第208話 探索者たちの人形世界
俺の目の前には様々な形の人形たちが並んでいる。リアルな動物や、ドラゴンや麒麟といった幻獣、1メートルを優に超える大作のロボットやイーゼルを持ったおそらくアニメの美少女キャラのデフォルメされたものなど本当に様々だ。
これらが何かといえば探索者を強化するためのチュートリアルに挑んだ奴らが造った人形だ。ここに来ているってことは手間と時間と思いのこもった人形ってことで、皆それぞれになかなか良い味を出しているんだが……
「うーん」
「まだ迷っているのか?」
悩む俺にせんべい丸の上に座ったセナが呆れたような視線を向けてくるが、それはいつものことなので当然スルーだ。ここで妥協するなんてことは俺には出来ねえしな。
「ライオンにはここに移動してもらって、ドラゴンに挑む感じに……いや、そうするとロボがちょっと邪魔になっちまうし。というかこのロボが入った世界観って難しいな。すげえ気合入ってるし、完成度も申し分ねえんだが」
人形たちの中でひときわ目立つ、鎖のついたハンマーを持ったロボを見ながら首をひねる。
探索者たちに造られた人形を1つの世界にまとめて<人形世界創造>をしようとしているんだが、こいつの扱いに困っちまったんだ。なにせ他の人形が最大でも80センチくらいであるにも関わらず、こいつは1.5メートルもある。存在感が違いすぎるんだよな。
しかしこいつを世界観から外すって選択肢はなしだ。人形が造れるのはダンジョンが空いている時間だけだ。つまり朝の7時から深夜24時までの17時間しかない。人形作成用の粘土の持ち帰りは禁止しているし、ダンジョンが閉まると操り人形のリオが各スペースを掃除してくれて、その時に残存物は処分されちまうから実質その日の内に完成させる必要がある。
ロボットを造ったやつは何日もここに通いつめて1日中粘土と格闘していた。単純に時間が足りなかったり、その大きさゆえに自分の重さによって完成間近でバランスを崩して倒れてしまったり、パーツが接着部分で外れてしまい落ちたパーツが変形したりと、何度も失敗していた。その度に悲しそうな声をあげながら床に崩れ落ち、しかしそれでも立ち上がり、工夫を重ね、やっとのことで完成したのがこいつなんだ。
探索者たちが今まで造った人形の中で、これほど心のこもった人形はない。その探索者自身は特に普段から人形を造っている人形師って訳じゃなさそうで、手つきも素人以上、本職未満って感じだったんだが、それでもその創意工夫と情熱は俺の目を引きつけて離さなかったしな。
しかし逆に言うと大きさと完成度が他の人形に比べて突出しすぎているとも言えるんだよな。外見だけで言えば、モールドを使って型どりした人形なんかもそこそこ良いんだが、型を造った奴と仕上げをする探索者が別人のようでどこかちぐはぐなところが残っちまってるし。
まあ格好の良い人形が欲しいって想いはわかるし、モールドを使った人形造りならある程度の形にはなる。さすがにそれだけじゃあ自分で人形を造ったとは認められねえから却下だが、そこを基礎として自分の色を出していけば、それは立派な人形造りと言えるからな。
というかむしろモールドを使おうって考えた奴の発想が面白いよな。確か最初のやつは魔法少女っぽいフリフリの衣装を着た人形だったか。あいつもかなり気合入ってたしな。最初の頃なんて「こんなのモモたんじゃない!」って奇声をあげながら自分の腕のなさに涙してたし。
あれからモールドを使って人形造りをする奴が徐々に増えていったし、そいつか、そのモールドを造った人形師が広めたのかもな。
「透、人形たちが待っているみたいだぞ」
「んっ? おお、悪い」
セナの指摘を受け、思考を中断し目の前の人形たちへと目をやる。こちらをじっと見ながら次はどうすれば? と問いかけてくる姿はなんと言うか微笑ましくてずっと見ていられそうなんだが、そういう訳にもいかねえしな。
うーん、このロボが入っても無理なく釣り合いの取れる世界観を考えると……
「よし、暴走したロボを止めるために集まった者たちって感じで対立する構成にするか。しかし1対全てだと物語性があんまないし、ロボの肩にデフォルメ少女人形に乗ってもらって妖精っぽい感じでどうだ?」
俺の指示に従って人形たちが自分で位置を変えていく。おっ、なかなかいいんじゃねえの?自分たちの2倍以上の大きさのロボへと向かってこぶしを突き上げたり、牙をむく人形勢。そこに無慈悲に足を踏み下ろそうとするロボ。その肩の上で少し悲しみを感じされる瞳で見下ろすデフォルメ少女人形。なんか見ようによってはデフォルメ少女人形がロボを止めようとしているようにも見えるし、逆に唆している悪の存在にも見えるな。
大まかな配置が終わったところで細かい指示をしたり、実際に微調整をして世界を整えていく。うん、なんとかまとまったな。
「じゃ、行くぞ。<人形世界創造>」
目を閉じ、自分の世界のイメージと人形たちの心を繋いでいく。自分が造った人形じゃないせいか、ちょっとやんちゃな奴とかも多いんだが、そいつらをなだめてまとめて世界を構成させていく。頭がかーっと熱くなっていくが、これにもだいぶ慣れた。もう幾度となく行ってきたしな。だからこそわかる。もう峠は越えた。
