第242話 新たな施設の可能性
「神谷部長、こちらになります」
「ああ」
初心者ダンジョン入り口から入ってすぐの大部屋。レベルアップのチュートリアルへと伸びる通路がいくつも存在するその部屋に、案内の警察官に導かれながら姿を現したのは警視庁ダンジョン対策部の部長である神谷だった。
神谷は少し立ち止まると部屋を軽く見回し、入り口に警察官2名が立って厳重に警備されている1つの入り口を確認してそちらへと歩を進める。そして敬礼する警察官たちへと軽く敬礼を返してその通路へと入っていった。
今までの通路とは違い、10人以上が横に並んで歩いても問題が無いほど広い通路を進みながら神谷は報告された事項を頭の中で整理していく。
そしてほんの数分進んだ先、40メートル四方という小さな体育館程度の空間が広がったそこには神谷にとって顔見知りの警官や自衛官が集まって何かをしていた。
「どうだ?」
後ろから声をかけた神谷に、集まっていた警官や自衛官が敬礼しようとするのを神谷は手で制し、そして道が開けられた事によって自身の目に入ってきたそれを目にした。
「これが認証登録機か?」
「はい。それと案内人の……」
「バディーでーす!」
「サディーだよ!」
紹介しようとした警察官の言葉を遮って、清潔感の漂う白いシャツに紺のカーディガンを羽織った、非常に容姿の似通った男女が元気に手を上げながら返事をする。神谷はその澄んだ濃茶の瞳をじっと見つめ、そしてそれよりも若干色の薄い茶髪からにょっきりと生えているぴくぴくと動く耳とぶんぶんと振られている尻尾を確認する。
「それではバディーさん、サディーさん。繰り返しになって申し訳ないとは思いますが、こちらの……」
「いやいやいや、なんでそこでスルー出来るんじゃ?」
話を進めようとした神谷へ、思わず、と言った感じの声が掛かる。神谷の感情ののっていない瞳がその声の張本人である加藤へと向かい、その圧に屈した加藤が思わず後ずさる。
「こんなに可愛いんだからちょっとくらい褒めてあげるべきですよー」
「「あははー」」
バディーとサディーを見ながら手をわきわきさせている桃山の言葉に神谷が「ふむ」と小さくうなずく。同じ表情で苦笑いを浮かべている十台半ばに見える2人に向かって神谷は話しかけた。
「仲が良さそうでなによりですね。双子でしょうか?」
「「はい!」」
「これから貴方たちに手を出して来る者が出てくるかもしれません。事前に対処する予定ですが、我々のわからない部分で邪魔と思われるような事があればすぐに誰かに伝えていただければ改善させていただきます」
「いや、それは業務連絡じゃろ……」
「それほど貴方たちは魅力的ですからね」
そう言ってにこりと笑みを浮かべる神谷に、両手を上げて返事をしていたバディーとサディーが嬉しそうに笑みを浮かべる。
振られていた尻尾の振りが激しくなった事に笑みを深めた神谷が気を取り直すようにこほん、と咳をした。ツッコもうとして、完全に梯子を外されて固まる加藤を放置したまま、神谷が2人を促す。
「では、改めて説明をお願いしてもよろしいですか?」
「はーい。まずこれが認証登録機でーす。ここに手を置いた人の情報が登録されて、登録の証として認識票が出てきまーす」
「ちなみに認識票はそこの人が持っている物だよ。認識票には名前や生年月日、現在のレベルや所有スキル等、色々な情報が記載されるから確認すると良いと思うんだよ」
バディーが神谷の目の前の認証登録機の正面にある手のマークの部分と、その下にある出てくる認識票を受け止める口を順に指差しながら説明をし、そしてそれに続いてサディーが目の前の警察官が持っている認識票を指差して説明を続ける。
差し出された認識票を神谷が受け取り、その警官へとその情報が正しいかどうかの確認をする。いぶし銀色の縦3センチ、横5センチほどのその認識票の質感を感じながら誤りが無い事を確認した神谷が、礼を言いつつその認識票をその警官へと返した。自分はまだ大丈夫だが老眼の者には少しばかり見難いかも知れんな、と内心思いながら。
神谷がバディーたちへと視線を戻したのを察し、2人が説明を再開する。
「登録された情報はこちらの画面から検索可能でーす」
「私たちに言ってくれたらすぐに調べてあげるから安心だよ」
「我々が独自で使うと言うのは出来るのかな、もしくは第三者と置き換えても良いが?」
神谷の質問に2人が顔を見合わせ、そしてすぐに同時に首を横に振った。
「駄目でーす」
