第211話 情報収集の成果
人形造りの合間なんかにちょくちょくと確認していたんだが、手術は結果的に言えば成功したようだ。昼夜連続で2日がかりだったし、復活した回数も4回って事がその手術の難しさを表していたな。
と言うか夜まで手術をするとは思わなかった。まあ氾濫対応のチュートリアル階層にはモンスターなんかを出現させる必要はねえから、こちらとしては問題はないんだけどな。
手術を失敗しても患者の体力は元通りになるわけだし、医者はそれこそ何人もいたからこそ出来たんだろう。
で、その患者なんだが、術後しばらくしてから一度ダンジョン外に出たかと思ったら即戻ってきて、今は手術をした建物の1室で入院している。
なんで一旦外に出る必要があるのかとも思ったんだが、少し考えて思い至った。あれだけ失敗するような難しい手術だったんだ。もしかしたら成功したのは奇跡のようなものだったのかもしれない。一度出ることでその状態を保持したいって思惑だろう。
でも、もし実は手術で見えない落ち度のようなものがあったら取り返しがつかないような気もするんだが……まあそこは医者ではない俺が考えることじゃねえか。
手術が成功して1週間経過したが、術後の経過は順調らしい。既に自力で歩ける程度には回復しているみたいだしな。顔色はまだまだ悪かったが、杖をつきながら普通に廊下を歩いていたし。
普通ならありえないほどの回復具合だと思うんだが、ポーションとかを使えば手術の傷の回復も出来るだろうし、悪い部分さえ摘出できちまえばその後は結構なんとかなるのかもしれん。
ポーションの需要がまた増えそうだな。ファムが作ってくれるおかげで格安で結構な量が手に入るし、俺たちとしてはありがたい話だ。
そういえば手術の2日後、20代かと思うほど若々しい美人の奥さんと、中学生くらいの坊主頭の少年が見舞いにやって来て、涙ぐみながら帰っていった姿にはちょっとぐっと来るものがあった。事情はわかんねえけど、たぶん色々あったんだろう。
こういう姿を見ると、手術で死んだ場合でも生き返らせることができて良かったと思う。
別の面で言えば、深夜でダンジョン内に他に誰もいない状態で正確に把握できた手術中のDPの増加具合からして、俺達にとってもかなりメリットがある。しかもボタンをポチっとするだけで入って来るし。まあ初めてだし、人が多かったからってのもあるけどな。
今回の手術が成功したことで、明日には新しい患者の手術の予定もあるらしいし、このまま順調に行ってくれることを祈ろう。どっちにしろ継続するかの判断は俺達がする訳じゃねえしな。
一方でちょっと考えなくちゃならない問題も発生している。俺達のダンジョンの根幹に関わることだし、当たり前だが。と言うか今現在、絶賛改装中だしな。
「よし、2階層の罠の確認部屋の新規設置が終わったから確認しておいてくれ」
「了解。しかしまた増えたのか」
「仕方あるまい。情報は日々更新されるのだからな」
セナから手渡されたリストを見ながら新規設置された罠の部屋と比較し、漏れなどがないかを確認していく。今日増えたのは3つの部屋。回転床、油床、移動床、って全部床だな。
回転床はスイッチを踏むと1メートルの円形の床がまあまあな速さで回転する罠で、油床は名前のまんまで床に油がまかれていて滑りやすくなっている。移動床はスイッチを踏むと空港とかにある動く歩道みたいに床が動き出す罠だ。
「なあセナ。これを設置した他のダンジョンマスターって何を考えていたんだろうな?」
「状況によっては使いようがないわけではないぞ。他の罠と併用したりとかな」
「逆に言えば単体では意味がねえって事じゃねえか?」
俺のツッコミにニヤリとした笑みを返してそれ以上は何も言わず、セナはフィールド階層の改造に集中し始めた。うん、やっぱそういうことだよな。
外に出したミニミニ人形たちのおかげで他のダンジョンの現状が入ってくるようになった。そしてわかったのが、結構俺達のチュートリアルに穴があるって事だった。特に多かったのは現在確認している罠についてだ。
ダンジョンに設置できる罠については膨大な種類がある。もちろん設置にかかるDPはその危険度や有用性によって様々だ。使い捨てと再利用可能な罠っていう分けもあるしな。
チュートリアルダンジョンとしては全ての罠について確認できるようにするってのが最も正しい姿だとはわかっているが、それをしようとすると膨大なDPが必要になる。という訳で、ある程度使われる可能性が高いであろう罠を設置していた訳だ。
実際それはほとんど正解ではあったんだが、やっぱ例外はあった。今日設置した3つの罠みたいにな。
実際のところ、チュートリアルダンジョンに無い罠が他のダンジョンにあったとしても大きな問題にはならない。と言うか今までそうだったんだし当たり前だ。
報告を受けたとしても設置しないっていう選択肢ももちろんあったが、せっかくミニミニ人形たちが危険を冒して調べてくれたのを全く無視するってのも可哀想だ。それに自衛隊や警官たちが新規にチュートリアルを受けることで2階層の拡張も行われていることもあり、既存の罠の配置換えなどもしつつ徐々に増やしている訳だ。
うーん、しかし今回増やす罠を設置した奴は何がしたかったんだろうな。名前の印象だけで言えば確かに有用に見えなくも無いが。
回転床は確かにけっこうな速さで回転する。だが範囲は直径で1メートルしかない。巻き込めたとしても1人か2人くらいになるだろうし、なにより回転を始めてから徐々にスピードが増していく感じだから余裕で逃げられる。
移動床も同じような感じだから、もし罠にかかったとしても取り返しは簡単につくし、油床に関しては、そもそも最初から油が床に撒かれているだけだ。スイッチを踏んだら一面に広がるとかだったらまだしも、見た目ですぐに発見が可能なんだよな。しかもモンスターも普通に滑るし。
確かに他の罠やモンスターと連携をさせればそれなりに危険な罠になるかもしれない。モンスターに襲われている最中に足元が不安定ってのはかなり不利だろう。でも同じDPで直接的に危険な罠を設置できるんだよな。
……まあ良いか。見本として展示するだけなんだしな。
ミニミニ人形たちのおかげで、他のダンジョンの姿がわかり俺達のチュートリアルとしての価値は上がっていっている。どんな罠があるのか、どんなモンスターが出てくるのか、どんなフィールドがあるのか。そういったダンジョンの状況だけじゃなく、どんな感じで攻略されているのかなど両面からの情報が得られるのは結構大きい。
と言うか本気で攻略にかかった自衛隊の戦法がえげつない。確かに階層に人を残せばダンジョンマスターはその階層の改変が出来なくなるから有効な手段ではあるんだが、やられた方はたまったもんじゃねえだろう。待機している自衛隊員から多少はDPが入ってくるとしても、確実に出て行くほうが大きくなっちまうだろうしな。
損害無くこつこつとモンスターを倒されるって結構きついしな。俺の場合は人形師だから<人形修復>することで、復活に必要なDPが通常の10分の1になっているおかげもあって余裕があるけど、もしそれがなかったら今でも結構カツカツだった可能性もある。そう言う意味でも人形師で良かったな。
確認と他の罠のチェックも済ませ、セナの手伝いをするべくフィールド階層を確認する。
「さて、どれから始めるかな」
そんなことを呟きながら、俺は短期間に5層から倍以上の12層にまで増えたフィールド階層を眺めた。
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