第217話 完璧な型
ロボット人形作製のための部屋からコアルームへと戻った俺は、たまたまそこにいたライダースーツを着た猫耳の人形であるベルにお使いを頼んだ。まだ昼を少し過ぎたくらいだからダンジョン内に人がいるが、俺が作業を手伝ってもらいたい2人は現状でも抜けて問題ないはずだ。
一応「くれぐれも姿を見せないようにな」と注意をしておいたし、ベルも「わかっているわ」と言っていたから大丈夫だろう。まあ本当にベルの姿を見せたくないのは生産者の階層にいる革職人の凛にだけなんだけどな。
ベルは伝言を伝えた後、そのまま2階層の隠し部屋のマットのところへと行ってしまったようで戻ってこなかったが、ちゃんと連絡はついたようでしばらくしてコアルームへと2人がほぼ同時にやって来た。
「仕事中に悪いな、サン、先輩。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」
サンと先輩が俺の謝罪に揃って首を横に振る。そういえば2人と会うのも久しぶりだな。
基本的に人形達は任された持ち場を離れることはない。機械人形たちや情報部のショウちゃんたちのように特殊な役割を持っている人形たちとは定期的に顔を会わす機会があるんだが、外部の人間たちが入ってくるダンジョン部分で働く人形たちがコアルームにやってくることはまずない。
パペットなんかだと倒されるたびに<人形修復>しているから言い方を変えれば会っていると言えなくも無いんだが、基本的に2人に関しては現状倒される可能性はゼロに等しいから会う機会がないんだ。前に会ったのは<人形改造>した時ぐらいだもんな。
コアルームからロボット人形作製の部屋へと戻りつつ、2人に何をして欲しいか説明していく。話すことの出来ない2人は、コクコクと首を縦に振って応じてくれる。このダンジョンでも付き合いの長い2人だ。言葉は無くとも2人がちゃんと俺の言うことを理解してくれているとはっきりわかった。
そして部屋へと入り、2人へ色塗り前の試作1号機改と作製途中の試作2号機を見せる。
「で、現状としてはこんな感じで俺が1人で造っていたんだが、時間がかかりすぎちまうんだ。それを解決するために先輩に体の砂を操作してもらって精密な型の代わりをして欲しいんだよ。先輩なら精密な操作も、内部に圧をかけるのも思いのままだろ。出来そうか?」
俺の説明に、じっと試作機を見ていた先輩が腕組みをしたままゆっくりと首を縦に振る。特に気負った風も無く、自然体で応じたその姿からは自信しか感じられなかった。
おし、これで何とか時間の短縮の目処が立ちそうだ。
俺が求める理想の型、それは骨格の位置をしっかり調整でき、その上精密な整形が可能、更に高圧にも耐えられる強度を持つ、そんな型だ。満足のいくロボット人形を造り出すにはどれも必須のものだが、そんな型を自分で造りだせるはずがなかった。
考えをまとめて、改めてその困難さにこりゃ無理だろと苦笑してしまったその時、ふと気づいたのだ。あれっ、先輩って同じようなことをしてるんじゃねえかって。
先輩はおそらく俺達のダンジョンで最も強い存在だ。度重なる<人形改造>によって強化されているってこともあるんだが、先輩の強さはそれだけじゃない。その戦い方自体が特殊なのだ。
もちろん先輩の他にも、クレーンの騎士であるユウや、フィールド階層の取りまとめ役のアリスのように強い仲間はたくさんいる。だが、その強さはその能力差によるところが大きい。いわゆる力任せってやつだな。
だが先輩は違う。もちろん力任せに戦ったとしても先輩ならば余裕で勝てるだろう。しかし先輩はそれをしない。その体を構成する砂を縦横無尽に操り、津波のように前衛を飲み込んでみたり、気づかれないほど細く体を伸ばして後方からの奇襲してみたり、中央付近から爆発したかのように砂の槍を飛ばしてみたりと様々な攻撃をするのだ。
こんなに多彩な戦い方をするのは先輩以外にはいない。地力があり、その上戦い方のバリエーションも豊富となれば、鬼に金棒だ。このまま自衛隊の奴らや警官たちが強くなっていったとしても、先輩を倒す日が来るのははるか先のことだろう。もしかしたらそんな日は来ないかもしれねえと思っちまうくらいだしな。
なぜ先輩だけそんな風になったかと言えば、たぶん……暇だったからだ。先輩が担当しているのは『闘者の遊技場』の最終ボスの役目だが、現状ではその手前のユウが挑戦者たちを完全にシャットアウトしちまっている。つまり戦う機会がないのだ。
そんな暇な時間を先輩は無駄にはしなかった。挑戦者たちを観察し、その戦い方をイメージしながら対応策を独自で練っていったのだ。たまに他のサンドゴーレムに紛れてその効果を確かめたりしながら。
暇な時間を無駄にせず、自らの成長に当てようって考えるところがさすが先輩だよな。同じ『闘者の遊技場』にいる誰かみたいに、特別に設置してやった鏡の前で弓を引く自分の姿に見惚れて時間を潰すなんて事はねえんだ。いや、まあ別に自由時間くらい何をしても良いんだけどよ。
それはともあれ、そういった経緯もあり先輩は精密な砂の操作ができ、更には内部に取り込んだものへ圧をかける事もしている。俺が求める理想の型と同じ事を先輩は既にしていることに気づいたのだ。
