第223話 ロボ人形たちのチュートリアル
8分の1スケールロボ人形たちに仲間全員を倒されてもなお、桃山は1人で新階層を進んでいく。桃山たちのグループと同じ頃に入った自衛隊なんかの他のグループもけっこう壊滅状態だし、やっぱこの階層を普通に攻略するのは不可能だよな。
行ってもらいたい場所があるんだが、この階層を追加して3日経った今日まで誰一人としてたどり着いてねえし。うーん。
「なあ、セナ。ちょっと難度落とすか?」
せんべい丸の上でくつろぎながらタブレットを操作していたセナが手を止めてこちらを向き、そして首を横に振る。
「必要ない。しかるべき順序を踏めば抜けられるようにわざわざ配置してあるからな」
「いや、それは知ってるけど……現状目的地にさえたどり着いてねえんだが?」
「それはそうだろう。それを訓練するためのチュートリアルなのだからな。索敵、そして隠密行動は生き残るためには必須の技能だ。安易に難易度を緩めては意味がない。それにこういった趣旨のチュートリアルにしようと提案したのは透だろう?」
「まあそうだけどな」
少し首を傾げながら同意を求めてきたセナに、若干言葉を濁しながらもうなずいて返す。
確かにロボ人形たちの活躍の場として新たなチュートリアルの案を出したのは俺だ。セナによってだいぶ魔改造されたことを除けばな。
<人形創造>によって生み出されたロボ人形たちの強さはユウと戦ってもらって確認したんだが、予想通りと言うか、やはり現状で普通の人間に倒すことの出来る強さではなかった。
経験の差か、終始ユウが優勢ではあったんだが攻撃がまともに入っても、軽い傷程度のダメージしかロボ人形は受けなかったんだよな。ユウでこれなんだから、自衛隊とかがスキルを使ったとしてもたぶん傷1つつかないだろう。はっきり言って堅すぎる。
だからロボ人形たちとまともに戦うチュートリアルはありえない。普通に1体で襲い掛かってきた自衛隊の奴らや警官たち全員を倒せるだろうし。
となると当たり前だが出来ることは限られる。戦えないなら見つからないようにする、もしくは見つかったとしても逃げ切るってのが妥当なところだ。
前に造った一般の探索者を強くするためのチュートリアルと同じように、他のダンジョンが強化されるのを防ぐには探索者が殺されないようにすることが重要だ。継続的に入ることでもDPは溜まっていくが、それに関しては俺も同じだしな。
だからこそ見つからない、そして見つかったとしても逃げることが出来るチュートリアルが必要だって考えたんだ。
もちろんちゃんと鞭だけじゃなくて飴も用意してあるんだが……
「やっぱ自衛隊の方がこういうのは得意なのかね?」
ロボ人形たちの警戒をかいくぐり、設置された宝箱からスミス特製の槍を取り出している自衛隊の部隊を見ながらそう聞くと、セナが再び手を止め、「うむ」と小さくうなずいてからこちらを見た。
「行軍の訓練もしているだろうからな。視界の悪い密林の中を限られた装備で何日も歩き、目的地点にたどり着けなければ半ば不眠不休で動き続け、食料がなければ現地調達する。しかも行軍の形跡をなるべく残さないように注意しながら。軍ならばそんな訓練をしているはずだ」
「いや、自衛隊は……どうなんだろうな。戦争に戦いに行くイメージはねえんだが、そういう訓練をしてんのか?」
「近しいことはしていると思うぞ。やはり動きが違うからな」
セナの自信ありげな顔からして、自衛隊がそういう訓練をしているとほぼ確信しているようだな。うーん、なんというか自衛隊って色々と影で頑張ってんだな。とりあえず感謝しておこう。
しかしそう聞くと確かに今の階層の状況は納得だ。基本的に今回のチュートリアルの飴である監視の目をかいくぐった先の宝箱の回収割合は警察を1とすれば、自衛隊が5くらいになるほど成果が違う。これほどの差が出るほどの訓練か。うん、俺には確実に無理だな。
正面から戦う時はスキルの差こそあれ、基本的な実力的には拮抗しているんだけどな。ただし桃山は除くが。
まあ桃山はなぁ。なんというか人生全てをダンジョンに捧げてる感があってヤバイんだよな。警察や自衛隊の奴らだって基本的には仕事としてダンジョンに潜っている訳だ。仕事だから休日があるし、連日ダンジョンに入っている奴なんていないと言っても過言じゃない。
