが、さらりと流された。
いや、まあそんな復讐したい相手を目の前にしても、俺たちのダンジョンのことを考えて自制してくれたんだし良いんだけどよ。
しかし、セナが出て行ったら今まで稼いだDPがパアになる上に、タブレットも使えなくなるなんてなんて仕様だよ。ダンジョンの機能自体が停止する訳じゃないからすぐには危機にはならないとしても、じり貧にならざるを得ないだろ。
タブレットが使えなきゃ、使えな……あれっ?
「なあ、セナ。お前、やっぱ外に出られるんじゃねえか?」




