第230話 生産者たちの相棒
好きな人形と生産に使う道具を捧げることで、生産作業を手伝ってくれる相棒が手に入ると日向から知らされた生産者たちの反応は俺の思ったとおりのものだった。簡単に言ってしまえば全員がめちゃくちゃ喜んだ。
実は人形が苦手な奴もいるんじゃないかと少し危惧していたんだ。まあ苦手だったとしても生産の手助けになるんだから手に入れようとするとは思っていたが、どうせなら良い関係が築ける方が良い。せっかくの相棒なんだしな。
その後の反応は各人によって様々だった。まず生産者らしく自分で人形を造り始めたのが裁縫と石工の職人だった。と言うか石工はマジで仏像を造るつもりだったようで、それは無理だと言う日向の説明に「私の千手観音様が……」とか言いながらがっくりと肩を落としていたしな。まあ今は気を取り直して何のモチーフかはわかんねえが、石で人形を造っているので問題ないだろう。
しかし裁縫の職人が造っている巨大なネズミのぬいぐるみも危険な香りが漂っているんだよな。まあ販売するわけでもねえし、ダンジョン内で手伝ってくれる相棒人形ってだけなら大丈夫だろ。ハハッ。
鍛冶も人形を造り始めたと言えなくも無いんだが、製鉄所という集団で仕事をしていることもあり、どんな人形がふさわしいかの会議から始まり、設計、自分たちでは作製できない部品の外注など、人形制作って言うよりはプロジェクトみたいな感じになっちまったんだよな。
まあ製鉄所で働いているだけあって、ほとんどの奴がロボットとかに思い入れがあるようでかなり白熱した議論になっていたし、その集大成と言える設計図から想像される人形には俺自身かなりの興味があるんだが、しばらく時間は掛かりそうな感じだ。
そしてそれ以外の木工、革工、鑑定の奴らは自分で人形を造ることはしないようだ。そもそも生産職と言えるか微妙な鑑定は妥当かなと思ったんだが、木工と革工についてはちょっと意外だった。
木製の人形は一般にもありふれたものだし、木工の職人の作業風景を見た限り少なからずそういった経験があるんじゃねえかと予想していたからだ。革工の職人である凛も、あれだけの質の人形の服を造れるんだから、ある程度の人形の知識があると思ってたんだがな。
そしてお知らせをして数日後。最も早く相棒となる人形を奉納したのは木工の職人だった。木工の職人が持ってきたのは、160センチほどの大きさの美少女フィギュアだ。可動しないもので素材は主にFRPだろう。
快活そうな笑みをその幼げな顔に浮かべ、そしてその顔に見合わないメリハリボディを強調するかのようにキャミソールにホットパンツ、そして膝上のブーツという格好をしている。
たしかこいつはゲームの主人公で、しかも生産系の職業だったはずだから相棒にふさわしいと言えるのかもしれん。
ひしひしと感じるセナの視線に気づかないようにしながら、そんな誰に向けてのフォローかわからないことを考えていたその時だった。
「ふむ。良かったな、人形に欲情する同類がいて」
「違えよ!」
セナにかけられたその不名誉な言葉に即座に反応する。
「確かに俺は人形が好きだが、そういうのじゃないからな。造形美、そしてそこにこめられた職人の想い、そして所有者によって大事に育まれたその姿が心を惹きつけるのであって、性欲とかそういう方面じゃねえんだ」
「ふっ、必死だな」
わかっているから何も言うな、とでも言わんばかりのセナの表情に頭を抱える。いや、セナが冗談で言っているであろう事はわかってんだ。でもこの恥ずかしさはなんと表現したら良いか……そう、母親に隠していたエロ本を見つけられて机の上に整理されていた時のようなそんな感じだ。
でも作品としてはかなりの力の入ったものなんだよな。出来もすごく良いし。硬いはずなのに、触れば埋もれていきそうな肉感とか、かなり参考になる。服のしわとか、そこからちらりと覗くへそ、ブーツとホットパンツの間の絶対領域といった研究された美しさは見事なもんだ。
うん、作品だけを見れば別に平気だな。人形師として色っぽさの表現も重要なことなんだから当たり前だが。
それなのになんで恥ずかしくなるかっていうと、タブレットの画面の先でにやけ面を隠そうともせず、夢うつつのような浮かれ姿をさらしている木工職人のせいだ。
少しはこいつの気持ちもわからなくはないんだけどな。この等身大の人形の出来であれば少なくとも数百万はかかっているはずだ。1点ものだというのであれば、5百万以上かかっているかもしれない。
