第225話 アームズ
「はい、ではそのように。詳細な報告等につきましては情報を整理し、資料を作成した後にさせていただきます。……ええ、それは必ず。では失礼いたします」
カチャという軽い音をさせながら受話器が置かれ、電話が切れる。そしてそれと同時にその電話していた男が天を仰ぎ、大きく息を吐いた。ここは警視庁ダンジョン対策部の奥にある一室、部長室であり、今まさに遠い目をしながら天井を見つめ続けているのはその部屋の主である神谷警視長だった。
しばらくの間、その姿勢のまま神谷は思考をめぐらせ、そして再び大きなため息を吐いて目の前のメモへと視線を戻す。
このメモは先ほど報告に戻ってきた桃山の話を聞きながら神谷自身が書き留めたものだ。要点だけを記載してあるため外に出せるようなものではないが、書いた神谷自身が思考を整理するのには十分なように書かれていた。
メモにざっと目を通し、再確認を終えた神谷が傍らに置いてあったノートパソコンで先ほど渡されたばかりのSDカード読み込む。画面にウィンドウがポップアップし、そこに表示された唯一の映像データを神谷はクリックした。
しばらくしてノートパソコンに表示されたのはダンジョンの光景だ。その画面には加藤や篠崎の姿が要所に映っている。それもそのはずで神谷が見ているのは桃山が装備していたカメラの映像だからだ。
探索者によるカメラなどの持ち込みが禁止されている初心者ダンジョンではあるが、それはあくまで一般人の探索者に限られている。警察官や自衛官も通常時にはカメラを装備することはないが、今回のように新たな階層を進む場合には当然皆がカメラを装備していた。
神谷がマウスを操作し、映像を進めていく。その途中で攻撃してきたロボットを踏み台にして回避しているような、普通であればありえない光景なども映ったのだが、神谷は多少苦笑いするのみだった。
そしてようやく目的の位置まで到達した神谷がカーソルを放し、再生ボタンを押した。
再生された光景は桃山の報告にあったとおりのものだ。遠方で正確な大きさはわからないが5から10メートルほどはありそうな赤い巨大なロボットが存在しており、そして目の前には桃山がレアちゃんと呼び続けるサンの姿があった。
そしてそのまま戦闘に入るかと思われたが、突然サンによる5体の機体のデモンストレーションが開始され、そして現在は神谷の手元にあるその紙を桃山が渡される。困惑したような桃山の声が聞こえ、しばらく時が流れる。
「さすがの桃山もすぐには決断できないか」
その沈黙の時間の長さに神谷が苦笑する。しかし神谷はそのことを不思議に思わず、むしろ当然だろうと考えた。紙に書かれていた内容が内容であるのも確かなのだが、桃山の本質を神谷は理解しているからだ。
傍目から見た桃山の印象は強くなることには貪欲だが、それ以外は適当でいい加減といったものだ。確かにそれは間違っていないし、むしろ概ね正解だといっても良い。だがそれだけの者を神谷がこれほど重用することなどない。いくらその者が強かったとしても、それでは意味がないからだ。
桃山が歩き始める。そして真っ直ぐに緑の機体へと近づいていくとそれに乗り込み、少しだけ遠くの巨大なロボットへと視線をやり、そしてサンへと別れを告げて振り返ることも無く部屋を出て行った。
神谷が画像を止める。桃山の報告の通りであればこれから先は見る必要がないからだ。桃山は戦闘することなく緑の機体を地上へと持ち帰った。ただそれだけなのだから。
神谷はノートパソコンを閉じ、そして1枚の紙をとる。それは映像の中で桃山が渡されていたものだ。その表面に書かれているのは「アームズ」という何のひねりもない機体の名前と初回到達報酬としてその1体が与えられると言うこと。そして最後に書かれていたのは2つの選択肢だった。
選択肢の1つは選択した機体を使用し、この階層のボスである巨大なロボットへと戦いを挑むと言うもの。そしてもう1つは桃山がしたように機体を持ち帰るというものだった。
わざわざ選択するようになっていることからも推測は可能ではあるが、そこにはわかりやすいように持ち帰った機体には制限がかかることも書かれていた。
持ち帰ることを選択して地上へと出た機体は2度とチュートリアルダンジョンへ入ることは出来ないというものから始まり、紙の裏面までその制限事項は続いていく。
「人へ危害を加えられないと言う制限はむしろ救いだな。まあ直接で無い方法や支援のような形はどうなのかはまだわからないから完全に安心という訳ではないが」
制限事項に目を通しながら神谷が呟く。映像の中でサンがデモンストレーションする姿を見ただけではあるが、アームズの動きは日本でも屈指の実力者である桃山と比べてもはるかに速く、そしてその攻撃の威力は絶大。文字通り兵器と言えた。
そんな兵器が使われるのは戦いの場だ。もちろん、その相手がダンジョンだけであれば問題はない。しかしそんな夢物語があるはずないのだ。制限がかかっているからすぐにどうこうと言うことは無いだろうが、いつかは戦争へと使われるだろう、そう神谷は判断していた。
「桃山の判断が間違っていたとは言えんが、かなり圧が強まるだろうな」
そんな未来予想をしながら神谷がため息を吐く。アームズのインパクトはそれほどのものだった。その有用性がわかればわかるほど、各国は言うだろう。チュートリアルダンジョンは日本のためだけのものではなく、全ての国に等しくその利益を享受する権利があると。
それは正論だ。正論だからこそ日本にとっては厄介なのだが。
もう1つの選択肢を選択したとしても、良い結果は生まれなかっただろうと神谷は推測する。むしろ桃山に「規格外ですねー。あれに勝てる日って来るんですかねー」とまで言わしめた巨大なロボットに挑戦すれば、貴重なアームズを無駄に失っていただろう事は明らかだ。
(状況判断を誤れば全てが終わる。逃亡が最善手な場合もあると知り、それを訓練するには確かに有効だが……希望をちらつかせるあたりたちが悪いな)
神谷が手に持っていたアームズについての紙を机へと置く。そして眉間に寄ったシワを揉みほぐす。それでもそのシワがなくなることはなかったが。
「返事を保留できれば一番良かったのだがな。まあ仕方がない」
神谷は頭を切り替える。問題が増えるだろう事は確かだが、アームズが手に入ったことによって戦力が強化されたことは大きい。その運用や自衛隊との調整などについてメモにあらすじを書きつつ、神谷は思考を続ける。
(巨大なロボットに挑戦するために使うとなれば、手に入るアームズ1体のみということは考えられない。余計な横槍が入る前に何とかして数を揃えたいところだが)
正式な報告書が出来上がるその時まで、ダンジョン対策部部長室内にはペンを走らせる音は続いたのだった。
そのころ、インターネット上のダンジョンに関するあるスレッドに写真付きで1つの書き込みがされた。それは……
「日本政府、秘密裏に開発したロボでダンジョン攻略を開始!?」
ビルの上階から撮られたと思われるその写真にはダンジョンを覆うビルの搬出口から出てくる緑の機体がはっきりと映っており、そしてそのスレッドは火に油を注いだかのように速やかに炎上していった。
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