第239話 認証登録機
判別ねぇ。最初にセナが言っていたキーワードだ。まあこの話の流れから言って何を判別するのかはわかりきっている。
「探索者を判別できるようにするってことだよな。でもそれって意味があるのか?」
判別できるようになったとしてもただ単に差別しやすくなるってだけじゃねえか? そんな風に俺は考えたんだが、セナは違うようで、首を縦に振りながら「ある」と断言した。
「今回の差別の根幹にあるのは恐怖だ。もちろん強大な力を持った存在への恐怖もあるだろう。だがそれより大きいのはそんな存在はいつの間にか自分のそばにいるかもしれないと言う未知に対する恐怖だ。知らない、わからないというあやふやさが引き起こしてきた悲劇は歴史を見れば枚挙にいとまがない。あやふやであるからこそ対処が難しいということが恐怖を助長しているのかもしれんな」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
うーん、未知に対する恐怖ねえ。あんま実感が湧かねえな。まあ俺がダンジョン側の立場でそれを実感するような事がないせいかもしれんが。攻略されて殺されちまうかもしれないという怖さとは全く違うし。
「警官が拳銃持ってても、別に怖くないってのと同じ感じか?」
「……まあ、間違ってはいないな」
なんかちょっとセナは不服そうだが、イメージとしてはそんな感じだろう。拳銃と言う人を殺しかねない力を警官が持っていたとしてもそれを怖いって思う奴はあんまりいない。そして怖いと思うなら避けることで対処できるってことだ。
ダンジョンでレベルアップした奴らも外見からそれが判断できれば同じように出来るってことだろ。まあ警官とは立場が違うから恐怖が完全になくなるって事はねえだろうがな。
「でもそんな事が出来るのか?」
「確かに最終的にどう対応するかは私たちには決定できない。だが誘導する事は出来る」
「誘導?」
「うむ、これを見ろ」
そう言ってセナが差し出してきたタブレットを見てみると、そこにはDPで交換する事の出来るリストが表示されており、その最上段に書かれていたのは
「認証登録機? ってマジかよ、このDP。多すぎだろ」
必要なDPとして表示されていたのはなんと5千万DPだ。少し前にセナが8千万DPを突破したとか言っていたから、俺達が現在保有しているDPの6割以上か。最近はかなりのDPが1日に入ってくるようになったみたいだが、流石にこれはちょっと費用がでかすぎるだろ。
そんな俺の言葉に、セナはふぅーとため息をつき、肩をすくめる。わかってないな、と言わんばかりの態度だ。ちょっと小馬鹿にした感じがイラッとくる。
「ふっ、わかってないな」
あっ、マジで言いやがった。
「これは文字通り人を認証し登録する事ができる。そしてその証として認識票が交付されるのだ。その認識票には名前といった情報だけでなく、レベルのランキングなども記載されるらしい。まあ自分が世界中でどの程度の強さかわかると言う事だな」
「へー」
「全く気のない返事だな」
いや、だってなぁ。別にランキングに興味なんてないし。世間一般にしても俺と同じように特に興味のない奴はいると思うんだよな。と言うか、自分の強さがどのくらいかわかる程度の機械がそんなにDPかかるっておかしくねえか?
いや、まあ実際に交換してみたら色々な機能があるかもしれねえけど、機械の使うのは俺達じゃねえから利益を享受するって事もないだろうし。
全く興味なさげな俺の表情に、セナのこめかみがピクリと動く。
「いまいち価値がわかっていないようだが、これはすごいものだぞ。ダンジョンが出現した事によって起こった軍事面での変化である、個人としての強さと言うものの脅威度の上昇についてある程度の比較が出来るようになるのだからな」
「おう」
「例えばだな……」
セナがこの認証登録機がどれだけ軍事的に重要な価値を持っているのか熱弁し始めた。うん、もうちょっと興味があるふりをしておけば良かったな。そんな後悔をしながら、セナの顔を真剣に見つめたまま話を聞く。下手な態度はただ時間が長くなるだけだからな。
まあ真剣に聞いたおかげでこの認証登録機が取り扱いようによっては危ないもんだと良くわかった。最悪これを廻って戦争になると言うセナの意見は大げさかもしれないが、確実に争いにはなりそうだよなと確信できるほどには。
しゃべり続けたせいで喉が渇いたのかセナがコップのお茶を飲み、話が止まる。そろそろ大丈夫だよな。さすがにこれ以上聞くのはちょっと嫌だぞ。
「とりあえず重要性は良くわかったけどよ。結局それが判別にどうつながるんだ?」
「んっ? 認識票が交付されるのだ。ならば着けるだろう。それで判別できるではないか」
