第198話 コーカスレース
今、俺たちが見ているのはお茶会の階層に新たに出来たコーカスレースの会場だ。
コーカスレースってのは不思議の国のアリスに出てくる良くわからんレースで、簡単に言えば濡れた服や体を乾かすためにアリスや動物たちが円形のコースを適当に走り続けて、適当に終了したかと思えば全員が優勝して、なぜかアリスが参加者から賞品をねだられると言う意味不明なものだ。
うん、改めて考えると自分でも何言ってんのかわかんねえな。
今回俺たちが造ったのはその話を元にしてはいるが、さすがに全く同じって訳じゃねえ。と言うか同じもんにしたら何が何だかわからなくなるだけだしな。
まずレースのコースとしては半径300メートルほどの円形の湖の周りをぐるぐると走る周回コースだ。参加可能人数は1回につき最高20名まで。人数制限はあるが特に参加費とかもとってねえし、参加回数の制限なんかもかかってねえから何度でも参加可能だ。と言うかこっちとしては参加してくれればその分だけDPが入るし、どしどし参加してくれた方が良いしな。
そして番号の書かれたゼッケンをつけ、制限時間の30分走りきって完走すれば優勝になり、新しいフィールド階層を選ぶ権利が得られると言う訳だ。まあ何事もなく走り切れればだけどな。
「うわぁぁあー!!」
あー、これまた高く飛んだな。
うおっ! 飛んだのは自衛隊の男なんだが、空中で綺麗に姿勢を整えやがった。そしてまるで飛び込みの競技のようにくるくる回転しながら落ちていき、綺麗な姿勢で湖に着水した。水しぶきを残して男の姿が水中へと消える。
こいつ、投げられるの初めてじゃねえな。と言うより絶対に楽しんでやがるだろ。まあ俺的にも面白かったから別にいいけどよ。
さっきの奴は特別だが、人が飛んでいっていることからもわかる通り、もちろんただ単に走るだけなんてぬるいレースのはずがねえ。このレースに出場しているのは人間だけじゃなくって俺の造った人形たちも参加しているのだ。とは言えコーカスレース専属なのは進行役を務めるドードー鳥だけで、他の奴らはお茶会の会場で働いている人形たちが兼務しているんだけどな。
現状では10体の人形たちが一緒にレースを走るんだが、そいつらはいろんな手段を用いて参加者たちを湖へと突き落そうとして来る。まあ積極的に参加者を狙う奴もいれば、逆にからかうだけで全く突き落さない奴もいるんだけどな。
チェシャ猫なんてからかったり、驚かせたりはするものの自分では1度も落としていないし。他の人形のサポートにはなっているんだがよ。
いやー、人数が増えてさらに強化もしたことで最近はお茶会と出前だけじゃちょっと余り気味だったしな。それにお昼時とかはまだ良いんだが、それ以外はぶっちゃけ暇だったし。ある意味言えばちょうど良かったとも言えるかもな。
あっ、また飛んだ。
「さーて、残り10分を切りまして、生き残っている参加者は残り3名。今までで最も人数的には残っているが、このまま行けるか? それともこれまで通り苦汁をなめることになるのか?」
コースの脇に設けられた「実況席」と書かれたテントの下で、黒のタキシードを羽織ったドードー鳥がノリノリでマイクを片手に実況をしている。反対の手で持っている杖を興奮した様子で振り回しているせいで周囲にいる奴らが迷惑そうな顔をしているが、それを全く気にした様子は無いな。
「なんというか、本当に楽しそうだな、あいつ」
「良いのではないか。盛り上がっている層もあるようだし」
セナの指さす先には、ずぶ濡れ姿の警官や自衛官が生き残っている奴らを大声で応援していた。確かにドードー鳥のあおりに反応しているようだし、まあ盛り上がる分には問題ねえか。閑古鳥が鳴いちまったら意味がねえんだし。
しばらくレースの様子を見ていたんだが、今回入っている人形たちはチェシャ猫を筆頭にあんま積極的に池に落とそうとしない奴らが集まっているようだ。出場する人形は現在仕事がない人形がランダムで出場するからこういうこともあるんだよな。
今回に限っては実質1体少ないようなものだし。まあそいつらがほとんどの奴らを池に突き落としているんだけどな。
「あれっ、青虫ちゃん。私ってなんで走っているんでしたっけ?」
「ぷはー、次はあっち」
「あっちですね。あれっ、水の上って走れましたっけ? まっ、いっか」
やる気なさげな表情でキセルから煙を吐く青虫を背負った鳩が、首をかしげながらまるで普通の地面であるかのように水面を走っていく。
足が沈む前に次の足を踏み出せば良い、なんていう馬鹿げた理論を現実で目のあたりにするとは思わなかったな。
