第253話 戦いの基礎の教え方
あくびをしながらベッドから起き上がり、しばらくそのままの状態でぼーっとする。なんというか久しぶりに寝た感じがするな。眠気はもうあまりないんだが、なんと言うかすぐに動くのもおっくうな感じだ。とは言えこのままって訳にもいかねえしそろそろ起きるか。セナが造ってくれた新たな道場の様子も見ておきたいし。
そんな事を考えながら枕元にある寝転んだ半擬人化した猫の置時計へと目をやると、その針が指していたのは1時7分だった。
「1時……やべっ!?」
それを認識した瞬間、急速に頭が回り始めた。布団を蹴飛ばすようにしてベッドから降り、着替えの途中で片腕を袖へ通しながら自室のドアを開けてコアルームへと向かう。
そりゃ、ぼーっとするわ。10時間以上寝てるじゃねえか。あれっ、もしかして昼の1時じゃなくて1日経過した深夜の1時とかじゃねえよな。くっ、ここじゃ判断がつかねえ。見た目が気に入って選んじまった時計だが、午前午後の表示があるものにするべきだったか?
そんなよくわからない事を考えながらコアルームのドアを開けると、そこにはいつも通りせんべい丸の上に座ってくつろぎながら壁掛けのモニターを眺めるセナの姿があった。モニターにはちゃんと人の姿が映っている。
よし、なんとか深夜1時って言う事態は免れたようだな。
「すまん。寝坊した」
「気にするな。現在は危機的状況ではないからな。体調を整える方が優先だ」
「おぉ、セナが珍しく優しいな。ちなみに危機的状況の場合はどうなるんだ?」
「ふむ、聞きたいのか?」
「いや、やっぱやめとく」
ニヤリとした笑みを浮かべたセナの姿に、嫌な予感しかしなかったので即座に拒否する。触らぬ神にたたりなしってやつだ。
いつもなら俺がここで拒否してもすんなりと引き下がるようなセナじゃねえんだが、あっさりと肩をすくめるだけで話を打ち切った。寝坊した事に対しても皮肉は言わなかったし、なんか今日は機嫌が良さそうだな。もしかして昨日造った道場が思った以上に好評で気分が良くなってるとかそういう感じか?
「そういや、新しい道場はどんな感じだ? 悪い感触じゃなさそうな気はするんだが」
「うむ。なかなかに盛況だぞ」
「へー」
セナが手元のタブレットを操作し、壁掛けのモニターに映った光景を切り替える。そこには一心不乱に稽古を続ける多数の警官や自衛隊の奴らの姿が映っていた。うん、確かに盛況だな。セナが造った新しい道場は広さもかなりのもので千単位の人数にも対応できそうだから、かなりのDPが期待できると言ってもいいだろう。
でもな……
「なんで人が指導してんだよ!」
「何を言っているんだ?」
俺の突っ込みに、セナが首を傾げながら聞き返してくる。その表情には、俺の言っている事の意味がわからないとありありと書かれていた。
いや、意味がわかんねえのは俺の方だろ。てっきり奉納人形の弁慶やなんかが指導しているもんだと考えていたのに、なんで普通の人が人を指導してやがんだ? というかどうしてこうなった?
「深夜に話しただろう。基礎を教える道場を造ると」
「だよな。それを教える人材として……人材? んっ?」
「そこで教えているな」
セナがモニターに映る、剣術というか剣道の指導をしている警官の男を指差す。指導経験が豊富なようで、教え方に迷いが無い。悪い部分もすぐにわかるのか、指摘も具体的に行われている。確かに基礎を身に着けさせるのであれば的確な人材だと言える。
うん、これはあれだな。俺とセナで完全にすれ違ってた感じだな。しかもそれに全く気づかずに。
自分の想定をとりあえず捨ててモニターの映像を眺める。どんだけ見ても指導しているのも習っているのも人ばかりだ。人形達は……あぁ、いるな。何体かが道場を巡回しているみたいだ。確かに奉納された人形たちだな。ただ歩いているだけに見えるが、さすがにそれはないだろうし。
しばらく眺めていると、体力が尽きたのかふらふらになり、荒い息を吐きながら1人の警官が倒れそうになっている場面が映った。締まった体をした、いかにも体力自慢ですとでも言わんばかりの奴なんだが、片膝をついてかなり辛そうだ。こんな風になるまで訓練するなんて指導する奴は鬼だな。俺には絶対に無理だ。
そんなことを考えているとその男へと近くを歩いていた市松人形が近づいていった。あぁ、休憩所への案内人とかそういった感じの役目な訳か。確かにそういったフォローがあったほうが利用者も増えそうだしな。そんな風に思っていると……
パシャン
そんな音と共に男が市松人形にオレンジ色の液体をかけられた。げっ、追い討ちしてんじゃねえか! こんな程度で休むなんてふがいないって挑発してんのか?。
上半身を濡らした男が無言のまま立ち上がる。市松人形に怒りを向けるんじゃねえかと心配する俺をよそに、男は市松人形へと短く感謝の言葉を述べると再び訓練に戻っていった。
えっと、なんだったんだ今の?
