第231話 透の過去の調査結果
「この人形、俺の作品だよな」
画面の先で凛が奉納した人形を見つめながらそう言った透の姿に、ついにこの時が来たかとため息をつく。
可能性としてはある、と考えていた。自分で指示してわざわざミニミニ人形たちに優先的に調査をさせたのだ。その結果について知っているから、凛が透の造った人形を持ってくることも十分にありえると思っていた。
「だから好きな人形はやめさせようとしたのだがな」
せんべいをかじり、それをお茶で流し込む。
甘いな。本当に甘い。甘すぎる自分自身に反吐が出そうだ。自ら選択した結果だというのに、そんな言葉が出てしまうとは。
透の人形にかける想いは本物だ。本人は否定するだろうが、私からすれば天才的な鋭さを人形に対して持っているとしか思えない。だからこそ自分自身が造った作品があれば、それを見間違うことはないと確信していたし、現にその通りだった。
そしてその事実に気づいたのならば、その次に来る展開は十分予想できる。自分が造った覚えのない作品がそこにあるのだ。それは確実に記憶を失う前に繋がっていることは馬鹿でもわかる。そしてそれを知れば……
「変わるのは当然だからな。いや、いずれは知ることになっただろうから早いか遅いかの違いでしかない」
自分自身を納得させるように綺麗な言葉を並べてみるが、心の中の暗い思いが晴れることはない。
ここでの生活は正にぬるま湯だった。死を覚悟する必要もなく、ゆったりと安全に時間が過ぎていく。過ごしやすい快適な空間、好きなだけ食事やおかしを食べることができ、脅えることなく夜を過ごすことができる。
それはこれからも変わらないだろう。だが大切な物が変わってしまうかもしれない。
「後悔?」
そんな言葉を首を横に振って否定する。好きな人形を奉納させると透が言った時、それを止めることはおそらく出来た。透は人形馬鹿ではあるが愚かではない。しっかりとした理由付けさえすれば言いくるめられたはずだ。
だが透の楽しげな顔を見て、それを曇らせたくないと思ってしまった。ただそれだけの理由で選択をしたのは私だ。後悔などする権利はない。
一通り人形の観察を終えた透がこちらへと戻ってくる様子を画面越しに眺める。ざわざわとしたものが胸の内に広がっていくのを沈めるように、味のしないせんべいを無理矢理噛み砕く。
こんこんとドアが叩かれ、そしてその扉が開き、透が姿を現した。
「なあ、セナ。なんか俺の造った人形を凛が持ってきたんだが」
「そうか」
普段と変わらない様子で私の名を呼び、そんなことを聞いてきた透の姿に少しだけ安堵する。自分の造った人形を見て記憶を取り戻した、という可能性がない訳ではなかったからな。少なくともまだ透は変わっていない。
一瞬、気のせいではないのか、ととぼけたらどうかという考えがちらつき苦笑する。私のそんな様子に首を傾げる透を見返し、対面に座るように促すと透は素直にそれに従っていつもの席へと座った。
「真実が知りたいか? 透にとって望ましくない情報があるかもしれないが」
私の問いかけに、透はしばらくの間考え込んでいた。そして
「頼む」
と簡潔に答えを返した。その返答に心のどこかで残念だと思ってしまう自分自身の愚かさを自覚しながら、それを表に出さないように淡々と事実を並べていく。
「まず前提だ。ダンジョンマスターになる者は既に死んでいる。死後にダンジョンマスターとして選ばれ、そして何者かに復活させられたと言えばわかりやすいか」
「そうなのか。……ってことはアスナとかも一度死んでるってことか?」
「だな。あいつの場合、山奥で死んだようで死亡ではなく行方不明扱いだったからしれっと戻って入れ替わったらしいぞ」
「山奥って……もしかして熊に挑んで返り討ちとかじゃねえよな、あいつ?」
そんなことを言いながら透は苦笑いしているが、自分が死んだという事実にはあまりリアクションがない。
「自分が死んでいることには驚かないんだな」
「いや、だって神様っぽい奴に会っただろ。そういうのって死後に会うもんだろ、普通」
透の返答に確かに、と納得する。私自身そう思っているしな。生きている間に神に会ったとか言う奴は、詐欺師か妄想癖か洗脳されているかだと相場が決まっている。少なくとも私の経験上ではそうだった。
自分の死について理解し、冷静に受け止めているのなら都合が良い。話を進めよう。
「なぜ凛が透の造った人形を持っているのかといえば、凛が透の妹だからだ。血の繋がった家族という訳だな」
「調べたのか?」
「凛と人形の服の製作者の老婆の関係を調べる内に偶然な」