一般の探索者で毎日来る奴がいないでもないが、それは金稼ぎとか装備集めが目的の奴で一時的なものだしな。生死のかかった探索を連日行う奴なんかいない。
例外は桃山だけだ。休みの日は当然服装は変わっているんだが、1人で『闘者の遊技場』に突っ込んでいってユウと楽しそうにガチンコバトルを1日中している。まあ当然ユウの方がまだ強いので死ぬわけだが、それを見越してプレハブに着替えまで用意してあるという徹底ぶりだ。
慣れているとは言っても、死ぬのってかなりきついはずなんだけどな。他の奴らの様子を見てもそれに間違いはねえはずなんだが、桃山は鋼のメンタルすぎる。こっちの態勢は万全で安全なはずなのに、どこか一抹の不安を抱かせるくらいだ。
1人探索を続ける桃山の姿を眺め、心を落ち着けるようにふぅ、と息を吐く。
「恋か?」
「下の心の部分が違うな。あいつに似合う言葉は恋じゃなくて、変だろ」
「確かにな」
俺の返しに苦笑を浮かべながらも、セナの指はタブレットを操作し続けていた。まだこの階層の構造は完全に把握されていない。用意した宝箱の中身が今までの物よりちょっと良い物が入っていることもあり、警察と自衛隊が共同して、かなりの力を入れて調査が続けられているのだ。
当然だが、ロボ人形に発見されればほぼ確実にその集団は壊滅する。別の言い方をすれば復活するべき死者がかなりの数になるのだ。
チュートリアルが増え、ダンジョンの規模が大きくなっていくにつれて死者数は増加傾向にあったのだが、そろそろヤバイ領域に入ってきてる気がしてならないんだよな。セナがダンジョンの様子を監視がてら、タブレットで復活させてくれているから今はなんとかなっているがそれにも限界があるし。というか最近は食事中とかでもタブレットを操作しなければならないことが多くなってきたし。
セナはそこまで苦痛に思っているようには見えないんだが、なんと言うか申し訳ないんだよな。セナだって好きでやってる訳じゃねえし。人形たちにお願いして人数をかけることが出来れば負担は減るんだが、人を生き返らせることはダンジョンマスターである俺か使い魔のセナしか出来ねえんだよな。うーん。
「なあ、セナ。死んだ奴を生き返らせる作業、俺も手伝うか?」
「うん? 突然どうした?」
「いや、最近そのせいで忙しそうだし、何よりお前の好きなせんべいもゆっくり味わえてないだろ。ミスが怖いと言われるかもしれんが、そのくらいの時間なら俺だって集中すれば大丈夫だろうし」
ぽかんとした顔でセナはしばらく俺を見て、そして小さく笑みを浮かべた。いつもの不敵な笑みや、苦笑ではなく、自然なその笑みになぜかこっちが恥ずかしくなる。落ち着け、と心の中で唱えながら返事を待っていると、セナがゆっくりと首を縦に振った。
「うむ、では9時間ほど頼むとしよう」
「はっ?」
「朝、昼、夜。せんべいを心ゆくまで味わうのには最低3時間はかかる……」
「却下だ、この野郎!」
先ほどの笑みが幻だったかのように、いつものからかうような笑みで言われたその言葉を即座に拒否する。俺がそう答えることもセナの予想通りなのだろうことは、そのニヤニヤした笑みを見れば明らかだ。
実はこいつ、まだまだ余裕がありやがるな。
「冗談はさておき、今は傾向を把握するためにも直接生き返らせているだけだぞ」
「んっ? 対応策があるってことか?」
「うむ。コアの……」
そこまで言い、言葉を止めたセナの様子に首を傾げる。しばらくしてもそれ以上何も言わないのでセナの視線の先を追ってみると、壁掛けのタブレットに俺が待ちに待ったその光景が映っていた。
「始まるな」
「おう。……でも、やっぱ桃山かよ」
画面に映っているのは今回のチュートリアルの最奥、ごろごろとした岩がそこかしこにある荒野のような部屋だ。そこには実物大のロボ人形が佇んでおり、遮蔽物のない地形ということもあってその圧倒的な質感のある立ち姿をどこからでも見ることができるようになっている。宇宙空間も捨てがたいが、ロボに荒野も良く似合うんだよな。
そんなこだわりをもって造った部屋なんだが、今の主役は実物大ロボ人形じゃない。入り口の付近でにらみ合うようにして相対するサンと桃山だ。
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