第243話 交付初日が終わって
深夜0時となりダンジョンから人気が無くなった。今日も一日お疲れ様ってな。まあ俺は特に働いたわけじゃねえけど。
いや、これだと俺が何もしていないような感じだよな。別にダンジョンで直接働いていないだけで、今日はちゃんと監視とかもしたから働いたと言えるよな。まあ午後はちょっと飽きて人形造り中心になっちまったが。
「で、どうだった?」
「ちょうど100名だな。初日だしこんなものだろう」
セナへとそう声をかけると、持っていたペンを止めてセナが立ち上がった。体を軽くほぐすような仕草をしたセナが、せんべい丸の体を蹴るようにして下に降りてこちらへと向かってくる。うん、せんべい丸がけっこう凹んでいるが、いつもの事だし大丈夫だろ。
セナが定位置に向かうのを眺めつつ、お茶の用意を始める。1日中メモを取りつつ真剣に監視を続けてくれていたしな。そのくらいはしねえと。
「今日は時間帯や男女差などにより差異が現れるかどうかのパターン解析をしていたようだな」
「へー」
いつもの定位置に座ったセナが補足してくるのに、生返事しながらお茶をテーブルへと置き、俺もいつもの席へと座る。いつもならそろそろ寝るところだが、さすがに初日だし色々と話す事があるだろうしな。
「特に何も変わらねえんだけどな」
「それを知っているのは私たちだけだからな。新しい物が現れたのであれば検証するのは当然だ」
「それもそうだな」
お茶にふーふーと息を吹きかけるセナの姿に少しだけ笑みを浮かべる。こういう仕草をしているときは可愛いんだよな。あんま見てると気づかれるので俺もお茶へと手を伸ばす。
確かに設置した俺達にとっては無駄な行為に思えるが、何もわからないあいつらとすれば確かめるのは当然だ。一応バディーとサディーがその辺も説明しているはずなんだが、丸々それを信じるってのも無理な話か。
「しかし100名とはいえ受け入れられたと言う事は大きい。検証すると言う事は、その先を見込んでいると言う事でもあるからな」
「今日の感じだと実際に広がるとしたらどのくらいかかると思う?」
「わからん。向こうの検証次第だからな。効果を検証するにしても少なくとも1か月。長ければ年単位かもしれんな。どれだけ早められるかについては海外の圧力に期待といったところだ」
そう言ってニヤリと笑うセナに俺も苦笑を返す。確かに日本人は慎重すぎるくらい慎重だからな。新しいものを正式に取り入れるのには時間がかかると言うか、個人ではチャレンジャー精神が豊富な奴もけっこういるんだけどな。
そんなことを考えていると、バタンと大きな音を立ててダンジョンへと繋がる扉が開かれ、そしてバディーとサディーが勢い良く部屋へと入ってきた。
「ご主人様、お疲れでーす」
「ご主人様、片付け終了だよ」
「おー、2人とも今日はお疲れだったな。緊張しなかったか?」
「「大丈夫」」
尻尾をぶんぶんと振りながら褒めて褒めて、と言わんばかりにこちらへとやってくる2人に問いかけながら撫でやすい位置に下げられたその頭をくしくしと撫でる。さらさらとした良い毛並みだ。はー、と温泉にでも入ったかのような声を2人があげるのに思わず笑みが浮かぶ。
うん、完全に犬だな。いやそういう風にイメージしたのは俺だから仕方がないのかもしれねえが。
今回、認証登録機を設置するにあたってその案内役兼砦として新たに造ったのがこのバディーとサディーだ。1階層だし、最初はマットみたいにパペットに似せた人形にしようかと思ったんだが、一応マットは最初から2階層にいたという設定だった事を思い出して新たに担当する人形を造ろうと思ったんだよな。
で、どんな人形にしようかと少し迷った訳だ。案内人の役割をするんだから話ができて、さらに親しみやすい外見が望ましい。だから人型であることはすぐに決まったんだが、その先がちょっと具体的なイメージが出来なかった。
ある意味では受付のようなことをする訳だから、物語とかゲームとかで良くあるギルドとかの受付をする職員みたいにしようかとか、認証登録機は機械系だからメタリックなロボで行こうかとか、色々とイメージは湧いたんだが、決め手に欠けてたんだよな。
