第252話 道場の問題解決方法
途中から報告会に参加しても説明が二度手間になるだけだろうとセナとショウちゃんたちの話が終わるまでミニミニ人形シリーズの作製をしておく。
セナの希望でコンスタントに造り続けてきたおかげもあり、ミニミニ人形シリーズの作製はもはや職人と言うか機械レベルの速さで造れるようになっている。拡大して細部を見るために使っていたキズミも、今は最後に確認するときにちょっと使うだけでほとんどつかわなくなっちまったし。と言うか使わなくてもきれいに成形出来るようになっちまったんだよな。
今ならもっと細かいミニミニ人形も造れるような気がするんだが、そうするとまた時間がかかっちまうようになるんだよな。挑戦してみたいって気はあるんだけど他にも色々造ってみたいし、やりたいこともあるし悩ましいところだ。
「……おる、透。ちょっと良いか?」
「んっ? おぉ。終わったのか」
「うむ。別にすぐにどうこうなる訳でもないから明日でも良いんだが聞くか?」
「せっかく待ってたんだし聞く」
ぐぐっと背筋を伸ばし、ミニミニ人形たちにかからないように息を吐いて立ち上がる。テーブルの方を見ると、既にそこには2人分のお茶とせんべいが用意されていた。うん、完全に予測されてるな。まあここまで起きてて報告を聞かずに寝るってのもおかしいから当然か。
さっさといつもの席に着いたセナを追って俺もいつもの対面の席へと座る。用意されていたお茶を一口飲みその温かさにほっとしていると、同じくお茶へと口をつけていたセナが湯飲みをことりと机に置いた。
「結論から言うとキャパシティの不足は深刻だな」
「あー、やっぱそうか」
「警察は約30万人、自衛隊は約25万人。これら全てがダンジョンに入っているわけではないし、一度に入る人数も限られているがそれでも人員が絞られているのは確からしい。特に剣と棒がな」
半ば予想されていた通りの言葉に、思わず苦笑いが浮かぶ。
今のところ武器や魔法の扱いを教えるチュートリアル、うーん、長いしもう道場で良いか。道場については全ての道場にまんべんなく警察や自衛隊の奴らがやってきていた。まあ検証の意味も含んでいるんだから全てを体験するのは当然かもしれんが。
「特に問題は警察だな。警察学校では剣道と柔道のどちらかを選択して授業が行われるらしい。それに加えて全体で警棒術の授業もあるそうだ。大雑把に分けても半数は剣、半数は棒の道場行きとなる訳だ」
「あれっ、警察って暴動の時とかに盾持ってるイメージがあったんだけどそれはないのか? 『闘者の遊技場』でも使ってただろ」
「機動隊という組織ではあるらしいぞ。警察学校ではプロテクターなどを着た状態で盾を持って走る程度のようだな」
「いや、程度って……」
いや、タブレットごしに見たけどけっこう重そうだったぞ、あの盾。攻撃を防ぐってのが目的なんだから薄すぎると目的を果たせないだろうし。
そんな俺の感想にセナは肩をすくめるだけだった。たぶんセナにとってはそれが普通の事なんだろう。確かに軍とか装備をいっぱいつけて大荷物を背負ったまま訓練したりするイメージがあるし、実際にそれに近しい事をしているんだろう。俺は絶対にやりたくねえが。
「それは置いておいて、これで警官が剣術、棒術のほとんどを占めている理由が確定できた訳だ」
せんべいへと手を伸ばすセナにコクリとうなずいて返す。
俺たちが今回の事を調査するきっかけになったのは、剣術、棒術の自衛隊と警察の比率のおかしさがきっかけだった。他の道場はほぼ半々なのに、その2つだけは別だったからな。
自衛隊にも剣道経験者とかはいるとは思うんだが、国防を主にしているだけあって訓練で剣道をするってことはあんまりないのかもな。戦争に備えるなら銃とか、もっと言えば戦車とかの兵器の訓練の方が重要だろうし。
「ここから導き出される問題は、まあ私たちにとってはもったいないと言うだけだな」
「だよなぁ。せっかくDPを浪費せずに稼げるチュートリアルなのにな。それを見越して道場も結構広くしておいたんだけどな」
「あとは一般に開放されるのがかなり先になるかもしれんということか」
「あっ、それもあったな」
「ついでに武器の供給が間に合っていないとか」
「問題点、増えてんじゃねえか!」
俺の突っ込みにセナがふふっ、と笑う。絶対にからかってやがるな。しかしセナが言った事は全部事実だろう。だからこそ、たちが悪いんだが。
今回の道場のチュートリアルで最も優れている点はDPの消費が無いってことだ。もちろん最初に階層を造ったり、道場を整えたりした時にはDPを使用したが、それ以降は人形たちを倒される事も無く、罠を設置する必要も無い。
あえて言うなら免許皆伝時に渡すグローシリーズの製作にかかるDPぐらいだが、そう簡単に渡す予定は無いのでこれも無視できる。グローシリーズを渡すのが目的じゃなくて、それに見合う使い手と出会わせるってのが本来の目的だしな。
しかし道場で訓練を受けさせる事で当然のようにDPは入ってくる。道場の導入前と比較すると結構良い稼ぎになっているのは確かだ。さらに人数を集められればもっと稼ぎが増えるって訳だな。
しかし道場のキャパシティ不足のせいでそれが出来ない。需要がある事は今回の調査で確定できたんだがな。
「道場を拡張してやれば……でも、そうすると教える機械人形たちも増やす必要が出てくるよな」
