第24話 マラソンの成果
「お前の言っていることは夢物語だ。ちゃんと現実を見ろ。今でもそれだけの実力があるんだ。大学なんて行かずに……」
なんかよくわからん男が怒鳴りつけてくる。どこかで見たような気もするんだがどうしても思い出せない。それどころか何を言っているのかさえ聞き取れなくなってきた。内容はわかんねえがその気遣わしげながら必死な表情からして俺のこと考えて怒鳴っているんだろうことがわかる。
懐かしさをどこかで感じつつも俺の胸の中に沸き上がって来るのは虚無感、そして狂おしいほどの苛立ちだった。この男のことは嫌いじゃねえがこいつが今言っていることは死んでも聞きたくねえってのがなぜかわかった。だから声が聞こえなくなったんだろうな。
男の顔がだんだんとぼやけていく。結局何を伝えたかったんだろうな。もし記憶が残っていたら俺は……
「げふっ」
「おっ、起きたか」
息が詰まって強制的に目覚める。咳きこみながら視線をさまよわせると腕を組みながらこちらを見下ろしているセナと目が合った。腹に感じる鈍痛といい、その目の前に立っていることといい、セナが腹を蹴ったか殴ったかしたのは確実だ。
「なにしやがる!」
「透がなかなか起きないから仕方ないだろう。ラッパもなかったし、こうした方が手っ取り早いからな」
「手っ取り早いってお前なぁ」
起き上がって大きく息を吐いて呼吸を落ち着けてやるとだんだんと頭が回ってくるようになった。
「って、2階層に気づいた奴が出たのか?」
「いや、透が寝てから6時間ほど経ったが相変わらずマラソンの最中だぞ」
「じゃあなんか緊急事態が起こったってことか?」
セナが首を横に振って否定する。2階層も見つかっていなくて緊急事態でもねえ。あれっ、俺が起こされる意味ってなくねえか?
首を傾げながらセナを見つめていると、セナが視線をそらして小さな声で呟くように話し出した。
「うなされて泣いていたからな」
「えっ?」
その言葉に思わず頬を拭う。そこはほんのりと湿っておりセナの言葉が嘘ではないことがわかった。
そっか、こいつは俺のことを心配して起こしてくれたんだな。まあ起こし方がちょっとアレだったが俺のことを考えてくれたんだから悪い気はしねえ。いや、むしろありがとうって言わねえといけねえな。
「セナ、ありが……」
「絨毯が透の涙で汚染されそうだったからな、つい体が動いてしまった」
「おまっ、汚染って俺の涙は核廃棄物かなんかか!?」
「その程度のはずがないだろうが!」
「お前がどの程度だと思ってんのか気になるが聞いたら地味にショックを受けそうだからやめとくわ」
「透の涙は……」
「やめとくって言っただろうが!」
にやにやしながらこちらを見ているセナはとても楽しそうだ。うん、こいつに礼を言う必要はねえわ。こいつも求めてねえだろうし。
「しかし6時間か。1時間に12組入ったとして72人、その6倍だから……432人ってとこか」
「実際は450人だ」
「マジで多いな」
タブレットへと視線をやると駆け足で1階層を回っている警官の制服を着た自衛官らしき奴らの姿が見える。タイムアタックは継続中のようだ。この分だとまだまだダンジョンに入ってきそうだな。
ポイント的には美味しいんだがずっとこの状態ってことは1階層を改造できないってことなんだよな。つまり2階層が出来たっていう案内の看板も設置できない。まあパペットに看板を持たせて知らせるって手も無いわけじゃあないがこの流れを止めちまうってのも考え物だよな。
「一応1回ごとのDPの数値については記録しておいたぞ。人数も一緒だしすることも変わらんから省いたが」
「おっ、サンキュー。これで大体の傾向が掴めそう、ってなんじゃこりゃ」
タブレットに表示されているDPの数値を見て目を疑う。表示されたDPの数値は59,350というとんでもない数値だったのだ。もともと4千ちょっとは残っていたことを差し引いたとしても今日だけで55,000DP増えたことになる。
「おかしくね? いや、ありがたいっちゃあありがたいんだけど1人につき100DP以上入ってる計算だよな」
「そうだな。しかも毎回の数値を見てみろ」
促されてセナが書いていたタブレットのメモを詳しく見ていく。侵入された回数の横に現状のDPが記載され、その横にその回で得られたDPが計算されている。それをざっと目で追っただけで俺は異常に気づいた。
「毎回得られるDPが減ってねえ。昨日はだんだんと減ってたのに」
「そうだ。だからこそこれだけのDPが得られたのだ」
どういうことだ? 昨日の傾向だけを見たらそいつに対してダンジョンが試練になっているかどうかで得られるDPが減るもんだと思っていた。でも今日の推移を見てみるとそれには当てはまらない。全く苦労なんてしてねえし試練どころか軽い運動みたいな感じだしな。
違っているのは駆け足でダンジョンを巡っているくらいだと思うんだが、もしかして運動量で得られるDPも変化すんのか? この程度の運動でこれだけのDPが得られるなら初心者ダンジョンを作る意味がなかったんじゃあと思うくらいだ。まあそれが本当にそうならっていう前提だが。
「うーん、わからん」
「明確な基準がないんだ。気にしても仕方ないだろう。大量のDPが入ってラッキー程度に思っておけ」
「そうだな。分析を続ければわかるかもしれねえし、とりあえず今は喜んでおくか」
理由がわかんねえのはもやもやするがDPが多いのは悪いことじゃない。ダンジョン関係で出来ることも増えるし、それ以外にも自分たちの生活を向上させることも出来るしな。
さて、とりあえずなにをするかな。新たなモンスターを召喚して戦力を増やし安全を確保するってのも考えたが、現状として隠し扉が見つかる様子もねえし、いざとなったらコアルームで召喚も出来るから今しなくても問題ない。
今までは操り人形の召喚できるぎりぎりの4,000DPを残すようにしていたが10,000DPを残すようにしておけばいざという時もなんとかなるはずだ。
2階層の罠の種類を増やすか? でも(初期ボーナスセット)で作られたダンジョンにはない罠がチュートリアルにあるってのも疑問を持たれそうだしな。使い捨ての罠の一部を再設置可能な罠に変えるぐらいが良いとこか?
うーん、決め手に欠けるな。よしっ、困った時の相棒頼みだ。
「セナ、DPの使い道なんだがどうしたら良いと思う?」
「んっ? そうだな。まずはここの絨毯の取り換えをお勧めするぞ」
「だから汚染されてねえって言ってんだろうが!」
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