第218話 情報収集からの推察
昨日投稿できず申し訳ありませんでした。
「透、ちょっと良いか?」
「どうかしたか?」
8分の1スケールの人形たちの量産化も軌道に乗ってきたし、本格的に実物大の巨大ロボ人形の製作に入ろうかとスミスを始めとした巨大ロボ人形プロジェクトチームの面々と相談に行こうとした俺にセナがそんな声をかけてきた。
早く人形の製作に向かいたい気持ちもあるが、セナが声をかけてきたからには何かしらの理由があるはずだ。ダンジョンを任せっきりにしているし、何か問題があったのかもしれん。とは言え緊急っぽい感じはしねえけど。
「少し相談したいことがあってな。確証がある訳ではないのだがこのダンジョンの将来に関わる可能性が高そうな問題だ」
「そっか。長くなりそうだし、お茶でも淹れるわ」
「うむ」
セナの慎重な話し方からして、面倒な話なのは確実だ。おそらくセナとしては確実な証拠を掴んだ上で俺に話すつもりだったんだろう。そういう性格だしな。
しかしそれを掴む前に話そうとしたってことは、悠長な対応をしていれば取り返しのつかないことになる可能性があるって判断したってことだ。そんな話が短くて済むはずがない。
ククによって片付けられたテーブルのセナの目の前に湯のみに入った緑茶を置く。そしてセナが少しだけそれに口をつけたのを見ながら俺はいつもどおり対面に座った。
「で、何があったんだ?」
「そうだな。まず1つ目は、日本国内に私たちの他にもう1つ勢力がある確率が高まったと言うことだな」
「もう1つの勢力って、力をもったダンジョンがって事だよな?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるな。いや、ダンジョンであることは確かなのだろうが」
「んっ?」
まるで言葉遊びでもしているようなセナの言い方に首を傾げる。少なくともセナはそういう言い方を好んでは使わない。逆に言えばそういった方向ではなく、その言葉そのものの通りの意味で使っているはずだ。
だとすると直接的な力を持っている訳じゃないが、別の意味で力を持っているってことか? うーん、ダンジョンで別の意味の力を持つってどういうことだ。アスナもある意味では別の意味の力を持っているといえるかもしれねえけど、方向性が違いそうだし。
基本的にダンジョンが持つ力と言えば武力方面だ。資源とかスキルスクロールの排出なんていう資力って線もあるが、それなら俺達の初心者ダンジョンにも既に影響が出ているはずだ。だからそっち方面も無いだろう。
それ以外の力っていってもなぁ。ダンジョンに関係しそうな力ってなさそうな気がする。パッと思いつく力はあるけど、ダンジョンとは無縁だろうし。
「権力、じゃねえよなぁ。というかその言い方だとダンジョンかどうかの証拠さえ得られていないってことか。面倒そうな相手だな」
ミニミニ人形たちは諜報に特化した人形たちだ。5万DPかけて<人形創造>しているから、それなりに能力も高くこれまでも様々な情報を集めてきていた。最近変わった今の総理大臣の密かな趣味がモデルガンの収集で、人がいない時に1人でポーズを決めてにやけているなんていう誰得な情報まで集めてきてくれるほどだしな。
そんなミニミニ人形たちが証拠を押さえられないってことはそれ以上の何かがあるってことだ。面倒くさくないはずがない。思わずため息が出そうなくらいの憂うつさでセナを見返すと、セナが小さく苦笑した。
「面倒というのは確かだな。しかし権力と言うのはあながち間違いではないぞ。なにせその影響力は既に国会議員にまで伸びているのだからな」
「はぁっ? どういうことだ?」
「国会議員につけておいたミニミニ人形たちがやられたのだ。同じ人物につけた人形が3度もな。直近では一昨日だな。<人形修復>した覚えがあるだろう」
「おかみさんシリーズだよな。10体以上いたから多いなとは思ったんだが」
ミニミニ人形たちの派遣先は基本的にセナが選別していて、最初期に送られたのは国会議員、各省庁の幹部、自衛隊の幹部といった権力者たちだ。最も情報が集まるからな。国民に伏せられるような情報もあるだろうし、とセナが黒い笑顔を浮かべながら行き先を決めていたな、そういえば。
そんなことを思い出しながら言った俺の発言を肯定し、セナが説明を続けていく。
「6名の国会議員につけておいたミニミニ人形たちのうち、付近で探らせていた2体、合計12体がやられた。まあ残っていた1体のおかげである程度情報は集まったのだがな」
「ミニミニ人形たちって結構強いはずなんだけどな」
ミニミニ人形たちはセナの方針により基本的に3人1組で情報収集に当たらせている。直接張り付く者、その付近でフォローを行う者、そしてそれを離れた位置で観察する者といった形だ。倒される瞬間までの記憶を保持したまま<人形修復>で復活できれば便利だったのだが無理だったので、情報を少しでも持ち帰ることができるようにと考えた結果らしい。
しかしミニミニ人形たちって、なりは小さいがその強さはパペットたちと比較にならないほど強い。一般の探索者なら圧倒できるくらいの強さだしな。
「人形たちが倒されるのは、いずれもこの6人が集まった会合の直後だった。それまでは普通に諜報が出来ていたこと、そしてどこかに連絡を取っていることから、キーとなるのはその会合に同席している誰かということは絞り込めていたのだが、さすがに相手も用心しているようでな。一緒に姿を見せるようなへまはしなかった。離れる距離が短すぎると気づかれると言うことは2回目に倒されたことでわかっていたしな」
「んじゃ、どうしたんだ?」
「国会議員が入った店に出入りした奴らを丸一日チェックしただけだ。前回でおおよその見当はついていたのだが、今回でその同席者については確定。そして後を着けてその本拠地が特定できたという訳だ」
いつの間にか探偵のようなことをしているな。いや、情報収集が目的なんだから似たようなことをするのは当たり前なのかもしれんが。しかし丸一日チェックするって、国会議員が入った店をずっと監視し続けて出入りした人物の顔を全て覚えたってことか?
