第201話 人形たちの旅立ち
ダンジョンの3階層、罠とパペットが複合された本格的なダンジョンの探索のチュートリアルの最後に待ち構えているのは、言わずと知れたサンドゴーレムたちだ。もちろんノーマルバージョンの強さなんだが、今まで幾度となく一般の探索者たちの壁として立ちふさがってきた頼りになる仲間たちだ。
水に弱いという弱点はあるものの、そもそもウォーターなどのスキルを覚えている探索者は多くねえし、体のどこかに隠されたコアを破壊しない限り倒せねえから、そのままでも十分強い。
そんなサンドゴーレムを今6人の男が取り囲みながら攻撃を加えていっている。サンドゴーレムも反撃してはいるんだが、有効な打撃を与えることが出来ていない。
確かにずっと同じグループで探索をしていた奴らだから、元々連携はうまかったような気がする。それでも1週間くらい前に挑戦したときは、しばらくして疲れからミスが出はじめ、最終的には壊滅したはずだ。だが今回はそんな様子は全く見えない。
「ふむ、促成の成果としてはなかなかのものだな」
「出来すぎって感じもするけどな」
俺のあぐらの上に座りながら壁掛けの画面を見つめるセナにそう言い、目の前に置かれたアーモンドとチーズが上に載ったせんべいを口へと放り込む。ちょっと癖のあるチーズとアーモンド、そしてせんべいの醤油が絶妙にマッチしてて旨いんだよな、これ。
セナが促成という言葉を使ったことからもわかるが、今サンドゴーレムと戦っているこいつらは、俺の造ったチュートリアルが民間に解放されてからずっと人形を造っては大量のパペットと戦うってことを繰り返していた。その成果が今の光景ってわけだな。
「しかし短期間にこれだけ強くなると自分は特別だって勘違いする奴も増えそうだよな」
「そうだな。だがそれが深刻化すれば勝手に向こうで対処するだろう。探索者強化のチュートリアルを受けることが出来る条件を設定するなり、上には上が居るということを知らしめたりとかな」
なんてことの無いようなセナのその言葉に、桃山が調子に乗った奴らを打ち倒して踏みつけている姿が思い浮かんだが、さすがにそれはねえだろうな。仮にも警官だし、そもそも桃山は自分より弱い奴と戦うのがあんま好きじゃなさそうだしな。
そんなことを考えているうちに遂にサンドゴーレムのコアを1人の男が捉え、崩れ落ちていくサンドゴーレムの姿にわっという歓声が男たちから上がる。
よく頑張ったな。後でちゃんと修復してやるからちょっと休んでろよ。
「さて、これからが本番だな」
「準備は出来ているんだろう」
「おう、もちろんだ」
サンドゴーレムの魔石を拾い、部屋の奥に出現した宝箱からスミス特製の鎖鎌を得た探索者たちが意気揚々と帰っていく。そして1階層の最初の部屋にあるプレハブ小屋の中へと入り、しばらくして一緒に出てきた1人の警官と共に探索者たちは再び奥へと進んでいく。その行き先は2階層の隠し部屋だ。
警官がスイッチを押し、開かれた隠し扉に驚きながらも探索者たちは警官の後についてその部屋へと入っていく。キョロキョロと物珍しげに部屋を眺めながら歩き、そして6人はマットの元へとたどり着いた。
「イラッシャイマセ」
「うおっ! 人形が喋った」
「ああ、すみませんでした。そういえば話すことのできるモンスターと接するのは初めてでしたね。先に言っておくべきでした」
腰を折って挨拶をしたマットの姿に探索者たちがぎょっと目を見開く。その光景に小さく笑みを浮かべながら警官が彼らに謝罪した。
確かにユウとか、アリスとか、お茶会の会場とか話す人形たちとたくさん接する機会がある警官からすればマットが話すなんて普通のことだし忘れてたんだろう。
「えっとつまりこのモンスター以外にも話す奴がいるってことですか?」
「そうですね。このダンジョン以外では今のところ発見されていませんから、このチュートリアルダンジョンだけなのかもしれませんが」
「マットト、申シマス。依頼ヲ、受ケラレマスカ?」
「依頼?」
「いや、彼らは人形の受け取りですね」
マットの依頼という言葉に疑問符を浮かべる探索者の言葉を上書きするように警官が言葉を重ね、そして手を振って探索者たちを促す。少し首を傾げている者もいるが、警官に促された探索者たちはサンドゴーレムの魔石と共に各々が持っていた紙を取り出し、そしてカウンターの上へと置いた。
それを確認したマットは、「少々お待ちください」と一礼し、ゆっくりとした仕草で振り返ると、その先にある棚に並んだ様々な形の人形から6体を選びとり、そしてカウンターへと並べた。
