第202話 新しいフィールドの選択
人形たちを送り出してから3日経過した。と言うかたった3日しか過ぎてねえのに俺たちのダンジョンには結構な変化が起こっていた。どこかで見たような顔がこぞって探索者を強化するためのチュートリアルへと挑み始めたのだ。まあどこかで見たような顔って言うか、初心者ダンジョンを卒業して他所のダンジョンへ行ったはずの探索者たちが帰ってきたってことだけどな。
自分で造った人形に命が吹き込まれて動き、一緒に過ごすことが出来るようになるんだから当然か。人形造りが得意って訳じゃねえからまだまだ拙いが、それでも熱心に造っているからそのうち上手くなるだろ。
探索者たちの死亡率が下がれば、他のダンジョンが強化されるのを邪魔できるからな。一時的には<人形創造>やダンジョン外へと出すためにDPが必要になっちまうが、それだって他のダンジョンでモンスターなんかを倒していけばペイできるはずだし。探索者が無茶なことをしなければって前提だけどな。
人形造りに悪戦苦闘している探索者たちから視線を外し、手持ちのタブレットをポチポチと操作しているセナに声をかける。
「そっちはどんな感じだ?」
「うむ。まあ予想通りといえば予想通りだな」
タブレットの画面が見えるように体を避けたセナ越しにそこに映る光景へと目をやる。崩れ落ちたコンクリート片が転がり、破壊され草が繁茂しているアスファルトの地面。
風通し抜群の崩れ落ちそうなボロボロのビル内の階段を自衛隊の隊員たちが登って行き……あっ。
ゴゴゴゴゴっと音を立てながら崩落していくビルに巻き込まれ、成すすべなく自衛隊の隊員たちは潰れた。
「罠が派手だな」
「罠というよりフィールドの特性だがな」
引きつった笑いを浮かべる俺に、セナが肩をすくめて答えてくる。
今、自衛隊の奴らが探索して潰れたのは、出来立てほやほやのフィールド階層である廃都市だ。その名のとおり、完全に人の手から放棄され自然に侵食されたビル群などが立ち並ぶ、まさしく崩壊した世界って感じのフィールドだな。
もちろん建っているビルの内部にも入ることが出来るんだが、廃都市だけあって崩れるんだよな。さっきみたいに全部一気に崩れることは滅多にないようだが。
警官や自衛隊の奴らは階層の地図を作るために探索を続けている。完成するまでに結構な犠牲が出そうな気もするが、まあそこは頑張ってくれとしか言いようがねえな。
しばらくは探索が主体になるんだろうが、戦闘もそこそこに廃都市にある素材を持ち帰ることを優先していることから考えて、このフィールド階層の選択が素材採取目的であることは疑いようがねえだろう。
「でも、素材を採取するにしても、もっと良いフィールドがあると思うんだがな」
「いや、廃都市のフィールドは素材の採取場所としてはなかなかのものだぞ。とは言え名称のみで詳細についてわかっていない状態で選んだことを考えると、半分は賭けだったのかもしれんがな」
まあ確かに廃都市というだけあって錆びて半ば朽ち果てているといっても車などの金属類、石材として使えそうなコンクリートなども多い。さすがに布系の素材なんかは劣化が激しくてほとんど使えねえだろうが、俺が知らない部分に何かあるって可能性もない訳じゃねえしな。
それに今までは廃坑のレールが主だったのに、他の金属が手に入るってだけでも十分に有用ってことか。人形造りでも素材が豊富な方が色々な物が造れるようになるのと同じって考えれば納得だし。
いや、でもある意味で本当に賭けだよな。廃都市って言っても別に時代が指定されている訳じゃねえし、古墳時代とか、イタリアのポンペイみたいな石造りの家ばっかとかだったら、ろくに採取も出来なかったんじゃねえか?
俺的にはそういうフィールドもなんというか味があって良いし、人形造りのインスピレーションが沸きそうではあるんだが、新しいフィールド階層の選択としては保守的な日本らしくない選択のような気がする。セナの言うように半分賭けに出るよりも確実な実利の方を……半分?
「なあ、セナ。なんで半……」
ターン!
俺の言葉を遮るようにタブレットの画面から銃声が響き、そしてその音はまるで山彦のようにビルの間で反射されながら消えていった。眉間を正確に撃ち抜かれ自らの血だまりに倒れ伏した警官を残し、仲間の警官たちが全速力で物陰へと駆けていく。
ターン! ターン!
警官たちが数メートル離れたビルへと駆け込むのにかかったのは1秒あるかないかといった短い時間だ。しかしその間に放たれた2発の弾丸は、2人の警官を的確に撃ち抜いていった。
残された警官の内の1人が、いま正に倒れようとしている最後に撃たれた仲間へと手を伸ばす。しかしその手は仲間へと届くことはなかった。そして……
ターン!