そう返すが、これは半分嘘だ。透の人形への執着具合と腕から考えて生前も同じように人形を造っていただろうと言うことは明らかだった。老婆が作る服を透が一目で気に入ったこと、そして何より凛がわざわざ人形の服を作製して奉納したことを考えれば、この2人が生前の透と関係がある可能性が高いと考えたのだ。
そしてその推測は正しかった。調査を始めてほどなく、あっさりと透だと思われる者の情報は判明した。その名前、生き様、そしてその死まで。
「まず、透の本当の名だが……」
「あー、名前は後で良いや。聞いちまうとなんか違和感ありそうだし。とりあえずわかっていることを教えてくれ。どんな奴で、どんな人生だったかってことを」
「そうか? まあ透がそう言うならそうするが」
透の要望に少しだけ安堵する。ただ本当の名を伝えるだけなのに、そのことが嫌だったからだ。透が別の存在へと変わってしまう、そんな気がして。
小さく息を整え、こちらを真っ直ぐに見つめてくる透へと調べた結果を伝えていく。
「家族構成は祖父母、両親、そして透と妹である凛の6人家族だ。代々雛人形を造ってきた職人の家系だそうだが、最近は色々な人形を幅広く手がけて景気はなかなか良いらしい。透はそういう家の跡取り息子だった訳だ。まあ透らしいといえば、らしいのか」
「ふんふん」
「性格は、まあ周囲から得た情報をまとめると人形馬鹿だな。まあ死んだくらいで透の人形馬鹿具合が変わるはずがないから当然ということだ」
「死んだくらいって……いや、考えてみれば死んでも人形が好きってのはある意味褒め言葉だよな」
自分自身を納得させるように言葉を紡ぎ、首をうんうんと縦に振る透の姿に少し笑いながら話を続ける。
「人形馬鹿ということを除けば、この国では普通の幸福な人生だったようだ。優しい家族に囲まれ、友人と遊びながら成長し、大学まで卒業したようだ。それからは人形師として家の仕事をしながら、自分の好きな人形を造る生活をしていたらしい。まあ当然のことだが結婚はしておらず、彼女がいたこともないようだ。素晴らしきシングルライフだな」
「ほっとけ!」
「ふふっ」
ふてくされるような透の返しに、思わず声を漏らす。
実は結婚していないことは確かなのだが、実際に彼女が一度も出来なかったのかはわからない。いたことを示す情報が見つからなかったのは確かだが。
テーブルに置かれたせんべいをばりばりと八つ当たり気味に食べ始めた透にわざと優しい視線を送ってやると、食べる速度が上がる。本当に面白い奴だ。こんなに面白い透なら彼女くらいはいたかもしれないな。その考えに何ともいえない感情がわき上がってくるのを無視するために咳払いをして思考を切り替える。
「そして死んだ経緯だが……」
「……おう」
言葉を止めた私に、口に入っていたせんべいを飲み込んだ透が真剣な視線を向けて返事をする。
「船から飛び降りての自殺だそうだ。手がつけられないほどの末期がんで医者から余命半年を宣告されていたらしいから、それを苦にしてのことだろうな」
「……」
その言葉に沈黙したまま透が眉根を寄せる。自分の死因について聞いた透が何を思っているのか私にはわからない。概要しかまだ説明していないが色々な情報を一度に聞かされたのだ。頭の中はごちゃごちゃになっているだろう。それが整理された時、そしてその後に詳細を知ったときどうなるのか。
そんな未来へと思考をとばしていると、強い視線を感じ意識を透へと戻した。人形製作に取り組むときと同じような真剣な表情をした透の姿に思わず息を呑む。まさか、記憶がよみがえったのか?
透がゆっくりとその口を開いていく。
「それ、俺じゃねえぞ」
「はっ?」
きっぱりとそう断定した透の言葉に頭が追いつかず、思わず間抜けな声が出てしまう。そんな私の姿が面白いのか、透がこちらを見ながら笑っている。思わず殴りたくなる顔だ。
「先ほど透自身が凛の人形は自分の造ったものだと言ったのだぞ。これをどう説明するんだ?」
「いや、まあそうなんだけどよ。余命半年を宣告されたから自殺するって俺らしくねえだろ」
「人形造りが出来なくなることを悲観したのではないか?」
そう聞き返した私に、透がわざとらしく肩をすくめて首を横に振る。
「わかってねえな。余命半年ってことはあと半年は人形造りが出来るんだぞ。自殺しちまったらそれがゼロになっちまうんだ。自殺なんかするかよ」
「記憶を失う前の透はそう考えなかった可能性も……」
「かもな。でもその程度の覚悟しかねえ奴と今の俺は一緒じゃねえよ。俺は人形師で、ダンジョンマスター。そしてセナの相棒の透だ。だろ?」
そう言いながら少し照れくさそうな表情で透がこちらへと手を差し出してくる。これまでと何も変わらない、それを示しているかのようなその手を私は握り返した。
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