ふぅ、と息を吐き目を開ける。そこに広がっている光景は変わっていないが、人形たちの雰囲気が変わっている。その世界を構成する大切な1体へと変わったんだから当たり前か。
「おし、じゃあみんなマットの所で待機しておいてくれ。迎えに来た主人に大切にしてもらうんだぞ。あとさっきも言ったが命を大事に、それを忘れんなよ」
人形たちにそう声をかけると、それぞれ個性ある仕草でわかったことを示した人形たちがマットの隠し部屋へと去っていく。いつもながらだが、去っていく姿も面白いな。普通に歩くだけじゃなくてピョンピョンと跳ねたり、転がったり、時には……
「うおっ、お前飛ぶのかよ」
スラスター部分から空気を噴き出して飛んでいくロボにちょっと唖然とする。ドラゴンや鳥の人形が飛ぶのは予想していたんだが、まさかロボまで飛ぶとは思わなかった。他の人形たちは1万DPだが、ロボだけは頑張ったご褒美に1万5千DPにしたからそのせいか? いや、造り手の思いがそれだけこもっていたってことだな、きっと。
まあ飛んでるって言っても歩く程度の速さしか出てねえんだが、しかしこういうのはロマンだからな。きっと喜んでくれるだろう。
「じゃあ、私はショウちゃんの元に戻る。女狐が心配」
「ありがとな、ミソノちゃん」
最後まで人形たちが去っていくのを律儀に見届けていたミソノちゃんに感謝を告げる。情報部に戻る、じゃないところにミソノちゃんの優先順位が現れているよな。相変わらずテートとの仲は良くはなさそうだが、まあショウちゃんが何とかしているうちは大丈夫だろ。
さて、もう深夜2時も過ぎたしそろそろ寝に行くかな。とりあえず今は1週間分をまとめて<人形世界創造>しているが、最近は入ってくる探索者も増えてきたし、それに応じて探索者を鍛えるチュートリアルの部屋数も増やしたからそろそろスパンも変えた方が良いかもな。
でもそうすると寝る時間が短い日が増えちまうんだよな。さすがにダンジョンが開いている時間は俺も起きていた方が良いし。まあ俺がいなくてもセナがいれば足りちまうってことはわかってるんだが、さすがに任せっきりってのもダンジョンマスターとしてはダメだと思うしな。
うーん、いや、とりあえず寝てから考えよう。<人形世界創造>すると疲れるし、そんな状態じゃ良い考えなんて浮かばねえし。
「んじゃ、悪いが寝てくるぞ」
「うむ、後は任せておけ。ああ、そうだ。2つだけ言っておくことがあった。1つは、氾濫の階層に造られていた簡易型の病院で明日手術が行われるそうだ。機材の搬入されていたので近々だとは思っていたが、外部からの情報で裏付けがとれたそうだ」
おー、やっぱり外部の情報が手に入るって便利だな。情報の内容からして人に張り付いて情報収集しているオカミさんシリーズかウェアシリーズのどっちかからだとは思うが、不測の事態を未然に防げるってのはかなり有利だ。セナがさんざん情報の重要性を言うはずだな。
しかし病院か。最初に計画を知ったときはマジかと思ったんだが、ついにここまできたんだな。
「おっ、やっとか。成功すれば特に問題はねえけど、失敗して死んじまった場合は前に話した方針で良いんだよな?」
「うむ」
セナが迷いなく首を縦に振る。まあ結構な時間どうするか話した結果をいまさら変えるってことはねえはずだが、なんというかこれだけ自信満々でうなずかれると逆に本当に大丈夫かって思っちまうな。いや、頼もしい部分もあるんだが。
あれっ、そういえば……
「1つ目はそれとして、もう1つは何なんだ?」
「うむ、昼からずっと言おうと思ってつい忘れていたのだが、眉間に黒い何かが着いていて面白い顔になってるぞ」
「昼からずっとってわざとじゃねえか」
人形造り用に置いてある手鏡を取り確認してみると、確かに眉間に黒い点がついていて大きなほくろの様にも見えなくもない。ペリッと剥がしてみるとそれが何かは一目瞭然だった。
「あー、ドールアイの虹彩部分だな。午前に造っていた試作品の一部か?」
「ドールアイか。ちょっとしたホラー映画のような光景になるやつだな」
「いや、まあ反論し辛いとこはあるけど、人形の重要なパーツなんだぞ」
確かに目玉がゴロゴロと転がる光景はホラーが苦手な人なら逃げだすようなもんだが、ある程度まとめて造らねえとちょっとした変化とかつけたりしにくいんだ。その少しの変化で人形の表情がかなり変わっちまうし。
あんま重要性がわかっていなさそうなセナにドールアイのなんたるかを話していく。ちょっとセナが苦い顔をしているが、お相子だしな。どうせもう午前2時過ぎなんだ。なんかテンション上がってきたし、たまには朝まで語り尽くして……
「いいから寝ろ!」
「……おう」
うん、やっぱりまた今度にしよう。睡眠は大事だしな。体が1番だ。ナイフが刺さる心配もねえしな。
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