第246話 卵が先か鶏が先か
「……おる、そろそろ……きろ」
「んっ……」
誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。うるさいな。俺は早く人形を造らなくちゃならないんだ。俺の部屋を人形でいっぱいにして、そして……あれっ、何をするんだっけ?
何かしなくちゃいけないと思うんだが、よく思い出せない。大事な事だったはずだ。俺とあいつが生き残るためには……んっ、あいつって誰だっけ?
「ふむ、永遠の眠りがお望みのようだな」
あぁ、セナだ。見た目は愛くるしいのに、相変わらず言葉は辛らつだな。まあそれがギャップになっていてセナの魅力になっているってところもあるんだが。
しかし、永遠の眠りって物騒この上ないよな。きっとどこからか取り出したナイフを振り下ろそうとしているに違いない。あれっ?
「では、さようならだ」
「ってちょっと待てい!」
急激に覚醒した意識で体を全力で動かし、ごろごろと横へ転がる。その直後、先ほどまで俺が横になっていたはずの場所からドスっと言う鈍い音が聞こえた。
「ちっ、起きたか」
「起きたか、じゃねえだろ。あやうく永遠の眠りにつくところだったわ!」
枕にナイフを突き立てた姿勢のまま残念そうにこちらを見るセナに怒鳴り返す。枕が、くの字に折れ曲がっている事から考えてかなりの勢いでセナがナイフを突き刺したのは明らかだ。あれが刺さってたらマジで死んでたんじゃねえか?
自分の想像に思わず冷や汗が流れ始めた俺に、立ち上がったセナがその手に持ったナイフの刃を指で持ってぐにゃぐにゃと曲げてみせる。
「そんな訳ないだろう。これはゴムだ」
「いや、ゴムでもその勢いで刺されたら重傷だろ」
「か弱い私の力で刺した程度で重傷になるはずがないだろうが」
手に持ったゴムのナイフをセナが腕を振って投げる。そのナイフは狙いたがわずせんべい丸の顔面へと飛んで行き、そしてその周辺を陥没させた。
「……大丈夫か、せんべい丸?」
「……」
無言で顔を陥没させたまませんべい丸が腕を上げ、ぐっと親指を立て、そしてその手が崩れ落ちる。うん、たぶん大丈夫なはずだ。見た目は全く大丈夫には見えないがあいつの耐久力は折り紙つきのはずだしな。
壁掛けのモニターに表示された時計を眺めて1時間と少し眠ったことを確認し、あくびを噛み殺す。眠気が完全に取れた訳じゃねえが、さっきよりは体が軽い気がする。
「じゃ作業に入りますかね」
首をこきこきと鳴らしながら部屋の隅に積まれた箱を手に取り、床の上へと置いてその前であぐらをかく。箱の中には10体の選別の腕輪の人形が整然と並べられており、その姿は俺が造った見本をコピーしたかのように同一だ。さすがプロンたちだな。
選別の腕輪はミサンガと見た目を似せて造っており、スミスたちが用意してくれた特製の糸をミサンガと同じように編みこんで造った人形だ。中央はストロー状に編みこまれており、その両端は二股に分かれていてそれが手足になっている。つまり装備する奴の手首にフィットするときは、選別の腕輪は手と足を掴んでいる格好になる訳だな。
で、中央部分にある顔と胴体なのだが実は目が無数にある、妖怪の百目のような姿だ。今まで造ってきた人形とはちょっと傾向が違うんだが、選別するなら目が沢山ある奴の方が良いよなと考えながら造ったらそうなっちまった。普通に見たら完全に呪いのアイテムだな。
そんな選別の腕輪だが、もちろんそんな呪われそうな姿では着けてもらえるはずがない。なのでどうしているかと言うと裏返しになってその姿を内側に隠しているんだ。普通の腕輪に偽装しながら中からじっと見て人となりを選別するって訳だな。
まあ悪い奴にとっては本当に呪いの腕輪みたいになる訳だし、よく見てみるとこれはこれで愛嬌があって可愛いし問題はないはずだ。
問題があるとすれば……
「やっぱ数なんだよなぁ」
背後で妙な威圧感を放っている箱の山をちらっと振り返り、はぁ、と息を吐く。
「数をこなすのがきついようなら私も手伝うぞ」
俺のため息に気づいたのかセナがそう申し出てくれたが、俺は首を横に振る。
「数をこなすのがきついってより、これだけ人数がいると<人形創造>がただの作業みたいになっちまいそうで、それが嫌なんだよ」
「そうか。それは私にはどうしようもないな。すまない」
「いや、気遣ってくれたのはありがたいからな。サンキュー」
