第245話 思わぬ誤算
認証登録機と選別の腕輪をダンジョンに出現させてから早1か月。と言うかまだ1か月しか経ってないのに俺はピンチにさらされていた。
「マスター、補充分持って来たよ」
「……おう」
「手伝う?」
「…………いや、大丈夫だ。これは俺の仕事だしな」
目の前に積まれた選別の腕輪入りの箱の山の前で遠い目をしていた俺に、プロンが心配そうに声をかけてくる。その申し出にちょっとだけ心が動かされそうになったが人形に命を吹き込むのは俺の役目だしな。既にプロンには十分すぎるほど手伝ってもらってるし。
プロンが何度もこちらを振り返りながら帰っていくのを手を振って見送り、そして改めて自分の目の前に立つ壁のようにそびえ立つ箱へと視線を向ける。
「……」
「どうした透。楽しい人形造りの時間だぞ」
無言でそれを見つめる俺に向かって、せんべい丸の上でリラックスしながらせんべいをかじっていたセナが声をかけてくる。皮肉のこもったその表情に、俺の頭の中でプチッと何かが切れる音が聞こえた。
「だー!! セナ、お前、本格的に導入されるのは少なくとも半年はかかるだろうって言ってただろうが。なんでこんなに早いんだよ!?」
「知らん。むしろ私が知りたいくらいだ。調査結果が出たら教えてやろう」
「教えてもらったところで現状は変わんねえよ!」
「どうしろと言うのだ」
せんべい丸の上でだらけたまま器用に肩をすくめてみせるセナから視線を外し、がっくりと肩を落とす。いや、セナが言っていることがわからない訳じゃない。文句を言わずにはいられなかっただけで、今の状況がセナの責任じゃないってのも理解しているし。
異変が起こったのは3日前からだった。それまでは多少人数に増減はあったとしても1日に200名程度が新規に取得するだけだったのに、3日前に突然1日に5千人が認証登録機で登録を行ったのだ。
今思い出してもあれはすごかった。有名な人気ラーメン屋かって突っ込みを入れたくなるくらいに整然と並んだ人、人、人の行列。そして認証登録を済ますとさっと入れ替わるその動きのよどみの無さ。絶対にリハーサルしただろって確信を持てるほど慣れてやがったしな。1人につき10秒くらいで認証登録を終えてたし。
さすがにその人数にバディーとサディーの2人では対応しきれず、生産者たちの階層の奥の祭壇で捧げられた人形たちを応援に送って、何とか認証登録と選別の腕輪の受け渡しについては事なきを得ることが出来た。しかしそれまで本格始動する日までにストックしておこうと思って余分に用意しておいた選別の腕輪がほとんどなくなってしまったのだ。
こりゃまずいと、プロンに増産を依頼し、ついでに今後の事も考えて新たに防具職人型機械人形を2体召喚し<人形改造>してプロンの手伝いをさせた。それをうらやましがったスミスやファムに同様に2体の武器職人型機械人形と調薬士型機械人形を召喚したりといった寄り道もしつつ、人手が3倍に増えた事で量産された選別の腕輪に<人形創造>で命を吹き込み、<人形世界創造>をしていったんだが……
なんで昨日、今日と同じペースで来やがるんだよ!
