第22話 報告を受ける者たち
天井の高い開放感のあるガラス張りのエントランスが夕日で赤く照らされる中を4人の男たちが歩いていた。警務官が立哨する静かな空間に4人の足音が響いていく。視線の先にはガラス越しに中庭の竹が風に吹かれてそよそよとその葉を揺らしていた。
和を感じさせる美しいその姿にも言葉を発することなく、引き締まった顔のままエレベーターに乗り込んだ4人は5階で降りると案内の警務官に従って1つの部屋へと入っていった。そしてテレビなどで見慣れた赤の波型の絨毯が特徴的で周囲の壁にコの字型にソファーの並べられた部屋を通り抜け、その奥の扉へと向かった。
「よく来てくれた」
部屋の中央に位置する円形のテーブルの1席に座っていた男が立ち上がり4人を迎える。その男に合わせるようにテーブルに座っていた他の面々も立ち上がった。
「こちらから無理をお願いしたのにも関わらず、お待たせして申し訳ありません。総理」
「気にすることはない。国民の安全な生活が脅かされる可能性が高いというのだ。その情報が手に入るのならばいくらでも待つさ」
幾多の経験が刻んできた眉間のしわを残したまま男がシニカルに笑う。この男こそ内閣総理大臣 岸 大輔だった。
岸は4人のうちの1人、警察庁長官 増田 武志に近づき握手を交わすと彼を普段は閣僚しか座ることのない閣議室の円形テーブルの1席へと案内した。そして岸が自分の席へと戻り椅子に座ると同時に他の面々も椅子へと着席していく。そのいずれもがこの国の重要なポストを担う大臣たちだった。
「それで本当なのかね。堅物で内外に知られる君が言うのだから冗談ではないとわかっているのだがにわかには信じがたくてね」
「はい、間違いありません。ダンジョンは存在します」
増田と同行していた3人がその背後に並んだのを確認した岸がさっそく本題を切り出す。その瞳はどこか探るようなものだった。その他の閣僚からも同様の視線が増田へと集中する中、その巌のごとき体躯を微動だにさせずに増田はダンジョンの存在を断言した。
感嘆とも言えなくもない声が周囲から上がる。
4人が来る前に資料が配られ、今回の報告の大まかな経緯などについてはその場にいる皆が知っていた。しかしその内容は荒唐無稽なものでにわかには信じがたかったのだ。しかし増田の態度はそんな疑問を一蹴するに余りあるほど堂々としたものだった。
「詳細を説明してくれるかね」
「はい。説明はダンジョン発見の最初期から関わり、現在対策班をまとめている神谷からさせてもらいます」
増田の紹介に後ろに控えていた人物の1人、切れ長の目にメガネをかけた中年の男が一歩前へと出て礼をした。それは2番目に入ってきた5人の警官たちの中で透にメガネと呼ばれていた取りまとめ役の男だった。
「紹介に預かりました神谷と申します。階級は警視正です。ダンジョンに関しては発見の報告が2名の警官によってされ、その後すぐに自ら確認に向かいました。言葉を重ねさせていただきますがダンジョンは確実に存在します。それでは、経緯とこれまでに判明したことなどを説明させていただきます」
神谷が原稿など全く見もせずにすらすらと発見から現状までのことの経緯、ダンジョンで行った行動によって判明したその特性、そしてその異常さと危険性を話していく。立て板に水を流すようなその説明を誰もが言葉すら発せずに聞き入っていた。
「説明は以上になります。最後になりますが映像を用意してありますのでご覧ください」
神谷の言葉と共に用意されていた映像が流れ始める。ぽっかりと地面に空いた穴の中へと入っていく場面から始まり、動く人形と戦う警官の姿や倒された人形が光の粒子となって消え失せる様子にどよめきが起こる。そして最後に不可思議に光る球を取り、画面が暗くなったところでその映像は終了した。
「……」
しばしの間、沈黙がその場を支配する。各大臣たちは他の者の様子を窺うように視線をさまよわせ、そして最後に岸へと視線を向けた。岸はそんな大臣たちの視線を受けながら、考えをまとめるように目を閉じて眉間にしわを寄せていた。そして顔を上げるとゆっくりとその目を開いた。
「猶予はどの程度あるのかね?」
先ほどまでよりも一段低くなったその声に場が引き締まる。その睨みつけるような鋭い視線にさらされながら神谷は首を横に振った。
「わかりません。最初に突入した警官たちの話では時間は無いという事を言われたそうです。おそらく間もなく、もしかすると既にどこかに同じようなダンジョンが出来ている可能性があります」
「それは本当か!」
「落ち着きなさい。防衛大臣のあなたが取り乱してどうするんですか?」
「くっ……すまん」
椅子を蹴るようにして立ち上がった防衛大臣が隣に座っていた女性の大臣にたしなめられ再び席へとつく。ざわついた雰囲気の中、再び岸が口を開いた。
「本当に他に現れるのか確証がないから一般に広めることは出来ないが備えはしておきたい。まずは通報が入りそうな警察、消防、自治体へ大臣名で通知を行ってくれ。ダンジョンという理由は伏せた上で不自然な穴があった時はそこを封鎖して住民が入らないようにしたうえで報告するようにと」
「「「わかりました」」」
「発見後即座に動くことが出来るように自衛隊第一師団の練馬、立川、朝霧駐屯地からその初心者ダンジョンへ人員を派遣したいのですが?」
「そうですね。自衛隊が動いているとなると騒動になりそうですので警官に偽装するなどして対応してください。その辺りの調整は任せます」
「「はい」」
次々と指示が飛び、そして皆が動き出していった。ダンジョンという未曽有の災害になるかもしれない存在へと対応するために。
会議が終わり首相官邸を後にした神谷は車の助手席で今後のことに考えを巡らせていた。ダンジョンの存在が明るみに出れば大きな混乱が起こることは確実だ。しかし混乱だけであればまだ良い。
神谷が危惧しているのはもっと先の未来。ダンジョンという不可思議な存在によってレベルアップ、もしくは特殊な力をつけた者が増えれば普通の警官では取り押さえることなど出来なくなる。そうなってしまえば治安は悪化し人心は荒廃する。最悪の未来だ。
「それを防ぐためにも我々が先を歩かなくては」
そんな決意を秘める神谷の隣で、会議に同行したものの一言も話すことなく後ろで胃痛をこらえているだけだったジジイこと加藤は
「儂が行く必要があったのかのぅ」
そんなことを呟きながらプレッシャーによってやつれ青くなった顔で車の運転を続けるのだった。
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