第25話 生活環境は大事
ちょっとセナと揉める一幕もあったが結局2層の罠の一部を使い捨てから再設置可能な罠へと変更することに決まった。セナも現状としてはそれが妥当だろうなと言っていたしな。
それと同時に住環境もグレードアップさせることにした。さすがに絨毯を敷いてあるとは言え洞窟のようにむき出しの土では気が滅入るからな。トイレも水洗じゃなくてぼっとん方式だったし。
10,000DPをかけた改修の結果、現状のコアルームはフローリングの床に薄緑の壁になり一見すると普通の部屋のようにも見えるくらいにはなった。まあ部屋の中央にはダンジョンコアが鎮座していてやたらと存在感を放っているがな。
ちなみにこの壁や床をセレクトをしたのはセナだ。なんでもこの配色が落ち着くらしい。俺としても特にこだわりは無かったのでセナの希望を聞いたわけだ。
トイレも排水はどうなってんのか謎だが水洗に変わったし、なにより特筆すべきはベッドが入ったってことだ。これで残業続きのサラリーマンみたいに床で寝ることをしなくて済むようになるはずなんだが……
「なんでお前が当然のように寝てるんだよ」
「んっ?」
ベッドの中央に位置取り、寝ころんでタブレットを眺めていたセナが顔を上げる。しばらく見つめあい、そして何事もなかったかのようにセナがせんべいの袋を開けようとする。その手をがっ、と掴んで止めた。
「なんだ、欲しいのか?」
「ベッドで飯を食うんじゃねえよ」
「飯じゃなくてせんべいだぞ」
「いや、食べ物を食うなってことだ。っていうか俺が寝るために買ったベッドだぞ。セナは寝ないんだから必要ねえだろうが」
「ふっ、そんなことか」
セナがどこか小ばかにしたような顔つきでわざとらしくため息を吐く。さすがに数日一緒に過ごしただけあって俺がイラッと来るポイントを良く知ってやがるな。しかも怒らないギリギリのラインを攻めてきやがるし。
「DPで購入したのだから共有のものだろう。透は寝るときに使うのだから、起きている間は私が自由に使っても良いはずだ」
「確かにそう言われるとそうかもしれねえけどよ」
「つまり私がどう使おうと自由という訳だ。だからせんべいを食べても問題ないな」
「いや、それはおかしいだろ! 食べかすとか落ちるじゃねえか」
「そんな勿体ないことするはずがないだろう。せんべいの臭いが問題なのか? はっ、まさか!」
何か重大な事実に気づいたかのようにセナが目を見開く。どうせまたろくでもねえことなんだろうな。しかしここで止めると残念そうな顔をするのは短い付き合いだがわかる。仕方ねえから聞いてやるか。
半ば諦めの境地で待っていると、セナが俺から距離を取るように後ずさりをし始めた。
「ベッドに移った私の体臭を思う存分味わうためだな。この変態が!」
「欠片も考えてなかったわ、このバカ野郎が!」
「照れなくても良いんだぞ。透が人形にしかエレク卜しない特殊性癖だとしても私は気にしないからな。ただ半径500メートルには近づくなよ」
「思いっきり気にしてんじゃねえか! っていうか違うからな。人形が嫌いかと言われたらそうじゃねえけどそういう対象じゃねえから」
「わかった、わかった。そういうことにしておいてやる」
「くっ、こいつ」
みなまで言うなとでも言いそうな優しい顔で俺を見るんじゃねえ。
絶対からかってやがるんだがここで認めちまうのは俺の尊厳が汚されちまうし、逆にこのまま抵抗を続けても勝てるビジョンが見えねえ。クソッ、どうするのがベストなんだと悩んでいると、くっくっくっと小さな笑い声が聞こえてきた。
「冗談だ。透はこの手の話に弱いな」
「やめてくれ、自分でもうすうす気づいてるんだから」
「ははっ、やめるはずないだろうが」
「そこはせめて濁せよ!」
この手の話題でこいつにからかわれるのはもう決定しちまったようだな。まあ俺が本当に嫌がればあっさりと引いてくれそうなところが救いっちゃあ救いか。ありがたくともなんともないが。
袋を開けようとしていたせんべいもどこかに仕舞ったみたいだし、気遣いが出来ないって訳じゃあねえんだよな。まあ俺もセナをからかうときもあるしお互い様か。
さてセナがせっかく話題を変えようとしてくれたんだ。乗っておくとしよう。
何か話の種になるものはないかとセナの手元にあるタブレットへと視線を向ける。そこには相変わらず1層のチュートリアルを駆け足で攻略する集団の姿があった。
「しかし相変わらず途切れねえな。もう夜の8時だってのに」
「ダンジョンの出現はいわば国の一大事だぞ。指導者がまともなら昼夜問わず防衛の準備をするよう軍に命令するはずだ」
「つまりしばらくはずっとこれが続くって訳か」
「そうだ」
確かに災害になるかもしれない危険な存在がこれから現れるとわかれば、多少でも対抗手段を講じておきたいってのはわからんでもないが、命令に従うしかない自衛官も大変だな。今が正念場だからって言われればそうなのかもしれんが。
「とは言え人数に限りはあるとは思うがな。全員をここに来させるほど馬鹿でもあるまい。そういえばこの国の軍人はどのくらいいるのだ?」
「だから自衛官だって。その辺デリケートだったはずだから気をつけてくれ。で、人数だったな。すまんがわからん」
「なぜ知らんのだ。国の安寧を担っている勇士だろうが! 一般知識は残っているのではないのか?」
「災害派遣とかで活躍してるって知識はあるけど人数まではねえな。日本は平和だし一般的には身近な存在じゃないんじゃねえか? それよりさっきの全員をここに来させるほど馬鹿じゃないってのはどういう意味だ?」
「平和だからこそか……軍人としては誉なのかもしれんが難しいところだな」
俺の質問に答えることもせず、セナは難しい顔をしたまま腕を組んでうなっていた。確かに改めてそう言われてみると悪いような気がするな。もしかしたら記憶を失う前の俺が特別に無頓着だったのかもしれねえけど。
セナの横顔を見つめながらそんなことを考えていると視線を察したのかセナがこちらを向いた。
「あぁ、すまなかったな。なぜ全員来させないのかということだったな」
「おう」
「簡単だ。これが罠という可能性を考えないはずがないからだ」
「罠?」
「うむ、ダンジョンでモンスターを倒すとレベルアップする。身体能力も微量ながら向上するし、魔法を使えるようになる可能性も示された。しかしこの変化の裏で徐々に体が蝕まれていくのだったら? もしくは裏で操るための準備だったとしたら?」
「えっ、マジでそんなこと考えんのか。ありえねえだろ」
「ダンジョンの出現なんていうありえないことが起こっているからな。その程度のことは考えるはずだ。だからここに来させるとしても最大で30%くらいだろうな。それなら最悪の事態があっても残りで対応できる」
「マジか」
セナの言葉に冗談の色は全く見えない。タブレットへと視線をやると無駄口さえ叩かずに1層のチュートリアルへと挑んでいる奴らの姿が映っていた。
セナの話が本当なのであればこいつらは下手をすれば仲間に殺されるかもしれないということを理解したうえでこのダンジョンに入ってきているってことだ。
「すげえな、こいつら」
「ああ。敵ながら称賛に値する奴らだよ」
俺たちはしばらくタブレットに映る、ダンジョンをひた走るそいつらの姿をじっと眺めるのだった。
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