型にはめるという訳ではないため、出来ないと言う可能性ももちろんあったが、それもクリアされた今、展望はかなり明るくなったと言えるはずだ。思わず顔が緩んじまうな。
おっとまだ終わったわけじゃなかった。俺は顔を引き締め、残るもう1人、サンへと顔を向ける。アリス風のドレスを着たサンは太陽のようなオレンジの瞳でじっとこちらを眺めていた。
「サンは先輩が造った型を俺と一緒に仕上げてくれ。まあ俺のサポート役だな」
俺の言葉にサンが腕を突き上げながらニコリと笑みを浮かべて返してくる。よし、この調子なら大丈夫そうだな。
実のところ、サンがこのロボット人形の作製に必要かどうかと言われれば、必要ではないってのが正直なところだ。先輩の型の出来次第のところもあるんだが、仕上げは俺自身の手でするつもりだし、サポートがなかったとしても何とかなる範囲だと思う。
それなのにわざわざサンを呼んだのは、最近ちょっとサンが落ち込んでいるように思えたからだ。
サンの仕事はお茶会の会場の統率と治安維持だ。最初の頃は人数が少なかったため自らウエイトレスもしていたのだが、お茶会の会場で働く人形たちが増えるにしたがってそういう役目に自然と変わっていった。
とは言えお茶会の会場に来るのは各国の軍隊であり、問題が起きるようなことはあまりなかった。だから皆が働く姿を眺めながら、仕事がスムーズにいっているかを見守るホール長のような感じだったんだ。
状況が変わったのはコーカスレースが出来てからだ。
コーカスレースに出るのはお茶会の会場で働く人形たちの中で暇な人形たちという仕様だ。それを理解された場合、サンや青虫と鳩のコンビといった強敵がレースに出場しないように出場する人形を募集するタイミングを見計らって仕事をさせようとするだろうというのは想定の範囲内だった。実際そうだったしな。
想定の範囲外だったのは、サンに仕事をさせるために自衛隊の奴らや警官たちが他の人形にちょっかいを出し始めたことだ。
お茶会の会場に1年以上通いつめていることもあって、奴らはサンの仕事について十分すぎるほど知っていた。実際チェシャ猫を触ってサンにぶっ飛ばされた奴もいるから当たり前かもしれんが。
ちょっかいといっても、そう大した事じゃないんだけどな。長い時間話し続けて対応させたり、ちょっと触ってみたりとかそんな感じだ。まあ奴らも仕事でやっているのであって、変な気がある訳じゃない。本気で嬉しそうにしている奴ももちろんいるんだが、それでも節度ある対応をしているし、人形の扱い的には一番丁寧だから問題はないしな。
その効果はてきめんで、サンがコーカスレースに出場することはなくなった。別にサン自身、コーカスレースに出たいという欲求がある訳じゃなさそうだし、それは別に良いんだが俺が気になったのはだんだんとサンの表情が曇っていったことだった。
サンは明るくて素直で頑張り屋だ。お茶会の会場で、他の人形たちが楽しそうに働いている姿を見るのが好きで、人形たちを守ってやってくれという俺のお願いを聞き、ずっと働いてきてくれた。
だが現状では、サンがいることによって逆にお茶会の会場の治安は乱れてしまうようになってしまった。それはもちろんサンに責任があることではない。しかしサンの性格から言って、それを気にしない訳がない。
治安を守るべき自分のせいで、治安が乱れてしまう。そんな風に悩んでいるんだろうことが俺には良くわかった。どうにかしたいとは思っていたんだが、何も無く仕事をやめさせるとなるとサンが落ち込んでしまう。だから今回が良い機会だったんだ。
「んじゃ、とりあえず1回試しでやってみて、うまくいきそうなら資料を読み込むって感じで進めよう」
俺の言葉に先輩が動き出し、試作1号機を自らの体で包んでいく。おそらく正確な形状を記憶しようとしてくれているんだろう。さすがに先輩でも見ただけじゃあ無理ってことだろう。
一方で俺とサンは、ロボット人形の素材置き場へと向かう。そこにあるのはスミスとプロンによって既に組み立てられている金属骨格とそれを覆うための粘土だ。
「じゃあまずはこの金属骨格を運ぶか。結構重いから、せーので……」
一緒に持ち上げて台車に乗せようぜ、と言おうと思ったんだが、かなりの重量があるはずの金属骨格を軽々と持ち上げているサンの姿に言葉を止める。どうしたの? とばかりに首を傾げながらこちらを見るサンに何でもないと伝えながら、ちょっとだけ金属骨格に手を添え、そして形を変形させて試行錯誤している先輩の下へと向かう。
うん、やっぱサポートって大事だよな。
そんなこんながありながら作製された試作3号機は、改良の余地はまだまだあったものの、その出来上がりの速度、姿ともに十分に満足のいく結果だった。後は資料を読み込んで理解を深めていけばさらに完成度は高まるはずだ。
黙々と資料を読み続ける先輩と、パワードスーツ型のロボットに興味津々のサンと一緒に資料を再び読み込みながら、俺はそんなことを考えていた。
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