第2話 使い魔の人形
「チェンジ」
「何故だ!」
人形が一瞬顔を歪ませたかと思うと、手を振りあげて怒り始めた。それに合わせてサイドテールがぴょんぴょん揺れる。怒り心頭といった様子だが小さいし、デフォルメされたそんな姿で怒られても怖いというより可愛いとしか感じないな。
うーん、しかしチェンジって言ったのに他の使い魔が出てくる様子がないのはどういうことだ?
「いや、初対面で鈍亀とか言われたから思わずな。悪い、悪い」
「誠意が感じられんぞ。腕立て300か……」
「それよりなんでお前しかいないんだ?」
めんどそうなことを口走りかけた人形の機先を制して質問を重ねる。腕立て300回なんて出来るはずねえし。たぶん。
人形はむーっとしばらくうなっていたが、小さくため息を吐いて両手を広げて肩をすくめるポーズを取りながらこちらを見た。やれやれだぜってか? そこはかとなくイライラする仕草をしやがって。
「他の使い魔はもう全員主と契約を交わしたぞ。つまりお前が最後だ。だから鈍亀と言ったのだ」
そう言い切ってフンッと鼻から息を吐いた人形の言葉を頭の中で反芻する。つまり使い魔の数は俺のような奴の数と同じしかおらず他の奴らが先に使い魔を選んでいった結果、俺に残されたのはこいつだけだったということか。って言うか……
「お前も残り物じゃねえか!」
「違う! 私は自ら望んで残ったのだ。時間にルーズな鈍亀の尻を叩くためにな!」
「ぜってー嘘だ!」
「根拠なく上官を侮辱するな!」
「お前が上官なのかよ!」
ぎゃーぎゃーとお互いに相手の傷口に塩を塗り合う不毛な言い合いがしばらく続いた。無駄に傷口ばかりが広がっただけの不毛な時間だった。
「はぁ、はぁ、もうこの辺にしておこうぜ」
「はぁ、はぁ。そうだな」
人形もそう考えていたのか荒い息を整えるようにゆっくりと深呼吸し、そしてぽてんと床に腰を下ろした。愛らしい仕草に笑みを浮かべつつ俺もその対面に腰を下ろす。
少し落ち着いてくると何で俺は人形相手に言い争いをしていたんだろうなと思いついて苦笑する。顔を上げ、前を見ると人形も同じような表情をしていた。何というか似た者同士なのかもしれないな、俺たちは。
現状からして俺の使い魔はこの人形だ。となるといつまでも人形、人形ってのも良くないな。大事な相棒になるんだし。
「ところでお前の名前は?」
「人の名を聞くときは自分の名を……」
「いや、俺記憶が無くてさ。名前わかんねえんだよな」
「それは……」
人形が気づかわしげにこちらをうかがっている。そんな表情も出来るんだな。
まぁ、こんな状況で記憶まで失うってどうなんだよ、って自分でも思わなくもないがほとんどショックを受けてないんだよな。逆に良くわからん状況だからこそなのかもしれんが。
未だにこちらを心配そうに見ている人形の頭を多少荒くぐりぐりと撫でる。意外に髪部分はさらさらしていて気持ち良いな。本物のような髪の毛の感触がある。
「な、なにをする!」
「まぁ気にすんな。そうだ、俺の名前はお前がつけてくれよ。っていうかお前の名前は?」
「私の名は……ない。主がつけるものだからな」
「お前も名無しかよ! じゃ、お互いに名づけだな。どうすっかな」
考え始めた俺の横で人形も腕を組んでうんうんうなっている。どうやら思いのほか真剣に考えてくれているようだ。俺もまともな名前を考えねえと。
とは言えまだ会って間もないから外見と少し話した印象から名づけるしかないんだけどな。
デフォルメされた美少女の人形、しかも軍服着用。特徴があるのは良いことなんだが。軍の階級とかから名づけようかと思っても良い名前は思いつかない。女の子らしくない名前になるしな。っていうかそもそも1人だと軍でもないよな。傭兵が関の山だ。
傭兵か。確かにこいつは俺のことを助けてくれる傭兵とも言える。何となくイメージとも合うし。とはいえ傭兵を組み替えても女の子の名前っぽくはならないな。他の言い方は何かあったか?
