第206話 最後の災厄のダンジョン
災厄のダンジョンと呼ばれたモンスターの氾濫を起こした8つのダンジョン。その内7つは既に攻略され、そして最後のダンジョンの通路を自衛隊の精鋭たち60名は慎重に歩いていた。
「クリア」
銃を構えながらお互いをフォローして進んでいく彼らの腰には剣などのダンジョン産の武器も備えられており、そのうえ先頭には大盾を携えた2人の体格の良い男たちがいつ襲撃されても良いように目を光らせている。
そのまま慎重に歩を進め、そしてモンスターに一度も遭遇することなく彼らは目的地である巨大な扉の前へとたどり着いた。
「目標に到達。山岸班、田中班は予定通り見張りにつけ。ローテーションで小休止とする」
「「了解!」」
このダンジョンの攻略を指揮する杉浦陸准尉の指示に山岸、田中両班長が応え、そして班員たちに指示を飛ばして見張りを始める。他の班の面々は軽く水を飲んだりと小休止をしているが、油断して腰を下ろすようなことをしている者は誰もいない。少しの油断が死を招くということを重々承知しているからだ。
とは言えダンジョンに入ってから、現在いる9階層まで杉浦たちはほとんどモンスターと戦ってはいないためそこまでの肉体面の疲労はない。迷路のような道も存在しているが、既に地図が完璧に作られているため迷うことなどないのだ。
それでも小休止したのは、精神的な疲れを少しでも軽くすることと、目の前の扉の先に待っているであろうボスモンスターとの戦いに備えるためだった。
自らも休憩をとりながら周囲へと目を配っていた杉浦の元へ、男臭い笑みを浮かべながら牧が近づいてくる。
「予定通りこの3層は何も出ませんでしたね」
「ああ。調査、掃討の漏れもなかったようだ。とは言えなにが起こるかわからないのがダンジョンだから油断はできないが」
「確かに、この攻略法も経験上のものであって理論的に証明されたものじゃねえしな」
「牧陸曹長……」
「申し訳ありません! 3等陸尉殿」
きりっとした顔をして姿勢を正し、わざとらしく敬礼をする牧の姿に、言葉遣いをとがめた杉浦も苦笑を浮かべる。牧の意図を察しているからだ。
杉浦と非常に親しい間柄である牧だが、それでも任務中は今回のように上司と部下という関係を崩すようなことをおおっぴらにすることはない。しかし小休止中で耳目の集まる時にそんなことをしたのは、牧がそんな馬鹿なやり取りを見せる必要があると判断したからだった。
自衛隊のダンジョンの攻略スタイルは独特だ。初心者ダンジョンの経験からダンジョンの特性を学び、そして導き出された予測を元に計画を立て、そして実績を積み重ねていったものである。
そのスタイルとは、攻略すべきダンジョンに24時間人を駐在させながら攻略を進めるというものだった。
初心者ダンジョンが出現した最初期、まだ1階層しかないころに新たなモンスターが現れずチュートリアルが使用できなくなったことがあった。調査したが原因はわからず、一度全員ダンジョンから引き上げ、そしてしばらくして再び入るとチュートリアルは何も問題なく行えるようになっていた。
その報告を警察から受けていた自衛隊は1つの仮説を立てた。ダンジョンの特性として人が存在している場合は、新たなモンスターや罠が出現しないのではないかと。
その仮説を1つの指針としてダンジョン攻略を続けた自衛隊は、それが半分正解で半分誤っていると認識していた。
ダンジョンの最初期、ほとんどのダンジョンが3階層しかない時はその仮説はまさしくその通りであった。モンスターを掃討後、休息を取って万全の状態でダンジョンボスへと挑む事のできた自衛隊は犠牲を出すことがあったとしても、それは非常に少なかった。
その仮説が崩れたのはより深いダンジョンが出現した時だった。1から3階層に人が居続けたにも関わらずモンスターや罠が再出現したのだ。しかし一方でそれ以降の階層では今までと同じように人が居ることでモンスターや罠の出現を防ぐことが出来た。その事実はダンジョンに何かしらの法則がやはりあるのではないかと自衛隊に思わせるものだった。