俺には絶対に無理だな。人形なら記憶する自信はあるが、無数の人を覚えるってのはきつい。しかも期間が開いているって事はその間覚え続けておくってことだし。やっぱミニミニ人形達は優秀だな。
うんうん、と納得する俺に、少しだけ呆れの含んだ目をセナが向けているような気もするがきっと気のせいだ。
「じゃあ次はそのダンジョンの調査に入るって事で良いのか?」
「うーむ。それがその女が入っていったのは宗教施設らしいのだ。周辺を調査したところ、2年ほど前に設立されたようだな。その割に組織力も資本もかなりのもののようだが」
「宗教施設って事はダンジョンとは関係が……いや、2年ってまさか?」
「そうだ。私たちが出現した少し後に設立され、そこに出入りする女がミニミニ人形たちを圧倒できるほどの強さを持つこと。国会議員にまで手が伸びるほどの組織力を持ち、さらには資本も潤沢。これらのことから考えればこの宗教団体に何らかの形でダンジョンが関わっているという可能性は高いということだ」
セナが他にもいくつか可能性のある候補を挙げていくが、どれもピンと来ない。外国が日本への影響力を密かに高めるために設立させた組織とかいうとんでも説なんかもあったが、さすがに無理がある。まあそのくらいじゃないと説明がつかないって事の裏返しなんだけどな。
しかし宗教施設か。ダンジョン産のアイテムやスキルなんかを神の御業とか言えばだまされる奴もいるだろうし、それを求めるためには試練が必要とか言えばDPも稼げる。信者が増えればさらに安泰だろうし、うーん、色んなことを考える奴がいるもんだな。
少し感心していると、こほん、と言う咳払いが聞こえてきたので姿勢を正す。
「つまりこれからその宗教施設を調査してダンジョンを発見し、ミニミニゴーレムたちを倒された落とし前をつけるってことだな」
「調査はするが、落とし前は必要ない。どうせ生き返らせたのだし、透も特に怒っている訳ではないだろう。こちらへと影響が出る前に対処はするつもりだが、わざわざ必要以上の手間をかけることはないしな」
ふふっ、と悪い笑みを浮かべながらセナがそんなことを言う。絶対にろくでもないことを考えてやがるな。相手のダンジョンはご愁傷様だな。
確かに倒されたと言っても殺されたわけじゃねえし、そっちに関わって無駄に時間を取られるより、今はロボ人形に時間をかけたいから問題にならねえならそれで良いんだが。
あれっ、でもそれじゃあこれってあんまりダンジョンの将来に関わる問題じゃねえよな。いや、待てよ。そういえばセナは「1つ目は」って言ってなかったか?
そんな考えに及んだ俺の思考を読み取ったかのように、お茶をごくりと飲み干したセナが真剣な表情でこちらを見た。
「で、前置きはこの程度にして本題とも言える2つ目だ。新聞で知っているとは思うがウクライナ東部でくすぶっていた火種が再燃した。というより本格的な戦闘に入った。まあ前回は厳密に言えば戦争ではなかったし、今回も宣戦布告している訳ではないから内紛とも言えるのだが、まあ実情は戦争だな」
「……」
「ウクライナ軍と親ロ派の武装勢力とそれを援護するロシア軍という情勢は変わっていないが、どうやらダンジョンで鍛えた者たちが参加しているようでな、戦況は混沌としているようだ。数と質の戦いと言ったところだな」
セナの説明にうんうん、とわかったような顔でうなずいているがヤバイ。全く意味がわからん。というかウクライナとロシアが以前から争っていたということ自体が初耳だし。しかもそんな遠い場所の戦争がなんで俺たちのダンジョンにまで影響するのか全く予想が立たねえ。
たらりと額に汗が伝うの感じながら、それを隠すようにお茶を口に含む。
「ここで重要なのが、んっ?」
説明を続けようとしていたセナが言葉を止める。心臓がバクバク音を立てはじめ、隠しようがないほどの汗が浮かんでいくのを感じる。ここは素直にわからんと謝っちまったほうが良いような気がするな。よし。
「すま……」
「アスナだな。まだ時期が早いはずだが何かあったと言うことか。んっ、なぜ頭を下げてるんだ?」
「い、いや。なんでもねえよ。しかし何があったんだろうなー?」
セナの疑いの視線をひしひしと感じつつも、それに気づかないふりをして壁の画面に映ったアスナの姿を眺める。「まあいいか」と言う言葉と共に、セナがコアへと歩み去っていく姿を見送り、そして消えたところでほっ、と息を吐く。危ねえ、自爆するところだったぜ。
しかしアスナが前ここに来たのはつい3日前だ。こんな短いスパンで来ることなんて今まで無かったんだが、本当になんだろうな。そんな事を考えながら画面を眺めていると、やって来たセナに対してアスナは開口一番こう言った。
「私、結婚してしばらくハネムーンに行くから」




