第212話 もう1つの勢力
熱心に祈りを捧げる者たちを横目に1人の男が通路を抜け、そして2人の屈強な男に警備された扉を開けてその先にあった階段を降りていく。そしてたどり着いたのは、3メートル四方ほどの薄暗い小部屋だった。その中心には円卓が置かれ、そして既に3人が座っていた。
「ああ、すまない。私が最後だったようだね」
予定の時間より早かったが、一言謝りの言葉を告げて男が席に着く。そして席が全て埋まったところで、丸めがねにスーツ姿の生真面目そうな女が口を開く。
「では、定刻よりも早いですが全員が集まったので始めさせていただきます。まず信者の増加数についてですが、2,526名が新たに仲間入りしています。多少鈍化はしていますが想定の範囲内です。勧誘等の状況については、内藤さん」
女の視線を受けた内藤と呼ばれた、少し小太りの人の良さそうな神父服の男が笑みを浮かべながら首を縦に振る。
「そうですな。周辺の開発に合わせる形で勧誘を行っておりますので想定どおりと言えます。被害者が多かった分、信者になる可能性のある者も少なくありませんしな。機を見て勧誘出来るように現在は交流会などを通じて繋がりを太くすることに注力させています」
「つまりはまだまだお金が必要と言うことですね」
「いやはや。そこまではっきりと言われると辛いですな」
ぴしゃりと自分のつるつるの頭を叩きながら笑い、内藤が女の視線を受け流す。一見穏やかそうに見える内藤だったが、その目にはどこかほの暗く冷たいものが含まれていた。
そんな内藤が女から最後にこの部屋へとやってきた白髪の初老の男へと視線を向ける。それに気づいたその男はふぅ、と小さく息を吐き、体をかがめて持ってきた鞄から1束の書類を取り出した。
「既に先方との契約は取り交わしてきた。試供品の効果に大層喜んでおられたよ。おかげで話はすんなり進んだし、満足のいく内容になった。ああ、一応日本語訳はこっちだ。信用できないのであれば誰かに翻訳してもらっても構わんよ」
「いえいえ、仲間を疑うなどとんでもない。しかし毎月2億円ですか。あるところにはあるもんですなぁ、佐々木さん」
「何が言いたい?」
「いいえ、特に何でもありませんよ」
先に置かれた英語の契約書には目もくれず、目の前に差し出された日本語訳の該当のページを見つけた内藤がニンマリと笑みを浮かべる。そしてそのまま佐々木へと目を向け、その視線を受けた佐々木が不機嫌そうにふんっ、と鼻を鳴らした。内藤が何を言わんとしているかわからないほど佐々木は鈍くはなかった。
佐々木はいわゆるエージェントであった。その知識と経験の豊富さ、そして縁故を利用して優良な顧客となるターゲットとの接触を図ること。それが佐々木が依頼された仕事だ。依頼であるから当然報酬が発生する訳であり、今回の取引だけに限っても佐々木が将来的に得る利益は莫大なものになっていた。それを内藤に暗に揶揄されたのだ。
実際、内藤自身も人並み以上の報酬を得ている。しかしその欲が尽きることは無かった。だからこそ開発を進め、信者を増やすことに腐心し、自ら得ることのできる利益を増やそうとしているのだ。そこに信心などといった感情は全くなかった。
様々な役割を分担している4人ではあるが、佐々木が収入を、内藤が支出を主に取り扱っている。その2人の仲の悪さをこの場にいる者は十分に知っていた。しかしそれを止めようとする者はいない。
冷めた目で2人を見つめる女の隣に座っていた、鋭い目をした神父服を着た男が持っていた本に挟んでいた紙を抜きだしそれを佐々木の前へと滑らせる。
「次の候補者だ」
「アラブか。さすがに直接の伝手はないから時間がかかるし、成功する保証は無いが良いのか? もっと可能性の高いターゲットに心当たりもあるが?」
「問題ない。星が教えてくれたものだ」
「そうか。あなたがそう言うのであれば成功するのだろうな」