「私たちがいつもいるからそんな必要はないんだよ」
「そうですか。……いや、話の腰を折ってしまってすまなかったね。説明をつづけてください」
先を促された2人が説明の続きを始めるのを聞きながら神谷は先ほどの質問の答えについて頭を巡らせていた。
(出来ないではなく、駄目か。操作は実は出来るのかもしれないな。だがこの事実は伏せておいたほうが良いだろう。今後の事を考えれば操作できない現状の方が火種にはなりにくいしな)
そんな事を神谷が考えている内に認証登録機に関する2人の説明が終わった。報告の内容と同一であることを確認した神谷が小さくうなずき、そして手を軽く上げた。
「私もやってみても?」
「どーぞ」
「遠慮はいらないんだよ」
2人が両手を広げて歓迎する中央を通って神谷は認証登録機の前へと立ち、そして説明の通りそこに手を置く。神谷の体全体がほんのりとした光に包まれ、そしてその光が収まってしばらくしてからカランと音を立てながら認識票が受け口へと転がり落ちてきた。
「ふむ」
取り出した認識票の両面に書かれた情報が自分の情報で間違いないことを確認していた神谷が最後に書かれていたものを見て眉根を寄せる。そこには「Rank」と言う項目が表示されており、その横には「46,334,118/85,226,712」という数字が並んでいた。そしてその右側の数字は徐々にではあるが増えていっていた。
(世界全体でLVアップした者の数は予測では7千万ほどだったはずだが、予測よりもだいぶ多いな。統計が取れない地域も多くて推測値だから仕方がないか。しかしこれはまたしても面倒なことになりそうだ)
そんなことを考えながら、神谷がはぁ、と小さくため息を吐く。この数値がただ本人のための数値として扱われるだけであるなら問題はないがそんなことはありえず、確実に政治の問題になるだろうことが神谷にははっきりとわかっていたからだ。
「神谷部長のランクは、まあそんなものですよねー」
「桃山の嬢ちゃん、やめんか!?」
ひょいっと覗き込んでそんな事を言った桃山に神谷が呆れた目を向ける。なんとか桃山を止めようとしていたらしき加藤の足元に引きずられたと思われる跡を見つけ、神谷は再びため息を吐いた。
「私は積極的にダンジョンへ入っている訳ではないから当たり前だ。むしろそんな私でさえこの順位である事に意味はあるがな。そしてお前が3位であるという事にも意味がある」
「ですよねー。まだ上に2人もいるんですから私も頑張らないとー」
嬉しそうに握りこぶしをつくって満面の笑みを浮かべる桃山に、やはり遠まわしな皮肉は通じないか、と神谷が少しだけ天を見上げる。
そんな事をしている神谷の元にバディーとサディーが小さな箱を持ってやって来た。そして神谷が自分たちに注目した事を確認した2人が、その箱を一緒に開ける。
「で、これが選別の腕飾りでーす」
「これを腕につけて、認識票を近づけると取り込んでくれるから無くす心配は無いんだよ」
「ああ、これがそうか」
箱の中に入っていた1センチほどの太さのミサンガのような腕飾りを神谷が受け取り、その輪の中に手を通すと自動で太さが調節され神谷の腕へとフィットした。
報告にて知っていたため事前に心の準備が出来ており神谷が驚きを顔に出す事は無かった。それでもその異様な光景に驚き、少しだけ神谷の体が動いたがその事に気づいたのはニンマリと笑う桃山を含め数人だけだった。
そして神谷が自らの認識票をその腕飾りに近づける。するとその腕飾りの網目が広がってすっぽりと認識票を包み、そしてその網目が認識票を包んだまま元へと戻った。神谷が軽く手を振ってみるが認識票が落ちたり、ずれたりする様子はなかった。
神谷の動きが止まったのを見たバディーとサディーが話を始める。
「選別の腕飾りは常時着用が基本でーす」
「ダンジョンへ挑むのに相応しい人物かが選別されるんだよ。相応しい人物だと認められれば良い事が起こるけど、相応しくないと認められたら装備できなくなっちゃうから注意だよ」
「その相応しいかどうかの明確な基準はあるのでしょうか?」
その神谷の質問に、こてんと首を傾げながら2人が顔を見合わせる。そしてにっこりとした笑みを浮かべて神谷へと向き直り同時に言った。
「「ただ人として正しければ」」
「そうか」
報告の通りの2人の返事に、神谷は苦笑いを浮かべたのだった。
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