「何がしかの理由付けも必要だしな。今回桃山が棒術の免許皆伝となったのだからそれを契機にするというのも1つの手だと思うぞ」
「免許皆伝になったらその道場を広げるって訳か」
「うむ」
そう言ってせんべいを口へと放り込み、美味しそうに咀嚼を始めるセナを眺めながら考えをまとめる。
確かにセナの言う方法も1つの手だ。需要が多いって事はそれだけその武術を以前から修めている者も多いって事で、その中には桃山のように天才と言えるような強さの奴もいるんだろう。この方法をとれば需要に見合う規模にその道場を広げていく事が出来るはずだ。
「でもそうすると、一部が寂れちまう気がするんだよな」
「それは仕方の無い事だ」
あっさりとそう言い切ったセナの言葉に思わず唇が尖る。いや確かにそうなのかもしれないが、そうじゃねえんだよ。
「担当の機械人形たちが可哀想だろ」
「はぁ、本当に透は……」
「なんだよ」
やれやれと肩をすくめるセナをじとっとした目で見つめる。どうせ人形馬鹿って言いたいんだろ。言わなくても自分自身でわかってるっての。
でも、せっかく召喚して改造して命を吹き込んで道場主っていう役目を頼むってお願いしたのに、閑古鳥が鳴いてしまって独り道場で誰かが来るのを待ち続けるなんて申し訳なさ過ぎるだろ。俺は見たくないぞ、そんな光景。
「ならばこのまま放置するか? 私たちにとって致命的なことになる訳でもないし」
「いや、それもなぁ。今回の初の免許皆伝って機会を逃す手はないだろ」
「それもそうだな」
セナと2人でうんうん言いながらアイディアをひねりだす。桃山の狂ってんじゃねえかと思うほどの頑張りで、免許皆伝が思いのほか早くなっちまったせいでそこまで良い考えが浮かんでねえんだよな。
でも桃山ほどの経験者でもそれくらいの努力をしなければ機械人形たちの合格基準は満たせないとも言える。逆に言うと経験の無い一般の探索者が入る余地なんてないってことじゃねえか?
うーん。俺たちのチュートリアルダンジョンは警察や自衛隊を鍛えるための施設じゃねえんだけどな。まあダンジョンを管理しているのが日本って国なんだし、そっちが優先になるのはある程度は仕方ねえとは思っているんだけどよ。
でもこれから先のことを考えていけば一般の探索者にもなにがしか利のあるチュートリアルになっていってくれないと困るんだよな。なんたって母数は一般人のほうが圧倒的に多いんだしよ。
「いっそのこと、一般人に戦いの方の基礎を教えるような道場でも増やしてみるか?」
「どういう意味だ?」
「いや、あのな……」
セナにこれまで考えてきた事を伝えていく。俺の説明をふんふんと聞いていたセナの口の端が少しだけ上がったところを見ると感触は悪くなさそうな感じなんだが。
「問題はどうやってその道場を回すかってことなんだよな。機械人形シリーズは専門特化のようで全般をカバーできるような奴はいなかったし、他の召喚できるリストに適任な人形がいなければ自分で作製するしかねえんだ。でも残念ながら俺に武術の知識があんまりねえからうまくいくかもわかんねえし、なにより時間が足らねえんだよな」
武器全般を自在に操れるキャラクターとか人物に心当たりが無い訳じゃねえからそいつを作製すれば良いのかもしれんが、さすがに朝までに造るとなると時間が足りない。中途半端なイメージで造り始めて良い作品なんて出来る訳がねえしな。
あれっ、そういえば生産者の階層で奉納された人形に武器を色々持ってる弁慶の人形がいたような……確か今は探索者の修行の階層で罰ゲーム担当をしていたよな。
武器全般ならなんとかなるか? いや、サイズの問題があるよな。でも一人じゃなくてコンビを組ませれば……
「基礎を教える道場は案外良い考えかもしれんな。回す人材も既に揃っているし」
「おっ、セナも気づいたか。でも体格が合わないと指導しにくくないかってのが気になるんだが?」
「まあ、個人差はあるが問題ないだろう。ではその方向で進めておこう。施設は既存の拡張で、奉納された人形から何体か見繕えばいいな」
「んじゃ、早速……ふぁーあ」
造ろうぜ、と言おうとしたところで大きなあくびが出て言葉が止まる。
そういや最近は桃山と戦うスティーのことが心配で毎日報告を聞いてたし、その後もなかなか寝付けなくってなんだかんだ人形造りしてたりしていたしな。実力的には大丈夫だってわかってはいるんだが、桃山のあの執念を見るとどうしてもな。
そんな俺を見てセナが苦笑いを浮かべる。
「後はやっておくから寝てこい」
「いや、でもな」
「施設の拡張などこれまでも私だけでもやって来たことだ。〈人形創造〉なども必要ないし、むしろ寝不足でミスを犯す可能性の方が怖いからな」
さっさと行け、とばかりにしっしっと手を振るセナの様子にふぅー、と息を吐いてからうなずく。
確かにセナの言う通りだ。手伝おうとして余計な手間をかけちまうなんて最悪だしな。セナなら安心して任せられるし、ここは好意に甘えておくとするか。
「了解、じゃあ頼むな」
「礼はせんべい1年分で良いぞ」
「高え!……のか?」
そんな微妙な言葉を交わし、俺はセナに後を任せて眠りについたのだった。
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