「コチラガ、報酬ノ、人形ニナリマス。名前ヲ、オツケクダサイ」
その言葉に探索者たちは目を見合わせ、そして人形1体、1体に名前をつけていく。そして6体全ての人形の名付けが終わった瞬間、その人形たちは命が吹き込まれたかのように目を見開き、そして体を震わせて動きを確かめるように手足を動かすと6人の探索者たちの元へと擦り寄っていった。
そんな人形たちの姿に、探索者たちが頬を緩ませる。そして人形たちを手や肩に載せ、探索者たちはダンジョンの外へと出て行った。この様子ならきっと大切にしてもらえるだろう。元気で暮らせよ。
「はぁ、行っちまったな」
消えていく人形たちの姿を感慨深く見送る。
自分で造った訳じゃねえけど、やっぱ命を吹き込んだこともあってちょっと寂しく感じるな。とは言え製作者の元へと帰ったんだから、里帰りみたいなものだと思うしかねえか。
さっきの人形たちは探索者強化のチュートリアルで、真剣に人形を造った奴だけに送られるご褒美的な報酬だ。俺が決めた条件を満たすか、操り人形の審査をクリアした者だけがそのご褒美部屋へと案内され、その部屋で人形の引換券を手に入れることが出来るって訳だな。
人形といってもただの人形じゃなくて、命を吹き込まれて共に戦ってくれるようになった自身が造った人形が手に入るんだ。そりゃ誰でも欲しいだろ。現に1人がその引換券を得てからの他の5人の人形造りへの取り組みは真剣そのものだったしな。
わざわざ引換券にしたのには色々と理由がある。<人形創造>するために一旦は回収が必要であったり、人形を連れてダンジョンを出入りされるとDP的に損になっちまうってのももちろんある。探索者の初心者ダンジョン卒業の証とも言えるサンドゴーレムの魔石が人形の引換時に必要なんて条件をつけたのは、正にそれを回避するためだしな。
だが一番の理由は人形たちが本当に死んでしまわないように<人形世界創造>をする必要があったからだ。
今出て行った人形たちも既に<人形世界創造>をし終えている。だから仮に他のダンジョンで倒されちまったとしても復活は可能だ。
ミニミニ人形たちの世界に、セナが紛れ込ませていた薪風人形のダミーTEシリーズたちで他のダンジョンで倒されても<人形世界創造>さえしていれば復活できるってのは検証済みだしな。
テートを説得する時になにかゴソゴソやってるとは思ったんだが、普通に風景に溶け込んでて気付かなかったんだよな。まあそのおかげで事前に確認が出来たから良いんだが。
その検証の結果、確かに復活は出来た。ただし復活させるのに通常の2倍のDPが必要になっちまうんだけどよ。
戦略的に言えば2倍の数の人形を外に出したり、2倍の強さの人形を外に出した方がよほど有効であり、<人形世界創造>の意味はあまりないというのがセナの談だが、俺にとっては死んでも復活できるってのはかなりのメリットだからな。戦略的にどうあれ、そこは譲るつもりはねえし。
まあそんな訳である程度安心して送り出せるって訳だ。
探索者と一緒に出た人形たちは情報収集が目的じゃない。どちらかといえば探索者が他のダンジョンで死んでしまうのを防ぐのが目的だ。一応製作者の言うことを聞くことになっているが、自身と製作者の生還を第一に行動するように言い含めておいたから、いざとなれば躊躇なく製作者を連れて逃げてくれるだろう。
まあ1万DPかかってるし、早々にそんなことはないとは思うがな。
「再会しないことを祈っておけ」
「それも、なんか複雑だな。でもまあその方が元気でやってるってことだしな」
小さく笑いながらそんなことを言ったセナに苦笑を返す。出て行った人形たちには、いざという時以外は初心者ダンジョンに戻ってこないように伝えてあるから、再会するってことは倒されちまったか、異常事態が起きたってことだしな。そんな事、起こらねえ方が良いに決まってる。
「さて、これで一般の探索者だけじゃなく、世間の奴らにも話が広がるだろうし楽しみだな」
「んっ、なにが楽しみなのだ?」
頭に疑問符を浮かべながらこちらを見るセナに、俺は歯を隠しきれないほどの笑みを浮かべながら答えた。
「これから人形好きな奴らがわんさか来るだろうからな。色んな人形造りが見られるはずだぜ」
ぽかんとした顔で俺の言葉を聞いていたセナだったが、しばらくして目を細めながら「本当に透らしいな」と言いながら笑みを漏らした。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。




