第215話 機械人形たちの密談
炉の熱を帯びた明るい光が照らすその工房では、2つの人影が昼夜問わずせわしなく動いていた。赤い髪にゴーグルを乗せ、こげ茶のオーバーオールを着た勝気そうな少年と、それと同じような格好をしているが目が隠れるくらいのサラサラの髪をした優しげな少年が楽しげに話しながら金属を加工し続けているのだ。
その若々しい姿からは想像できないほど2人の動きは熟達した手並みであり、ただ者ではないことをうかがわせた。
そんな工房の扉が開かれ、そして1人の少女が入ってくる。ブラウンの髪をしたおっとりとした目つきの少女だったが、その口は真っ直ぐに結ばれており、着ている白衣も少女の不満をあらわにするかのようにはためいていた。
「スミス、プロン。話があります。ククの部屋に集合です」
「我々はマスターに任された仕事を……」
「その仕事についての話です。もし来ないのであれば、あなたたちがしたことをマスターにお伝えしますが、良いのですか?」
少女の姿をした調薬士型機械人形のファムの言葉に、武器職人型機械人形のスミスと防具職人型機械人形のプロンが顔を見合わせ小さくうなずき合う。分野は違うものの同じ機械人形であり、そして生み出されてから交流を続けてきたのだ。ファムの言葉が本気であるかどうかなど2人には簡単にわかった。今回の場合はもちろん本気だ。
2人は即座に行動を開始し作業を切りの良いところまで終わらせると、ファムの後に続いて同じ生産系の料理人型機械人形であるククの部屋へと向かったのだった。
料理人型機械人形であるククの部屋は広い調理場になっている。フィールド階層にやってくる人数が増えたことで、お茶会の会場の食事する人数も増えた。それに対応するために部屋が拡張され、現在では機械人形たちの中で最も広い部屋になっていたのだ。
その入り口付近には出来上がった料理を並べるためのテーブルが並んでおり、その一角ににスミス、プロン、ファム、ククという4人の生産系機械人形たちが座り無言のまま相対していた。
4人の間にピリピリとした緊張感のある空気が流れる。いや、正確に言えばその発生源はスミスとファムであり、プロンは少し心配そうに、そしてククはあらあらと仕方なさそうに2人の様子を眺めていた。
そんな気まずい沈黙を破ったのは、やはりここへと2人を連れてきたファムだった。
「マスターとの共同作業の機会の分配を要求します」
「今回の作業には金属加工が必須となります。それに適任であるのは武器職人や防具職人である我々であり、調薬士であるファムは適さないと考えます」
ファムの要求を、スミスが即座に否定する。2人がにらみ合い、その緊張感が高まっていく。不安そうに首を2人の間で行き来させていたプロンが、隣に座っていたククへと声をかける。
「ククお姉ちゃんはいいの?」
「私はマスターたちに料理を作って、おいしいと言われるだけで幸せだから。でもファム姉さんは……」
「そっか。ファムお姉ちゃんがマスターたちに直接会うことってあまりないから」
ククの言葉の途中で、プロンはファムがなぜこのようなことを言い出したのかを理解した。それは透と巨大ロボ人形を共同制作するにあたって、自分たちがわざと遠回りするような提案をしたことと動機が全く同じだと気づいたからだ。
ダンジョンマスターである透と一緒に何かを造りたい、少しでも多くの時間を。
ただ単にそれだけの、しかしとても強い動機だった。
ククの料理を除いて、他の3人の機械人形たちが作成しているのは基本的にダンジョンの宝箱から出る武器、防具、そしてポーションなどの薬品だ。それらはダンジョンへと人々を呼び込む大切な餌となっている。
初心者ダンジョンが大幅な黒字を維持できているのは、<人形修復>によって倒されたモンスターたちを少ないDPで復活できるからと言う面もあるが、3人の働きによってそれらの餌にかかるはずだったDPをほとんど使わなくても良いことも大きな理由の1つと言える。
それを依頼した透やセナが3人の働きに満足し、感謝していることを3人は知っていた。特に透については、同じ生産者と言う立場から色々と考えてくれており、不足しているものは無いか、資料などが必要か、など3人が快適に生産できるように気を使ってくれたし、出来上がったものを持っていけば必ず褒めてくれた。それが3人にとって大きなやりがいになっていたのだ。