さも当然のように言ったセナの言葉に思わず首をひねる。頭の中に浮かんだのは映画とかでよく見るチェーン付きの認識票を首から提げているムキムキマッチョの軍人の姿で、なぜかサムズアップしながらにこやかに笑っている。まあ似合ってはいるよな。
でもそれを普通の日本人の探索者がつけている姿を想像すると……
「いや、着けないだろ。中二病っぽいし」
「ちゅうに病? 良くわからんがダンジョンは死と隣り合わせの危険な場所だ。ある意味では戦場と言えるだろう。また地上においてもモンスターの出現がいつあるのかわからないと言う現状、認識票の有用性は言うまでもないだろう」
「いや、まあ、かもしれんが。携帯を義務化したとしても日本人だと見せびらかすように着ける奴のほうが少ないんじゃないか?」
「むっ、そうなのか。では別の手を考えねばならんな」
俺の意見に納得したのかセナが腕を組んで考え始める。どことなく残念そうなその顔を見ながら、セナにとっては認識票を着けるってことが当たり前のことだったんだなという考えが思い浮かぶ。
たまに変なところで常識外れの部分があるんだよな。と言うか普段ならその辺りまで調べてから話を持ち出しそうなのにそうしなかった事といい、この残念そうな顔からしても認識票に何らかの思い入れがあったんだろう。
外から見えないようではレベルアップした者を判別すると言う役目は果たせない。だからばか高い認証登録機を交換する必要はないんだがなぁ。ちらっとセナを見ながらそんな事を考え、そういえば聞いていない事を思い出す。
「なぁ、セナ。ちなみに認証登録機を交換して俺達にメリットってあるのか?」
「んっ、ああ。これだけ高DPであれば他のダンジョンが導入する可能性は低い。利用したければ私たちのダンジョンに入って登録するしかないわけだ。つまり世界中の者たちがやって来てDPを落としていくことになる可能性があると言う事だな。現状ではまだ議論の最中だが、世界的な規模でダンジョンを管理する機構を作る計画もあるから、そこで登録する事を推奨するなどとされれば良いなと考えたのだ」
「あぁ、なんか主導権やら利権やらの争いで一向に話が進まないと言うアレか」
俺の返した言葉に苦笑しながらセナがうなずく。国連みたいな感じで国境を越えて世界規模でダンジョンに対抗しようと言う構想はダンジョンが出現した当初から実はあったらしいんだよな。3年経ったのに未だに出来てねえけど。
その背景について何かの雑誌だったかで読んだが、はっきり言って俺にとってはどうでも良いことだったのでほとんど忘れた。ぼんやりとした印象では各国が自分の国の利益になるようにしようとしているのでまとまらないって感じだったはずだ。
対処できている国にとってはダンジョンは未知の素材を産出する資源庫だしな。しかもレベルアップも出来て強くなれるというおまけ付き。そりゃ話もまとまらねえだろ。
まあそれは置いておいて、セナの言うとおり世界的な需要が見込めるなら5千万DPかかったとしてもペイ出来る可能性が高い。世界の人口は確か70億人以上いたはずだし、そのうちの0.1%でも来てくれたら十分元は取れるはずだ。でも旅行費とかも考えると難しいのか?
「しかし推奨されても、実際に来るとなると費用がかかるだろ。そうすると実際に来る奴ってのは限られるんじゃねえか?」
「かもな。しかし国などが補助を出したりするかもしれんぞ」
「そうか?」
「なにせ認証登録機から登録が消えればその者が死亡したとわかるのだ。人命救助のためにダンジョンを捜索する費用がかからなくなると考えれば、補助金を出して取得させておこうと考える国が出てくる可能性はある。他にも利用方法は色々と考えられるしな。そういった実績を作るためにも日本で先行して使ってもらおうと思ったのだがな」
うーん、想定通りに行かずに最悪失敗したとしても現状では危険もほぼないから問題は無いってことで良いのか。その場合、失ったDPは痛いが認証登録機もチュートリアルっぽいから完全に損って訳じゃねえし。
とは言え当初の判別するって問題の解決にはならないんだよな。それを解決するには別の方法を考えるべきなんだが……
「利益がある何らかのものを着けるように仕向けるべきか? いや、しかし……」
小さな声で何かを呟きながら考えをまとめているセナを眺める。たぶんセナの中ではもう認識票を使うと言う考えは破棄されているはずだ。
でもセナの思い入れがありそうな認識票を使うという案を捨てちまうのはもったいないよな。いつも頑張ってくれているセナにちょっとしたお返しって感じで。
よし、じゃあちょっと真剣にその辺りをどうにか出来ないか考えてみるか。
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