第255話 <人形改造>の本質
「これを見るが良い」
セナがタブレットを操作し、壁掛けのモニターの画面が切り替わる。そこに映し出されていたのはダンジョンの光景ではなく、俺自身が実際に目にしたこともある情報部の部屋だった。
ショウちゃんが全体を監督し、各国から捧げられた人形たちがダンジョンを映したモニターをじっと見つめながら、ときおりメモにペンを走らせている。物静かなのだが、なんと言うか迫力のある光景だ。
しばらくそんな光景を映していたのだが、画面がゆっくりと動き始めた。その先にあるのは……
「図書館だな」
画面が進んだ先にあった扉は、情報部がまとめた資料を保管・整理する図書館だ。3人の司書人形の姉妹たちが働く職場でもある。
画面は扉を抜け、ずんずんと図書館の奥へと進んでいく。3人の司書人形たちが楽しげに笑いながら働いている姿にちょっと癒されているとその画面が1つの扉の前で止まった。
図書館の設計は俺が行ったんだが、その扉には見覚えが無い。つまり後からセナが付け足したものだとわかる。ってことはこの先が言語問題の解決の糸口って訳だ。
そしてモニターが扉を通り過ぎ、その先に広がっていた光景に俺は首をひねった。
「なんだ、これ?」
まず見えたのは巨大なホールだ。すり鉢状になっており、その斜度を利用してかなりの数、おそらく数千の席が用意してあった。その席に現在座っているのは選別の腕輪たちだ。
そしてその中央、すり鉢の底部分には円形の舞台がセットされており、その上にカラフルな衣装を着た太陽のような顔をした人形であるソーンとデフォルメされた人形で大量の金髪を後ろで縛っているのが特徴のルナが立っていた。
「パマギーチェ パジャールスタ となると、助けてください、手伝ってくださいという他者に助けを求めるフレーズになります。こちらは危険性は低くなりますので、どちらかと言えば相手の親切を求めるフレーズですね」
ソーンがおそらくロシア語のフレーズの解説をしており、それをフォローするかのようにルナが自らの髪を利用して4方向に向けられたホワイトボードに同時に板書している。器用だな。
その後もソーンのロシア語の授業が続き、ルナが要点を板書し、選別の腕輪たちは真剣にその話を聞き続けていた。
これって、そういうことだよな。その思いを込めてセナへと視線をやるとニヤリとセナが口の端を上げた。
「つまり各国から捧げられた人形たちがそれぞれの国の言葉を授業して、言語を覚えさせるってことだな」
「その通りだ。<人形改造>を行うと能力に猶予が出来る事はわかっているからな。そこに言語の習得を当てはめてみたという訳だ。ネイティブ並みに理解できると言う訳ではないが、日常的な会話などを理解できる程度には習得できたぞ」
ああ、もう既に検証済みだったわけだな。だからこんなにも自信満々なのか。まあ大概セナは自信に満ちているような気もするが。とは言え、言語問題に対する目処がついているのであればそれに越した事はないしな。
それじゃあセナを褒め称える言葉でも投げかけますか、と思ったんだが、俺がその言葉を口に出すよりも早くセナの顔が悩ましげに曇り、言葉が止まった。
「ただな、問題と言う訳ではないが不可解な点もあったのだ。せっかくなので生産者の階層で奉納された人形などにも言語を覚えさせようとしたのだが、こちらは無理だったのだ。手順としては全く同じ方法をとったのだがな。この原因を解明出来れば、今後の……」
「んっ、それって当たり前じゃねえか?」
「どういうことだ?」
なぜか明らかな事を疑問に思っているふしのあるセナの言葉に首を傾げながらそう聞き返すと、目を見開きながらセナがこちらを見た。いや、なんと言うかちょっと怖いんだが。
その圧力に思わず黙っちまったが、その圧が衰える事はなさそうなので、ふぅと小さく息を吐いて心を落ち着けてから話し始める。
「<人形改造>で人形を強化できるってセナの考え方が間違っている訳じゃねえんだよ。確かにそういう面もあるしな。でもその本質はあくまで人形の魅力を増す事だと俺は思うんだ」
「ふむ、続けろ」
「偉そうだな。まあいいけどよ。で、選別の腕輪が言語を習得できたのに、他の人形が出来なかったのもその辺りが原因なんじゃねえかな。選別の腕輪は俺たちが、その所有者が人として正しいかどうかを判別するという役目のために造り上げた人形だ。言語が習得できて正しい判断が下せるようになるってのは魅力を増す事に違いねえだろ。逆に他の人形は言語理解よりも別の魅力があってそっちに割り振られたって事だと俺は思うけどな」
俺のその言葉に、セナが腕組みをしながら考え始める。まあ俺としても経験則と言うか感覚的な部分が多いから断定は出来ないんだけどな。
とは言え、十中八九間違っていないとは思う。お茶会の会場のアリスの世界の人形たちを<人形改造>した時に、それぞれの長所が伸びる様な強化がされていたしな。なにより人形の魅力関係なく強くするだけなら<人形改造>じゃなくてただの強化になっちまうし。
やっぱ人形師としては改造って文字が入っているからにはその魅力を引き立たせるのが使命だしな。
せっかくダンジョンマスターになって、人形の外見だけじゃなく内面まで成長させる事が出来るようになったんだ。内外伴った最高の人形を生み出していく事が俺の役割なのかもしれん。まあ果てしなく遠い道のりではあるんだが、絶対に無理とは思えないんだよな。
そんな事を考えていると、セナが「ふむ」と小さく呟き、そして再びこちらを見上げた。
「透の人形を見る目だけは確かだから可能性は高いか。よし、こちらで検証をしておこう」
「頼んだ。んじゃ、とりあえず問題も解決したし俺も人形造りを再開するわ」
結局WDAって組織が設立されたとしても、俺たちがすることは変わらない。いつもどおりチュートリアルに偽装して安全に人形造りをするだけだ。世界が相手になるってのはちょっと怖い気もするが、まあセナと一緒ならなんとか乗り越えていけるだろう。
これまでもそうだったしな。きっとこれからも。
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