提案にも全くぶれることなくそう言い切ったその男の言葉に、あっさりと佐々木は納得し、そして目の前の紙を丁寧に鞄へとしまう。
昔の仕事の関係で海外の企業や政治家などと縁を築く機会を得て、そしてそれを腐らせることなく繋いできた佐々木ではあったが、その縁は欧米、そして東南アジアが中心となっていた。アラブ首長国連邦のある中東に知り合いがいないという訳ではないが、その規模は比べるべくも無いほど少ないものだった。
あえて佐々木が切り捨ててきた地域なのだから当たり前だ。
顔を会わせるというだけであれば、ある程度の地位にいる人物であっても何がしかの方法で作ることは出来る。しかし縁を繋ぐことは簡単ではないし、それを維持し続けるというのはもっと難しい。縁を維持するのにはそれなりの労力が必要であり、そして何より金がかかる。そのことを佐々木は経験として十分知っていた。だからこそ今までは地域を絞って縁を繋いできたのだから。
過去の佐々木が、もし今回の依頼をされたのであれば即座に断ったであろう。まあ知り合いの中東に縁故の深い者を紹介くらいはするかもしれないが、それ以上関わろうとはしなかったはずだ。それが最も合理的だからだ。
しかし今回佐々木はその判断をせず、自ら動くことを決めた。売り込む商品が他に類を見ないほど魅力的であるといった理由も大きい。つい2,3年前であれば物語や伝説、もしくは馬鹿馬鹿しい詐欺にしか登場しないものなのだ。それが現実としてあり、そしてそれを独占して販売しているのだから当たり前だ。
だが、そういった理由を抑えて佐々木が即座に了承したのは、鋭い目をした神父服の男の言葉だったからだ。今までその男が提示した交渉先は今回ほどではないとは言え接触すらなかなかに難しく、交渉となれば困難であろうという者ばかりだった。しかし佐々木はこれまで全ての者との交渉に成功し、契約を交わした。それはまるで何かに導かれた結果かのようだった。
そういった経緯もあり神や迷信を信じない佐々木ではあったが、この男の言葉には何かしらの力があるのではないか。今ではそう思うほどになっていた。幾多の人々を見てきた佐々木の目から見てもその男は異質という他無かったのもそれを助長したのかもしれない。
「次に議員の先生方から、今後の方針についての意見交換を行いたいとの要望が入っています。こちらはいつもどおり私で対応させていただく予定です」
「それはどうぞご随意に。しかし柊さん。仲間とは言えやはり議員になられたからには、ご寄附の方を打診されてはどうですかな。我々の助力があったからこそ彼らも……」
「現状でも収入は足りているはずです。それにこういった交渉などは私の担当です」
内藤の言葉を最後まで聞かず、柊がぴしゃりとその提案を却下した。柊の冷え冷えとした視線にさらされながらも、内藤は余裕の表情のまま言葉を続けようとした。
「しかし……」
「内藤。お前の働きには満足している。これほど短期間に信者を増やす手腕はすばらしいが、分をわきまえるということを覚えた方が良いな」
「……」
その言葉に内藤が固まる。鋭い瞳の神父服の男から放たれる心臓を掴まれる様な圧迫感に瞬き1つすることが出来なくなっていた。脂汗がだらだらと頬を伝い、そしてそれがぽつりと机の上へと落ちる。
「……申し訳ありません。天野様」
なんとかそれだけ内藤が搾り出し、そして天野の視線は外された。荒い息を内藤がなんとか整える。
そして話し合いは続き、1時間ほどでそれは終わった。
3人がそれぞれの役割に散っていった後、天野は1人、部屋の奥に隠されたボタンを押して現れた階段を降りていった。そしてたどり着いたその部屋の中央に輝く球体へと手を触れ、小さく笑みを浮かべる。
「ああ、着々と近づいていく。正しい世界への道が、星の導きによって」
次第に狂気じみた笑みへと天野の顔は変わっていったが、それを知る者はどこにもいなかった。
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