「マーセナリーか……そうだなセナって名前はどうだ? 傭兵って言う意味のマーセナリーからとったんだが」
「安直だな。お前は外見からしか判断が出来ないのか?」
「じゃ、違う名前に。軍曹っぽいからサージとか……」
「待て! お前のセンスで他に良い名前が浮かぶはずないだろう。セナで良い。私の名はセナだ」
うんうんとうなずきながら人形が自分の名前を半ば強引にセナに決定する。若干口元が緩んでいるのでお気に召してもらえたようだな。何というかセナの性格がだんだん良くわかってきた気がする。
「で、セナ。俺の名前は決まったのか?」
「ふっ、何を言っている。私がお前に後れを取るはずがないだろう。私は最強の傭兵、セナだぞ」
「おおー、それはすごい」
ふふん、と鼻を鳴らしてセナが胸をそらす。とりあえずセナという自分の名前がかなり気に入っていることは良くわかるな。最強の傭兵という言葉の根拠が激しく気になるところではあるが、まあとりあえずは俺の名前だ、名前。
セナが俺の事をビシッと指差し、声高らかにその名を告げる。
「お前の名前は鈍ガ……」
「却下!」
「ウジ虫野郎で……」
「却下だ、却下! なんなんだよ。初めまして。俺の名前はウジ虫野郎だ、って挨拶するのかよ!」
「うわぁ、こんな変人が主とは信じられんな」
「お前が言ったんだろうが!」
さげずんだ表情でこちらを見るセナに全力で突っ込む。こっちが真剣に考えてやったってのにこいつは……。やっぱ変な名前にすれば良かったか?
そんなことを考えながら、はぁっとため息を吐いて後悔しているとセナがそんな俺の様子を見て邪気を感じさせない笑顔を見せた。
「冗談だ。とおるでどうだ? 透明と言う字の透だな」
「うわっ、まともな名前」
「どうやらウジ虫野郎の方が良かったようだな」
「いやいやいや、透で良いっす」
思った以上にまともな名前だったから思わず口に出ちまった。しかしさっきまで悪口でしかない名前を聞かされていたんだから仕方ねえだろ。
しかし透か。うん、まぁ良いんじゃないか。由来を聞きたいところだがセナが若干不機嫌そうにこちらを見ているのでまた変なことを言い出さないうちに話を進めちまおう。
「じゃ、名前も決まったところでサクサク行こうぜ。次はダンジョンの場所決めだっけ?」
「誤魔化された気もするが、まぁ良い。これを使え」
「お前、どこからこれ取り出したんだよ」
「わざわざ女の私に言わせるつもりか。やはり透は変態だな」
「違えよ!」
セナがいきなりどこからともなく自分よりも大きなタブレット端末のようなものを取り出し差し出してきたので思わず突っ込んだんだがなぜか変態認定を受けた。納得できねえがここでごねても無駄な気がするな。くそっ、とりあえず流しておくか。
セナからタブレット端末を受け取りどっかりと腰を下ろす。すかさずセナが胡坐をかいた俺の上に座って来た。うろんげな目で見つめるがセナが気にした様子はない。
はぁ、と小さく息を吐き諦めてタブレットをタッチすると候補地選択と言う項目が浮かんできた。そしてそれをタッチする。
「選択ってか選択肢がねぇ」
「お前が遅いからだ」
普通ならここでも選択肢が現れるはずなのだがそこには1つしか項目が無かった。上空から映されたと思われるその画像にはアルファベットの小文字のbのような形をした特徴的なビルが映されていた。
「んっ?」
なぜか見覚えのあるその姿に嫌な予感を覚えつつ、その画像をタッチする。画面が展開され何枚もの画像が広がり、嫌な予感を覚えつつそれをスライドさせていく。屋上にあるヘリポート、ビルを囲むように並ぶ街路樹、武骨な印象を受けるその入り口、周辺地図にそして何よりその建物の名称を表す石碑。
タブレットを持つ手がわなわなと震える。やばい、やばいなんてもんじゃない。ここは、この場所は……
「警視庁本部じゃねえか、この野郎!」
「私は野郎ではない!」
的のずれた反論をしてくるセナの言葉を聞き流しつつ俺はどうしたもんかと天を見上げるのだった。
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