ダンジョンの攻略を進め、起こった様々なケースを積み重ね、自衛隊はその法則を推測し続けていった。それが彼らの生存率を上げることに繋がるのだから当たり前のことではあるが。
仮説が崩れるごとに新たな仮説を立て、そして検証を繰り返す。地味だが着実にそれは進んでいき、そして現在の自衛隊の攻略スタイルが確立された。
自衛隊はダンジョン内の階段そばの部屋に陣地を形成するとそこに人を駐在させ、慎重に何日もかけてその階層のモンスターを掃討していく。そしてそれが終わると次の階層への階段手前の部屋に陣地を形成し、それから新たな階層へと降りてその部屋にも陣地を形成してから再び攻略を進めていくのだ。
その攻略速度は他国と比べて決して早いとは言えないが、死者数という面では圧倒的に少ない攻略法と言えた。
自衛隊の攻略法は一見有用に思える。しかしそれは良い面ばかりではなかった。牧がおどけて見せたのは、その悪い面からなる空気を敏感に察知したからだった。
自衛隊の攻略による死者数は少ない。初心者ダンジョンでレベルを上げ、ダンジョンに関する知識を得ることができ、その上で危険性が少なくなるように慎重に攻略を進めているのだから当たり前だ。別の言い方をすれば余裕を大きくとった攻略方法とも言える。
しかしそれは、本当の死というものに慣れていないという意味でもある。
初心者ダンジョンにおいて、ここにいる全ての自衛官は死を経験している。しかしそれは生き返ることのわかっている死だ。本当の意味での死線をくぐり抜けてきた者など杉浦や牧を含めても10人程度しかいなかった。
残りの人員も確かに精鋭だ。レベルも練度も決して低くはない。でなければこのダンジョンの攻略メンバーに選ばれるはずがないのだから当たり前だ。戦う意志ももちろんある。
だが……
杉浦と牧が巨大な扉へと視線を向ける。先に攻略を試みた自衛官60名の命を飲み込んだその扉を。
その扉から何かが発されているという訳ではない。事前に調査は十分されているし、杉浦も牧も緊張感はあれど、それ以上の何かを感じはしなかった。しかし多くの自衛官はまるでその扉から圧を受けたかのように表情を固くしていた。勝手にその扉から死を連想し、そして自ら飲まれてしまっていたのだ。
「どうすんだ?」
体を寄せた牧が、杉浦にしか聞こえない小さな声で問いかける。長年一緒に組んできた杉浦には、そのしぶい牧の表情が言わんとすることがわかっていた。これではとても無理だ、ということだ。
牧のまっすぐな視線を受けながら杉浦は少しだけ目を閉じ考える。
牧の懸念はもっともなことだ。このままダンジョンボスへと挑めば多くの犠牲が出るだろうし、下手をすれば全滅もありうる。それは承知しているが、杉浦たちはこのダンジョン攻略の任務についているのだ。たとえ犠牲が出るとわかっていても、上からの指令を全く無視することは出来ない。それが普通の自衛官というものだった。
ふぅ、と息を吐き、そして杉浦が目を開けて牧を見返す。
「ボスの姿だけを確認し撤退する。無駄な犠牲を出す必要はない」
「いいのか?」
「現場の指揮官としての裁量の範囲だと主張するさ。せっかく階級が上がったのに降格させられるかもしれんが、命には変えられん」
「俺が意見を具申したから、その時は俺も降格だな」
ハハッと笑いながら杉浦の肩を叩き、そして牧が自分の班へと戻っていった。
小休止が終わり、そして杉浦から出たボスの姿を確認後に撤退するという指示に、部隊に多少の混乱が生まれた。しかし強硬に反対する者はおらず、それよりもどこかホッとした表情をする者が多かった。その姿に杉浦は自らの判断が誤りでは無かったことを確信する。
そしてすぐにでも撤退することの出来る準備を整えた杉浦たちは、目の前の大きな扉へと手をかけた。通常であれば、その重そうな扉はそれだけで自動扉のように開いていくはずなのだが……
「なぜ開かないんだ?」
部隊の誰かが呟いた言葉が示すとおり、その扉は固く閉ざされ開くような様子は全くなかった。
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