もうストックなんてねえよ。カツカツだよ。人形を造るのは好きだが、これ人形を造るってレベルじゃねえだろ。ここ2日、日に2時間程度の睡眠でなんとかしのいできたが、そろそろヤバイ。集中力が落ちてきている事が自分自身ではっきりと感じられるしな。
もしかしたら初心者ダンジョン始まって以来の、ある意味では最大のピンチかもしれねえ。人形造りに手を抜く事なんて出来ない俺の性質、そしてチュートリアルダンジョンと言う立場を維持しなければならないと言う制約を知り尽くした誰かの陰謀……の訳ねえよな。あぁー、頭がだいぶやられているな。
掌で目をこすり、こみ上げてくるあくびを噛み殺す。頭を左右に振って眠気を追い出そうとするが、結果はほとんど変わらない。
「眠そうだな」
「まあな。認証登録機にこんな落とし穴があるとは思わなかったな」
「すまないな。気づかなくて」
「セナだけのせいじゃねえだろ」
いつの間にかせんべいを食べるのをやめて、こちらを向きながら殊勝に謝罪してくるセナへ、気にするなと手を振って返す。実際俺だって気づかなかったんだしな。
俺とセナが見落としたミス。それは認証登録機に1日の交付上限がないってことだ。いや、もしかしたら本当はあるのかもしれんが、少なくとも5千人以上大丈夫なのは確認済みだ。まあ、あれ以上のスピードで交付が続くって事はないだろうから実質1日に5千人が俺達のダンジョンにとっての上限と言える。
認証登録機単体で運用しているのなら性能の良さってだけで終わったんだろうが、俺たちの運用では、選別の腕輪もセットになっている。つまりそれだけ人形を造って、<人形創造>と<人形世界創造>をしなければならないって訳だ。
選別の腕輪そのものの人形造りは俺の試作品どおりのものをプロンたちが造ってくれているので問題は無い。これまでチェックしてきてプロンたちが正確、丁寧に造り込んでくれているのは十分にわかっているしな。
問題はその後、<人形創造>と<人形世界創造>だ。つまり俺の仕事なんだが、はっきり言って手が足りないとしか言いようが無い。タブレットを使ってセナに手伝ってもらえば少しはマシになるとはわかってはいるんだが、さすがに命を吹き込む大事な部分は俺自身でやってやりたいんだよな。
そのこだわりのせいで忙殺されているってのはわかっているんだけどよ。
「そもそも<人形創造>と<人形世界創造>が分かれてるってのがおかしいような気もするんだよな。1つの世界しか入れないってのは人形としてどうかと思うんだよ」
「んっ、どういうことだ?」
「いや、だって人形って遊ぶとき色々な役を出来るってのが面白いところだろ。お母さんだったり、店員さんだったり、はたまた謎のヒーローだったり」
「ああ、そういうことか」
ビームを打つ決めポーズをしながらしたその説明に、セナが小さく首を縦に振りながら納得している。
確かに人形で1つの世界を造り上げるっていう面白さはある。でもむしろそれに縛られちまって人形の世界が狭くなっちまっているような気がするんだよな。想像次第で人形の世界は無限に広がっていくのに。
不意にがくっと体が倒れそうになり、慌てて体を支える。あれっ、今何を考えてたんだっけな。なにかひらめきそうな気がしたんだが……
「透、少し寝て来い。1時間ほど経ったらちゃんと起こしてやるから」
「いや、でもな」
「その体調では満足に作業もできないだろう。効率も考えれば一度寝た方が良いと思うぞ」
「うーん。了解。じゃ、少し頼むわ」
自分の部屋に行くのも面倒で、部屋の片隅に用意してある布団へと向かいそのままダイブするようにして倒れこむ。そしてすぐに俺の意識は夢の中へと消えていった。
「寝たか」
布団に倒れこみ、毛布も着ずに寝息を立て始めた透を眺め、セナが優しく微笑む。そしてそこへと近づいていくと、その小さな体に見合わない力で透の上に毛布をかぶせた。
「ん、んんっ」
むずがるような小さな声を聞いたセナが笑い、そしてせんべい丸の上へと戻る。ぽすっとそこに座り、壁掛けのモニターと手元のタブレットを眺めながら、セナは眉根を寄せて難しい顔をした。
「透はそろそろ限界だ。もって後数日といったところか。まあ先にこちらの限界が来るかもしれんが。一応手は打っておいたが、結局は奴ら次第だし、奥の手はまだ使いたくはないし。さて、どうしたものか」
タブレットを眺めながら、セナが独り言を言う。その視線の先、保有DPの表示される場所には、1ヶ月前から1桁落ちた3千万弱の数値が表示されていた。
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