それだけの金額を払ったとしても手に入れたいと思うほど好きなキャラクターの人形が、自分の作業を手伝ってくれるともなれば有頂天くらいなるだろう。だが「ぐふふっ」と笑いを漏らし、頭の中がピンク色でいっぱいになっていることが丸わかりの表情を見るとどうしてもな。
そんな感じで間接的に迷惑をかけられ、本当に大丈夫なのかと言う不安を抱きつつも、前言撤回するわけにもいかずに<人形創造>した訳だが、初めて動く相棒を見た木工職人の反応は俺の予想の上を行った。ジャンプするかのような勢いでいきなり抱きつこうとしたのだ。
やべえ、と思わず体が動いちまいそうなくらいだったんだが、あっさりと美少女の相棒にみぞおちを杖で突かれて、地面でぴくぴくとうごめくだけの物体に成り果てた木工職人の姿に冷静さを取り戻す。
そりゃあ、レベルを積極的に上げているわけでもなく鍛えているわけでもない奴にどうにかできる訳ないわな。地面に倒れこんだままだが、親指をぐっ、と立てているところを見ると木工職人も満足しているようだし、後はどうにかなるだろ。
相棒のさげずんだ視線に喜んでいるように見えるところはちょっと不安要素だけどな。
そんなこんながありつつも生産者たちの相棒の<人形創造>は順調に進んでいった。政府が期限を区切りでもしたのかお知らせをしてから10日経った今朝の段階で、未だに相棒を得ていないのは革工職人である凛と鍛冶の製鉄所の奴らだけになった。
製鉄所の奴らが造っているロボットは着々と完成に近づいている。おそらく後2、3日もあれば出来上がるはずだ。円柱型のボディに半球の頭を乗せているんだが、なんかギミックが満載である意味びっくり箱みたいだ。ドリルとかマニピュレータみたいなのとか、プロジェクターとか内蔵されてるしな。
絶対にモチーフはアレなんだろうな。流石に丸パクではなく各所にオリジナリティを入れているが、見る人が見れば一発でわかる姿だ。まあ別にいいんだけどよ。
凛は自分で人形を造っている様子は全くない。最初の頃はなにか悩んでいる風ではあったが、ここ数日は踏ん切りがついたのか、いつも通りの姿に戻っているしな。
相棒となる人形を決めたって事なんだろうが、実は凛がどんな人形を選ぶのかちょっと楽しみなんだよな。前に造った人形用のライダースーツの出来栄えから言っても、確実に人形と深く関わった経験があるだろうし。
「んっ、噂をすればってやつか?」
ダンジョンにやってきた凛の後に続いて、2人の警官がかなり大きなダンボールの箱を持って入ってきた。そしてそのまま生産者の階層へと続く階段を降り、その最奥の部屋の祭壇へとその箱を置いた。
凛がその隣へと革工に使用する道具を並べて置き、その場から少し離れる。そして光を放ちながら消えていくそれらを、複雑な表情をしたまま凛はじっと眺めていた。
「なんだろうな?」
今まで人形を奉納してきた生産者たちの表情は、やはり喜びや期待といったプラスの感情がわかるものだった。しかし凛の表情はそうではなかった。迷いというか不安というか、あいまいな感情が主になっていたような感じなのだ。
「まあ、俺にわかるはずねえしな。とりあえず人形の確認だ」
人形が転送されているはずの人形たちの待機部屋に行くべく、椅子から立ち上がる。正面に座っていたセナがちらっと俺を見た。その視線はすぐに目の前のせんべいへと戻されてしまったが、先ほど見た凛の目に良く似ているようなそんな気がした。
「じゃ、行ってくるわ」
「うむ」
いつもどおりの端的な返事にどこか安心感を覚えながらコアルームから人形たちの待機部屋へと行き、そして大きなダンボールの目の前に立つ。プラスチックバンドをはさみで切断し、慎重にそのダンボールの蓋を開ける。その中に入っていたのは万が一にも損傷しないように丁寧にクッション剤などで守られた1体の人形だった。
等身大の球体関節人形。髪の色は白と大きく変わっているが、その容姿からしてモチーフとなっているのは凛で間違いないだろう。多少の差異があるのは造られたのがおそらく最近ではなく昔だから。
いかにも職人といった感じの白いシャツに革製のオーバーオールを着ており、その腰のベルトには道具を収納するためのポーチが備え付けられている。
確かに自分がモチーフの人形を相棒にするってのは、ちょっと悩むかも知れねえな。でもそんな疑問が解決したことなんか今はどうでも良いんだ。それよりも今、重要なのは……
「この人形、俺の作品だよな?」
部屋に待機する人形達はいたが、その俺の疑問に答えてくれる奴は誰もいなかった。
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