第209話 氾濫対応ではない使い方
遅れてすみませんでした
セナが造ったダンジョンからの氾濫に対応するためのチュートリアル階層は出現した当時から何も変えていない。まあ穴の周囲を囲むように防壁なんかが建築されたりしているが、俺達が手を加えたわけじゃねえしな。
ノーマルのパペット5千体だけが出てくる穴、それに加えて近距離、中距離、遠距離の攻撃手段を持った人形を加えた3つの穴。そしてその3つの人形たちが複合されて出てくる穴に、何が出てくるのかわからないランダムの穴の合計6つの氾濫のチュートリアルがだだっ広いフロアに点在している仕様だ。
穴の横の床に設置されたスイッチを踏むと氾濫が始まるのだが、現状として自衛隊や警官が抑えられているのはノーマルの穴のみだ。数が多いとはいえ出てくるのはこのダンジョンで最弱のパペットだけだし、抑えられて当然ともいえる。まあここは防壁なんかも造ってねえし、新人の研修に使っているせいでたまに崩壊したりするがな。
残りの5箇所については、ノーマルと違って防壁とかトラップとか色々と造られているが、出現してから2か月以上経った今でも防衛に成功したことは1度も無い。研究され、改良された結果、壊滅するまでの時間が延びたりはしているから意味がない訳じゃねえんだが、結局のところその防壁やトラップとかが脆すぎるんだよな。
一応現状では最大で10万DPまでの人形しか出していないんだが、その攻撃は近距離であれ遠距離であれ、いとも簡単に防壁を貫いちまうしな。ダンジョン産の素材で造られていたらそんなことは無いんだろうが、現状は普通の建材で造られている様なので、たぶんそのせいだろう。
10万DPと言えば改造前のユウと同程度の強さだし、自衛隊とか警察の精鋭メンバーを集中させれば現状のままでも攻略することは出来なくはないはずだが、奴らはそれをしてこなかった。疑問に思ってセナに聞いてみたんだが、セナはタブレットから目も離さず一言
「意味がないからな」
とだけ答えた。一瞬意味がわからなかったが、確かに考えてみればその通りだった。ユウに挑んだ奴らは本当の意味で精鋭だ。警察や自衛隊の中でも突出した力を持っている。しかしその数は決して多いとは言えない。
実際に氾濫に対処するのは現場にいる人間だ。その実力は数段落ちると言っても過言じゃない。それでも何とか氾濫を抑えることが出来ないかってことをチュートリアルで研究しているんだから、精鋭を揃えて抑えたとしても目的が達成されたって事にはならねえからな。
まあクリアすれば穴の奥にある宝箱やポーション樽を得られるんだから、全く無意味って訳でもねえんだけどな。
で、まあ当然のごとく氾濫を防ぐことに失敗したら、倒せなかった人形たちが残る訳だが、人形たちには穴から半径500メートル以上には行かないように、そして倒すべき奴がいなくなった段階で穴へと引き返すように指示している。
あくまでここは氾濫を防ぐチュートリアルだからな。崩壊した段階で仕切り直しって訳だ。そうじゃねえと、倒せなかった人形が他の氾濫の場所に挑もうとしている奴らを襲っちまうだろうし。まあそれもある意味でチュートリアルになるのかも知れねえが、単独でさえ防げていない現状では難易度が高すぎるからな。
そんな感じで、日々戦いと工事の音が響くこの階層に一風変わった物が造られ始めたのは確か1か月ほど前のことだ。確か廃都市フィールドが出来て半月くらい後だったしな。
それが造られはじめたのはこの階層への階段のすぐそばだった。もちろん付近には穴がないので、人形たちに襲われる可能性が全く無い、いわゆる安全地帯だ。
最初は建築現場のおっちゃんたちが休むためのプレハブでも建てるんだろうかと思って見ていたんだが、行われたのはかなりしっかりとした工事であり、そして出来上がったのは2階建ての豆腐だった。
いや、マジで豆腐って訳じゃねえけど、デザイン? 何それ、おいしいの? とでも言わんばかりの真っ白で四角いフォルムは本当に豆腐そっくりだ。報告で、この建物がダンジョン内に病院を造るかどうか検証するための仮施設と聞いて少し納得はいったが、それでももう少しやりようはあっただろとは思うけどな。