そんな状況で決め手になったのは、こんなセナの一言だった。
「ドッグ・タグなのだし、犬をモチーフにすれば良いのではないか? 鑑札を犬が人へ配るなど皮肉が効いているだろ」
「おお、確かに。ちょっとブラックっぽいのがダンジョンらしいな」
といったやり取りがあり、犬を擬人化した人形を造ることになったんだ。
バディーとサディーのモチーフにしたのは柴犬だ。兄妹の設定で、しゅっとした整った顔をしており、透き通ったつぶらな瞳と髪から見えるピンと立ったちょっと小さめの耳がその可愛さを引き出すアクセントになっている。
ちなみに、実は兄弟で尻尾の巻き方が違う。バディーは右巻き、サディーは左巻きだ。まあぶんぶんと振られていると全くわかんねえだけどよ。
「バディー、サディー。将来的に人数が増えても人手は足りそうか?」
「「はい!」」
セナの問いかけに2人がばばっと姿勢を正して敬礼する。鬼教官を前にした新兵みたいな反応だ。さっきまで俺に見せていた甘える姿が嘘みたいだな。まあこれには事情があるんだけどよ。
俺の犬のイメージが影響したんだろうが、<人形創造>で生まれたばかりのバディーとサディーは構ってちゃんだった。遊んで、遊んでとまとわりついてくるのは可愛くはあったんだが、これで本当に役目を果たせるのか心配になるくらいだったんだよな。
そんな事を考えていたのはセナも同様だったようで
「躾をしてくる。名付け親としての責任もあるしな。しばらくの間任せた」
と言い残して2人を連れてどこかへと行っちまった。
そして2時間後、帰ってきた2人はセナの言う事を聞く忠犬へと変化していた。と言うか尻尾を足の間に挟んで完全に萎縮していた。そのあまりの変わりように何をしたのか気になったが、やぶ蛇になる予感しかしなかったので俺は何も聞けず、真相は闇の中なんだが。
「まっ、無理なら無理って言えよ。我慢しすぎてお前たちが疲れちまうようじゃ意味がねえし」
「まあ苦労せねば成長もしないがな」
2人の尻尾が俺の発言でぶんぶんと振られ、セナの発言ですぐさましゅんと垂れる。うん、完全にセナが上位者として刷り込まれてやがるな。まあ半ばそうなりつつある俺が言える立場じゃねえけど。
強く生きろよ、と言う意味を込めてポンポンと肩を叩いてやり、それで満足したのか2人が笑みを浮かべ尻尾をふりふり帰っていった。まあ夜に人が入ってくる事はねえけど、流石に認証登録機を放置するわけにもいかねえからな。
「さて、そろそろショウちゃんたちも来る頃だが、透も聞くか?」
「せっかくだしな」
2人に構っているうちに結構時間が経っていたようで、既に0時40分を過ぎていた。そしてしばらくしてセナの言葉の通り、ショウちゃんを始めとした情報部のトップ3人がやって来る。
提出されたレポートをセナが見ながら、セナ特製の味噌せんべい人形のミソノちゃんの報告を聞く。まあ情報部トップのショウちゃんは話さねえしな。
今日のダンジョン内部の説明を一通り終えたミソノちゃんが一息つき、そしてジュモーの人形であるテートが説明を引き継いだ。。
「本日認証登録機にて登録を行った者たちは早速検証に入ったようですわね」
「ふむ、予想より早いな」
「我々の想定以上に事態が切迫しているのかもしれませんわね。と言っても現場レベルの検証のようで、官邸などからの指示は未だ出ていないようですわ」
うーん、下が勝手に動いちまって良いのかとも思うが、まあ上に報告するための検証をしているって考えれば別に良いのか? そういう組織の決まりとか良くわからんが。
「具体的な検証内容は把握しているか?」
「はい。選別の腕輪の判断基準を探っているようですわね。人として正しい行いとは何かとしか指針が示されていませんからそこを知りたいのでしょう」
「狙い通りだな」
「うむ」
テートの説明に、俺とセナが顔を見合わせニッと笑みを浮かべる。なんとか思惑通りに進みそうだ。
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