青虫と鳩は言わずと知れた景品交換所の店員コンビなんだが、こいつらもレースには出場している。まあ景品交換するとき以外は暇だしな。と言うか時間で考えるならこいつらが一番暇してるはずだしな。交換することなんて日に何度もある訳じゃねえし。
「おおっと、ここで暴走鳩列車が湖をショートカットして近づいてきたぞー。それに対してゼッケン8番、戸惑ってスピードが落ちてしまっている。それは悪手だー」
いや、暴走鳩列車ってどうなんだ? いや、確かにそんな感じだけどよ。しかしドードー鳥が8番のゼッケンをつけた警官の失態を指摘しているが、それは仕方ないんじゃねえかな。湖の上を走ってくるなんて光景見たら誰でも戸惑うだろ。
とは言え、確かにスピードが落ちたのは良くなかった。ほどなくして8番ゼッケンの警官は鳩の接近を許してしまう。そしてその先に待っているのは、今までの奴らと同じ結末だ。
「ぷはー」
青虫がキセルから煙を吐く。するとその煙は消えることなくその場に残り、それどころか渦巻くようにしながら形を変えて巨大な手へと変形した。そしてその手が8番ゼッケンの警官を掴み、そして空へと放り投げる。
「うわー!!」
空を飛んでいく警官を青虫はやる気なさげな視線で眺め、そしていつの間にか壁へと突っ込んで行きそうになっている鳩の首にキセルを引っ掛けて思いっきり引っ張った。鳩が苦しげに舌を出し、ズサササーと土ぼこりを上げながら止まった。
「ぐえっ。ひどいですよ、青虫ちゃん。危うく首が曲がるところでしたよ。あれっ、私の首って普通に曲がりますよね。良かったー。んっ、何の話でしたっけ?」
「次はあっち」
「あっちですねー。そういえば何で青虫ちゃんは私に乗っているんでしたっけー?」
首をひねりながら青虫がキセルで指した方へと鳩がものすごいスピードで走っていく。その先を走っていた自衛隊の奴が、追われていることに気づいたのかスピードを上げた。距離もあるし、すぐには捕まらねえだろう。となると残り時間が気になるな。
残り時間はおよそ7分。残ったのは2人とも自衛隊の奴で湖を挟んで対面になるように走っている。さすがに鳩と青虫のコンビだけであと2人を湖へ放り込むのはきつそうだな。
そんなことを考えながら俺はレースを見守り続ける。出場している人形たちを見て、最初から終わりの見えていたレースを。
「さて残り時間もそろそろ3分となりますが、ああーっと! ついに、ついに捕まってしまった。4分間1人で暴走鳩列車をかわし続けていたが、ここで疲れが出たか!? そして……無限の彼方へさあ行こう!」
ドードー鳥の実況に合わせるように、青虫の煙に掴まれた自衛隊の奴が空へと飛ばされる。これで残りは1人だ。でも残り時間も3分。鳩たちの対面で走っている自衛隊の奴も体力を温存していたのかまだまだ余裕はありそうだ。
だが……
「残り3分。さあ、これは行けるか? しかし、ここで、ここで遂に動いた。このお茶会の会場を仕切るリーダーにして、人形たちを罪深き者たちから守る守護者。その名はサーンー!!」
足で実況席の机を踏んで立ち上がりながら、その名を読み上げるドードー鳥に合わせて、ここまでじっと待機していたサンがペコリと頭を下げる。そして軽くステップを踏んだかと思うと、目に見えないほどのスピードで逃げる自衛隊の奴を追いかけ始めた。
その距離がみるみるうちに近づいていく。そしてあっさりと追い付いたサンが、自衛隊の奴の腕を掴んで、えいっとばかりに湖へとぶん投げた。
「決まったー!! 動き出してわずか数秒。これでは見せ場がありません。もう少し出場者には頑張っていただきたいところですが、仕方ありません。今回のレースも、優勝者はなしです。またの挑戦をお待ちしています」
だよなぁ。サンが入っている時点で、このレースは失敗って決まっているようなもんだ。いくら他の人形も強化したとはいえ、サンとは格が違いすぎるしな。
実況が終わってしまい残念そうにレースの結果を発表するドードー鳥をよそに、サンはギャラリーに向かってペコリと頭を下げてから引きあげていった。ずぶ濡れになりながら岸へと上がって来た自衛隊の奴が、その後姿を見ながらがっくりと肩を落としている。
うーん、パペットたちの働き場所を確保するためにも早めに1回くらいは優勝してほしいんだが、なかなか難しそうだな。あることに気づけばそこまで難しくはないはずなんだが、まだそこまで検証できてないってことか。
まっ、そのうち何とかなるだろ。さて、いよいよ次は俺の造ったチュートリアルだ。どんな風になっているんだろうな。
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