建物完成後からはベッドなどのこまごまとした物から、発電機や貯水タンクなどの大型の物まで設置されていき、そして遂に準備が整ったようで今日手術が行われるらしい。
患者については朝のうちに既に運び込まれている。意識が無いのか目を閉じたまま担架で運ばれていったのは40代の男性だった。げっそりと頬がこけており、かなり容態は悪そうだった。何の病気なのかはわかんねえが、もう長くはないだろうなって一目でわかるくらいには重そうだった。
「もう手術してんのかね?」
タブレットではダンジョン内のどんな場所も見ることが出来る。しかし例外が無い訳じゃない。1階層の最初の部屋に自衛隊がコンテナを建てた時からわかっている事ではあるが、人が造った建物の内部を見ることは出来ない。窓越しに外から伺うとかはもちろん出来るが、窓の無い密閉された部屋の中なんかを確認することは不可能だ。
気になることの経過がわからないなんてことは、今までほとんどなかったからなんかソワソワするんだよな。
「たぶんな。しかしどうせ我々にはどうすることも出来ないんだから、少しは落ち着いたらどうだ?」
泰然自若とした感じでセナが返してくるが、俺には知っている。セナが定期的にタブレットを操作して、こっそりと確認をしていることを。
セナも気にしてるじゃねえかと以前の俺なら言ってしまっていたかもしれんが、俺だって学習している。言ったが最後、ろくなことにならないだろうって確信があるしな。うん、だから生暖かい目で見る程度に留めておこう。
「なんだ? カンディルのような目をして」
「いや、別に普通だろ。と言うかカンディルってなんだよ?」
「アマゾンに生息するナマズだな」
聞き慣れない生き物をセナが出してきたので確認してみたが、カンディルってナマズかよ。しかしナマズみたいな目ってどういうことだ? って言うかそもそもナマズの目ってどんな感じだったか冷静に考えてみると思い出せねえな。
そんな風に俺がナマズの目というか顔を思い出そうとしていると、セナが言葉を続けた。
「20センチほどの大きさなのだが、どんなに大きな動物にも食いついていくハングリー精神のある奴だな」
「おお、なんというか気概のあるナマズなんだな」
俺の言葉にセナが首を縦に振る。何というか無鉄砲とも言えるかもしれんがそういう一貫としたところは好感が持てるな。まあ、それならナマズでも……そんな風に考え始めた俺に向かってセナがニヤリとした笑みを浮かべた。
「ちなみにカンディルはアンモニアに反応するようでな」
「んっ?」
「主に襲われるのは下半身の排泄……」
「んなもんに例えるんじゃねえよ!」
俺の全力のツッコミに、セナは笑みを深めるだけで返してきた。言葉に出さなくてもこういう結末かよ。
手術について気にしながらも、ダンジョンの監視などをしながら俺たちは過ごしていた。そして変化が起こった。閉じられていた手術室の扉が開かれ、そして医者が扉の前で待機していた自衛隊の奴に何かを告げたのだ。
そしてその自衛隊の奴は無線機で連絡を取り始め、そして連絡を受けた自衛隊の奴らが階段を登り1階層へと向かっていった。
「セナ」
「うむ」
セナがタブレットを操作し、その画面を俺へと示す。ダンジョン内で死亡した人を生き返らせるリスト。そこにはたった1人、「泉谷 健一」と言う名前が記されていた。
それは、今日手術を受けたはずの男の名前だ。ここに記されていると言うことは、そういうことなんだろう。
「ふむ。こう来たか」
「まあ、こうなっちまったからには仕方ねえな」
セナと顔を見合わせる。想定の範囲内で方針も固まっているが、まあ今更言っても仕方ねえな。
目配せすると、コクリとうなずいたセナがその名前をタップする。生き返らせるかどうかの問いがポップアップし、そして「はい」、「いいえ」、「キャンセル」の選択肢が現れた。
「はい」なら生き返る、「いいえ」ならもう二度と生き返らない、「キャンセル」なら一時保留だ。今まで俺たちは「いいえ」の選択肢を選んだことはない。
セナはその3つの選択肢を眺め、そして迷うことなく1つのボタンを押した。
それは、「はい」の選択肢だった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています




