第26話 慣れと新しい風
とは言えいつまでも眺めている訳にもいかねえんだよな。侵入してくる奴らはその時だけ起きてればいいから休憩が取れるんだろうがこちら側は俺とセナしかいねえし、俺については睡眠も必要だ。
現在このダンジョンにいるパペットは21体。1時間に侵入者によって壊されるパペットは12から13体なので俺が〈人形修復〉し続ければカバーできる数ではあるんだが今後のダンジョンのことを考えると数を増やした方が良さそうだよな。
あっ、また倒された。む、無念とでも言いたげに手を上げて最期を迎えているからあいつは最初のパペットのサンだな。あいつだけは良くわかる。さて直してやらねえと。
床にあぐらをかいて座り、右手をペンを持つような形に左手は軽く曲げた状態で腹の前の位置で止める。特に意味はねえんだがなんとなくこの格好がしっくりくるんだよな。じゃあいくか。
「〈人形修復〉」
サンのことを思い浮かべイメージが固まったところで声に出す。すると自分の目の前の床に先ほど倒されたばかりのサンが横たわった状態で現れた。
サンは首を左右に振って自分が膝枕状態で俺に見られていることに気づくと少し恥ずかしそうに視線をそらしながら立ち上がった。まあ目は無いんだけどな。
「……」
「気にすんなって」
申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げてくるサンに笑い返す。パペットが勝てないのは当たり前だ。めっちゃ弱い最低ランクのモンスターだからな。それに負けたとしても害はないしな。
サンや他のパペットたちが傷つくのにはちょっと思うところがあるが修復してやれば元通りになるんだし。
「じゃあ頑張って来いよ」
「……」
立ち上がりダンジョンコアに触れてサンを2階層の階段付近へと飛ばす。次こそはやってやりますとばかりに胸をドンと叩いていたが、まぁまた負けるんだろうな。
「あいつは面白いな」
「まあ、他のパペットとは違うしな」
タブレットから視線を外し、サンが転送されて行くところを眺めていたセナが笑いながらそんなことを言った。軽く笑いながら俺もそれに同意する。
転送されたサンがタブレットに映っているがどこか楽しげに1階層に向けて歩いている。興が乗ったのかスキップまで始めて案の定転んだ。うん、本当に面白いな。
「それにしても慣れたものだな」
「何が……って〈人形修復〉のことか。まあ人形師の俺が現状唯一出来ることだしな」
「本当に残念な奴だな」
「いやそこは本気で受け取らずに謙遜して言ってると思えよ」
わざとらしい侮蔑の視線を受け流しながら一応突っ込んでおく。セナも今回はあまり引っ張るつもりはなかったようでふっ、と軽く笑うと視線をタブレットへと戻していった。
この2日間で確かにセナの言うように〈人形修復〉にはかなり慣れた。一応タブレットでタッチすれば簡単に出来てしまうのだが使わなくても出来るとセナに聞いてからはなるべく自分で行うようにした。俺たちのためにパペットは戦ってくれるんだからせめて自分の手で直してやりたかったしな。
最初はちょっと戸惑ったが何回も繰り返しているうちに慣れ、今では当たり前のように出来るようになった。まあさすがに100体以上修復すれば誰でも慣れるだろうけどな。
まあそれはともあれパペットの増員だ。俺が寝ている間もセナがタブレットで〈人形修復〉をしてくれるから問題ないかもしれねえがさすがに今いるパペットたちを酷使しすぎてるからな。急な異変なんかがあった場合に備えてということもあるし、なにより今はDPが十分にある。余裕があるうちにやっておいた方が良いだろう。
「よしパペットを召喚するか」
「なんだ。もう3階層を造るのか?」
「いや、単に人手を増やそうと思っただけだが……そうか3階層を造っちまうって手もあるんだよな」
「うむ。まあ2階層すら現状見つかっていないがな」
「それを言うなよ。凹むから」
セナの言葉にやる気を削がれたが、確かに3階層を造るってのも悪くない方法だ。待機部屋で待たせるだけってのもなんだしな。パペットたちはせっかく動けるのに、じっと待っているだけなんてただの人形のような扱いだし、それじゃつまんねえだろ。
しかし3階層を造るとしてもどんなコンセプトで造るかってのが問題だよな。1階層はダンジョンのことを知るってのとレベルアップで、2階層は罠。順当にいけば3階層は戦いになんのか? モンスターとの戦闘はダンジョンでは必須だしな。
となるとパペットじゃなくてゴブリンとかコボルトを召喚した方が良いだろう。純粋な戦闘のチュートリアルをさせるのなら少しでも強い相手の方が良いからな。このダンジョンの価値を上げるためにもそうした方が良いってのはわかる。
ただ個人的には人形系以外のモンスターを召喚したくねえんだよな。せっかくクラスが人形師なんだし、倒されても人形系なら〈人形修復〉で直せるってのも大きい。あとは、まあなんとなくなんだが。
「うーん、3階層を造るってのはいいアイディアだと思うんだが」
「どんなチュートリアルにするのかということか?」
「まあな。モンスターと戦うフロアにするとしたらパペットじゃ力不足だろ。かと言ってゴブリンとかを召喚するのも何となく嫌だしな。人形系のモンスターじゃねえし」
そう答えるとなぜかセナが笑みを浮かべた。いつものような皮肉げなものや、からかうようなものではないその自然な笑みにしばし見とれる。
「透、提案があるんだが?」
「んっ、ああ、なんだ?」
「3階層はダンジョンを造らないか? (初期ボーナスセット)を選択したと想定して本気で侵入者を撃退するようなものを」
「つまり人を殺すダンジョンってことだな。まあ実際には生き返らせるけど」
「そうだ。他のダンジョンのチュートリアルとしては最高のものだろ。それに死を感じるほどの訓練などそうそう出来るものではないからな。良い経験になるだろうしその価値に気づくはずだ」
「なるほどな」
そう言われてみると確かにチュートリアルとしてはこれ以上ないものと言えるかもしれねえな。他のダンジョンマスターは人を殺すことに全力を傾けているんだろうし。ならチュートリアルも同じ想定のものを作るってのは妥当な考えだ。
それにもし俺の相棒がセナじゃなければ、ダンジョンの場所が違っていれば、クラスが【人形師】じゃなければ、何かが違っていれば俺が進んでいたかもしれねえ道だしな。そんな道をセナと考えんのも悪くねえ。
ニヤッとした笑みを浮かべてセナを見る。そこには俺と鏡写しにしたかのような顔の最高の相棒がいた。
「今日も徹夜だな」
「夜更かしは美容の大敵なんだがな。おっと、透には関係なかったな。可哀想に」
「それはこっちのセリフだ。まぁいい。やるぞ」
組んでいたあぐらの膝をポンポンと叩くとセナがタブレットを持ったままやって来て定位置にちょこんと座りこんだ。
さて本気の第3階層作成の始まりだ。
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