その警官の手のひらの真ん中に穴があいた。苦悶の声をあげながら、その警官は仲間に引きずられるようにしてビルの内部へと入っていく。人気の消えた道路には頭を撃ち抜かれ即死した3人の警官が残され、そして消えた。
セナがタブレットを操作して、死んだ警官を生き返らせている様子を見ながら改めて思う。うん、やっぱやべえわ。
警官たちから離れること約1キロ。この廃都市の中心にある、最も高い廃ビルの屋上にいた狙撃手型機械人形のギリーが警官たちを狙撃した銃のスコープから顔を上げる。戦果を誇るでもなく淡々と次の獲物を探す姿は正に狙撃手って感じだ。
ギリーはフィールドのボスとして新たに召喚した人形で、この廃都市に溶け込むような薄い灰色のギリースーツで全身を包んでおり、かろうじて出ている顔でさえ同じように薄灰色で化粧している。深海のように落ち着いた濃紺の瞳だけが、明確な色を持っているって感じの人形だ。
この廃都市のフィールドを見てボスをどうするか考えて思いついたのが、人が消えた街をずっと守り、侵入者を排除し続けるロボットって言う設定だったんだ。王道だが、だからこそ格好良いしな。
今まで通りであればダンジョンボスが出てくる仕掛けは少なくともすぐには使われないだろうから、その間にそんな人形を一から造ろうと俺は思っていたんだが、セナから注文がついたのだ。フィールド階層の開放と同時にボスも出現させるってな。
造る気満々だった俺としては、今までのフィールド階層のボスの出現方法と違うからまずいんじゃねえかって反対したんだが、そもそもフィールド階層を追加するきっかけが違うのだから問題あるまいとセナに言われ、強引に押し切られたのだ。
という訳で召喚することになったんだが、俺の想像と合致するようなモンスターがなかなかいなかった。もちろん人形系モンスターの中にもロボットみたいな奴らはいるんだが、フィールド階層のボスとなると弱すぎたり、逆に多大なDPが必要だったりした。そして熟考の末、セナのオススメでもあった狙撃手型機械人形を選択したって訳だ。
ギリーは機械人形シリーズなので、スミスたちと同様に50万DPで召喚できた。考えてみれば初めての戦闘系の機械人形だ。どんな奴なんだろうと召喚したギリーと話してみたんだが、ギリーは無口だった。
話が通じない訳じゃないし、話せない訳でもない。俺が着せようとした衣装案を明確に拒否して、セナの書いた灰色オンリーで全く飾り気もないギリースーツを自ら選択したしな。だが話すのは必要最小限、というか必要以上に話さないって感じなんだ。
いや、それも狙撃手っぽくて良いんだけどな。衣装はちょっとどうかと思うけど。
「あんなに離れているのに良く頭を狙えるよな。セナは出来るか?」
俺の問いかけに一切迷うことなくセナが首を横に振る。
「いや、無理だ。そもそも狙撃は観測手と組んで行うのが常識だ。観測手の指示で微調整していく訳だな。いくら風がないダンジョン内と言えども、この距離で一発で当てるのは至難の業だ。私では体にも当たらないだろうな。それに発射から着弾まではラグがあるのだぞ。1射目を当てるのはまだ良いとして、2射目、3射目を当てるなど半ば未来予想のようなことが出来ていなければ不可能だ」
「ってことはやっぱギリーはすげえってことか?」
「いや、ギリーだけではない。その狙撃銃を提供、調整しているスミスの腕があってこそだな。そもそも狙撃銃というものは精度が高い一方で速射性能という面で見れば劣るのが普通なのだ。それを克服するためドイツなどでは狙撃銃を……」
「うわっ、やぶ蛇」
解説モードに入ってしまったセナが、ホワイトボードを取りに向かいながら説明を続ける様子に後悔の念が襲って来るがもう遅すぎる。
これは1時間や2時間で終わる感じじゃねえな。今日の人形造りはお預けになりそうだ。はぁ、廃都市の世界観で新しい人形を造ろうかと思ってたんだけどな。
「聞いているのか、透?」
「聞いてるよ。でも白い死神って中二病みたいな名だよな」
「ほう。そのような感想が出てくるということは、真面目に聞いていなかったようだな」
「いや、そんな事はないぞ……」
覗きこむようなその視線に俺は思わず目を逸らしちまった。駄目だってわかっていたはずなのに。恐る恐る見返すと悪魔のように悪い顔で笑うセナがそこにいた。
「よし、後で透にもスナイパーがなんたるかを体験させてやろう。その方がより理解も深まるしな」
「ちなみにキャンセルとかは?」
俺の言葉にセナは笑みを深めるだけで返してきた。そりゃあ無理ですよねー。知ってた。
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