俺の感謝の言葉にふいっとセナが顔をそらす。照れたのか、とちょっとニヤニヤしちまったんだが程なくしてボリボリといういつもの音が聞こえてきて、まあそんなもんだよなと苦笑する。
さて、セナと話して頭もだいぶすっきりした事だしそろそろ<人形創造>を始めるか。その後には<人形世界創造>が待っているんだし、なるべく早くしねえと。
箱から選別の腕輪を取り出し、<人形創造>のために精神を集中させようと大きく息を吐く。しかしなかなか思うとおりにいかない。眠気はもうほとんどねえんだけどな。うーん、色んな雑念が浮かんできて駄目だ。集中しようと思うほど、変な事が思い浮かんでくる。
そういや寝る前にセナと話してたけど、やっぱ1体の人形が1つの世界しか構成できないってのはもったいねえよな。人形の世界なんて想像次第でどんなものにも……
「んっ? 想像次第、想像次第ねぇ」
自分の思考に引っかかりを覚えて、ぐるぐると頭の中を回るその言葉を小さな声で繰り返す。その言葉が耳に入るごとに、ぎしぎしと油の切れて動きの悪かった歯車がゆっくりと回り始め、そしてある瞬間カチッとはまった。
「あぁー!!」
「どうした!?」
「そうだよ。別に<人形創造>で命を吹き込んだ後に世界を造らなくても良いんだよ」
「あっ、おい!」
セナの焦った声が聞こえたような気がしたが、思いついた方法を試したい、そんな想いが先に立ち、手に持った選別の腕輪を元の箱に戻してそのまま目を閉じる。先ほどまで雑念が浮かんでいたのが嘘のように心の中がどこまでも澄んでいく。
そうだ。まだここは何も無い世界。でもここは……
「この場所は人形が生まれ遊ぶ世界だ。<人形世界創造>」
目を開き、俺自身の体だけで他には何もいない<人形世界創造>で造った世界を把握する。そして俺の体表をゆらゆらと揺れるその狭い世界を広げようとするが、遅々として広がらない。目の前の箱の中の選別の腕輪にさえ届かない。
体は動かせない。下手に動いてしまえば集中が切れてせっかく造った世界が消えてしまう。そんな確信があった。
やっぱ無理なのか。いや、世界はちゃんと創造できているはずだ。何とかして世界を広げられれば俺の創造したとおり、人形たちが生まれ遊ぶ世界になるはずなんだ。
ここで生まれた人形たちが自由に自分たちで世界を造っていくんだ。
「ぐぎぎぎぎ」
目を見開き、頭の血管が切れるんじゃないかと思うくらいに力を込める。自分が漏らしたと思われる声が聞こえるが、本当に声に出しているのかさえ自分ではわからない。
それでも世界は広がらない。まるで諦めろとでも言わんばかりの動かなさだ。だがそれが逆に俺の心に火をつける。
人形の世界を、その可能性を舐めるんじゃねえよ!
「んんんん」
「本当に透は人形馬鹿だな。事前に相談するなりして、後先を考えてから行動に移さないからこんなことになるのだ」
いつの間にか箱の横に立っていたセナがこちらを見上げている。よく見るとセナのすぐそばの地面に赤い丸がいくつかあり、そして今まさに落ちた何かが地面へと当たり新たな赤い丸が出来上がっていた。
「私にも手伝わせろ。馬鹿者が」
そう言ってセナが俺の手に選別の腕輪を置く。その瞬間、先ほどまではほとんど動かなかったその世界が選別の腕輪を包み込んでいった。
次の瞬間、俺の掌の上で選別の腕輪が背伸びするかのように体を広げ、むっくりと起き上がった。そしてくるりと一回りしてから体を曲げて俺に礼をし、そのままぴょんと掌から飛び降りる。ははっ、やっぱ出来るんじゃねえか。
「次々行くぞ。良いな」
そう告げたセナに目線だけで返事をし、俺の意思を確認したセナが俺の手に選別の腕輪を乗せていく。手に乗った選別の腕輪たちは命を吹き込まれ、そして各々が楽しそうに遊び始める。
そうか。無理に世界を広げようとしたから駄目だったんだな。俺が広げたら、それはもう俺の創造した世界なんだもんな。人形が増えることでこの世界は広がっていくんだから。
人形たちを見守りながら世界を広げていく今、さっきまでのような抵抗は全く感じられない。むしろ生まれた人形たちが俺を包んでくれているような暖かさがとても……
「透!」
俺が考えられたのはそこまでだった。春のような暖かさに包まれたまま、俺は意識を失ったのだった。
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