「スタミナポーションだけではなく、通常のポーションも用意してあるのだが現状はスタミナポーションの需要の方が高いようだぞ」
「あ、あぁ。スタミナポーションね。それで復活したのか」
セナの補足情報でやっと市松人形が何をしていたのかを理解する。疲労で動けなくなった奴を回復する役目をしているって事だな。
スタミナポーションは初期の頃に<人形改造>したサンが倒されてしまった時にドロップしていたアイテムだ。通常のポーションが怪我なんかを治療するアイテムであるのに比べ、スタミナポーションは文字通りスタミナを回復させる。まあ栄養ドリンクのすごいバージョンみたいなもんだな。
現在ではダンジョンの素材からファムたちが造ってくれるアイテムだ。宝箱からも出現させているんだが、ポーションよりは人気がないらしく買い取り価格も確か低かったはずだ。探索者が見つけると木の棒に次いでがっかりするアイテムの1つだな。
そんなこともあって最近は宝箱からの出現率を落として在庫があまっていたはずだ。それを利用しているんだろう。でもなんでわざわざスタミナを回復させてやる必要が……
そこまで考えて1つの予想が頭に浮かぶ。もしかして……
「ずっと修行をさせ続けるためか?」
「うむ。DPの増加も良い感じだぞ。経費も0だし、人員を増やした事もあって過剰在庫気味だったからじゃんじゃん使えと言ってある」
よく見るといたるところで人形たちが液体をぶっかけているな。これやばくねえか。倒れても半ば強制的に回復させられて再び修行に戻されるって事だよな。教える奴が鬼とか思っていたが、こっちのやっていることのほうが鬼じゃねえか。
いや、考えてみれば体力が回復したって休んでも良いはずだ。それなのに修行に戻っているのは自主的にということになる。とするとこれはある意味でWin-Winの関係ってことになるのか。なんだ、この泥沼に自らはまっていくようなスパイラルは。俺には到底理解できねえぞ。
頭の中で拒否反応が起きそうな気配を察し、考えを切り替えるためにセナに話しかける。
「そういや、どうやって指導するように仕向けたんだ?」
「仕向けたというか雇ったと言う方が今回は近いな。指導する事で報酬を得られるようにしたのだ。具体的に言えば武器や防具、消耗品などだな。教える人数と内容によって報酬は増減すると伝えてあるからそれなりの人数は入ってくるはずだ」
得意げにセナが胸を張って答える。確かにこの方法ならこっちの人手は最小限で済むし、報酬の武器や防具、消耗品なんかはダンジョン産の素材でスミスたち機械人形が造ってくれているのでかかるDPは0になる。むしろ過剰在庫になりがちだった部分を報酬として渡せるのもメリットとも言える。拡張した倉庫もいっぱいになりそうだったしな。
つまりこっちの負担はほぼなく、勝手にDPを落としてくれる施設が出来上がったという訳だ。俺が想定していた奉納人形の弁慶などが教える道場より、はるかに効率の良いチュートリアルになっていると言えるんだが、なんと言うかブラック臭が……
「まっ、良いか。俺が損するわけじゃねえし」
「何がだ?」
「なんでもねえよ。しかし修行する奴にもなにか特典があった方が良いんじゃねえか?」
「食堂を奥に用意して昼食や夕食は無料にしているぞ。強くなるために修行しているのだから下手な特典など必要ないと私は思うが」
「そう言われてみればそうか」
よし。気にしない方向で行こう。あくまで俺たちは場を提供しただけだしな。それをどう運用するのかは政府とかが決める事だ。それに従わざるを得ない下々は大変だと思うが、まあ頑張れ。
さすがに一般の探索者が修行するようになったら改善するだろうしな。するよな?
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。