そんな3人ではあるが、透に不満が無いという訳ではない。とは言えそれは悪い感情からのものではなく、透が同じ生産者である3人の邪魔にならないようにと滅多に工房へとやってこない事に関してだった。
たまに来た時にとても楽しげに、そして興味深そうに作業を見ていることからも透自身が来るのを嫌がっている訳ではなく、自分たちに気を使ってそうしているのだと3人もわかっている。自分たちの事を思って配慮してくれているというその気持ちはありがたいが、それはある意味では一緒に過ごす時間が少なくなってしまうことを意味しているのだ。
ダンジョンのモンスターたちにとってマスターや使い魔の言葉は絶対だ。それが例えどんなに理不尽なことであっても完全に拒否するということは出来ない。高DPのモンスターの中には自意識を持っている者も多いがそれは同様なのだ。
機械人形たちも最初から自意識を持っていた。しかしそれは個性と呼べるほど特徴を持ったものではなく、機械的なプログラムに近いものだった。上位者の命令に粛々と従う、ただそれだけのための。
それ以上の、ましてや感情を持つことなど普通はありえないのだ。
ただ4人の場合は違った。召喚されてすぐに姿を変えて良いかと聞かれた時はそれをする意味もわからず了承したが、頭を悩ませながら真剣な表情で自分たちの姿を造りあげていく透の姿を見るうちに、温かなものが体中に広がっていくのを彼らは感じた。それは言葉には表すことは出来ないもので、とても気持ち良く、なにより安心するものだった。
そしてスミスたちは変わった。透に<人形改造>されて名づけられたその瞬間、ただのダンジョンのモンスターではなく、スミス、ファム、クク、プロンという存在へと生まれ変わったのだ。
そして生まれ変わった彼らが抱いたのは、<人形改造>によって生まれ変わらせてくれた透への親愛。より正確に言うのであれば、子供が親へと抱くような感情だった。
一緒にいたい、喜ぶ顔が見たい、褒めてほしい。そんな純粋な想い。
だからこそ彼らは頼まれたことを完璧にこなし、その要望以上の仕事が出来るように日々研究に明け暮れたのだ。
そんな状況で降って湧いたのが今回の巨大ロボ人形の作製だった。一緒に過ごすことができ、その上共同でモノを造りあげることが出来る。
協力を依頼されたスミスとプロンにとっては正に天国のような状況であった。最初から等身大のロボを造りあげることも可能だろうと判断出来たにもかかわらず、わざと小さなスケールから造ることを提案して、少しでも長い時間を過ごせるようにと考えるほどに。
だが、協力を依頼されなかったファムにとっては、スミスたちが楽しげに製作している姿を見ているしかないと言う状況は我慢出来るものではなかった。より正確に言うならば、我慢していたが遂に限界を迎えたのだ。
言い合いを続ける2人をハラハラと見ていたプロンの肩に、ククがポンと手を置いてやさしげに笑う。そしてククは笑顔のままで、厳しい顔をした2人へと向き直った。
「スミス兄さん、ファム姉さん。1つ提案があるのですが……」
きれいに骨だけになっているラムチョップの皿をククが静かに下げていく横で、透がセナに向けて熱弁をふるっていた。
「でな、巨大化するにあたって1つの問題だと思ってたんだけどよ。ファムのおかげで満足のいく塗装が出来そうなんだよ。やっぱ色は重要だからな」
「……」
セナが沈黙のまま面倒そうな空気を醸し出していたが、上機嫌の透には通じなかった。そのまま話を続けようとし、その前にククがいることに気づいた透が笑顔を向ける。
「今日も美味かったぞ。ありがとな、クク」
「どういたしまして」
「しかし、ククと言いスミスやファムといい、みんな本当に優秀だよな」
「トップがちょっと足りない方が部下が育つという典型だな」
「うっ、完全には否定出来ねえ」
反論しようとしたが、自分の中で納得できる部分もあったために透が言葉につまる。それをニヤニヤとした顔でセナが眺め、悔しそうな顔をした透が言い返すが見事に撃沈される。
そんないつものやりとりを眺めながらククはにっこりと笑みを浮かべて、自分の仕事の続きへと取りかかるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。




