第196話 数の暴力
ダンジョンへと入り、1階層の最初の部屋に新たに出来ていた階段を下りた桃山が見たのは、何もないただ広いだけの空間だった。
「はぁー、これはまた殺風景な部屋ですねー」
「部屋と言うよりは空間と言った方が良いような気がするがのう」
桃山に続いて階段を下りてきた加藤がそんなことを言いながら周りを見渡す。確かにその言葉は言い得て妙かもしれない。なにせ反対側の壁まで歩いていこうとすれば数十分はかかるであろうという広さは部屋と呼ぶにはふさわしくない。
ひとしきりその広さに驚いた後、桃山たちは歩を進めた。その先にはこの階層へと当初から調査に入っていた警官や自衛官たちが何かを取り囲むように円を組んで待機していた。そこへ桃山たちが歩み寄り、そして声をかけようとしたその時、変化が起こった。
「来るぞ!」
円形を維持していた誰かの声が上がると同時に桃山の目がすっと細くなり、自然とその手を腰に提げていた金属製の棒へと伸ばす。そしてそれを取り出すと目の前の円陣へと躊躇なく加わり目の前の穴から飛び出してきたパペットを躊躇なく打ち倒した。
「これは!?」
「加藤さん、応援に行きますよ!」
驚きのあまりに固まる加藤を追い抜いて、応援に来た警官たちがその円陣に加わっていく。少し遅れて加藤もそれに続いたが、動揺を隠しきれていなかった。
円陣を組む警官や自衛官が囲んでいる中央には直径4メートルほどの穴が開いており、そこから途切れることなくパペットたちが出てきていた。警官や自衛官たちがそれを次々と打ち倒していく。
「なんなんじゃ、これは!?」
「大量ですねー。質は伴ってませんけどー」
加藤が動揺しつつも無難にパペットたちを倒していく横で、ちょっと残念そうな顔をした桃山が最小限の動きでパペットへ打撃を加えてとどめを刺していく。その姿は戦いではなくもはや作業とでも言っているかのようだった。
確かにパペットは初心者ダンジョンにおいて最弱の存在だ。木のボディ特有の打たれ強さはあるものの、今回の調査に駆り出されるような警官や自衛官にとって苦戦するような存在ではない。本来であれば。
「くそっ、いつまで続くんだよ」
「馬鹿、突出するな。早く戻れ!」
「ちっ!」
戦いに集中しすぎて円陣から少し前へと出すぎてしまい、仲間から声をかけられた警官が慌てて後退しようとする。しかしその足が後ろへと動くことはなかった。床をはいずりながら近寄っていたパペットたちがその両足をがっしりと掴んでいたからだ。
「うわぁぁぁー!!」
足を掴まれ尻餅をついた警官はパペットたちの波の中に引きずりこまれ、その姿はすぐに見えなくなった。付近にいた警官と自衛官数人が助けようとしたがそれは叶わず、逆にその内の2人が同じようにパペットの波へとのみ込まれてしまう。
警官や自衛官たちの間に動揺が広がっていく。崩れてしまった包囲網から既にパペットたちは抜け出てきており、今の陣形ではこれまでと逆に自分たちが囲まれると誰しも予想がついた。しかしとっさに打開策が浮かぶ者などそこにはいなかった。
そんな様子にはぁ、とため息を吐いた桃山が、目の前のパペットを蹴り飛ばしながら視線を加藤へと向ける。
「仕方ありませんねー。行きますよ、加藤さん」
「はぁ、嫌な予感が的中したわい。磯崎、フォローを頼むぞ」
「了解です」
言うが早いか、そのままパペットたちが出てくる穴の中心へと向かって進み始めた桃山の背後へと加藤が続き、そして突出した2人をフォローするように磯崎を始めとした桃山班の4人が半円を描くような位置取りをしながら群がるパペットたちを倒していく。
桃山の目の前には壁に見えるほど大量のパペットたちが現れてくる。しかし現れる先から即座に桃山の打撃をくらい、桃山に触れることすら叶わず倒されていっていた。
「あー、これはこれで良い訓練になるかもしれませんねー」
「相変わらずのん気じゃな。こっちはこっちで大変なんじゃが」
「頼りにしてますー」
「なんて心に響かない言葉なんじゃろうな」
暴風のようにパペットたちを打ち倒していく桃山だったが、それが出来ているのは桃山だけの力ではなかった。その背後についている加藤がウォーターの魔法を使って一度に襲い掛かってくるパペットの量を調節したり、桃山が位置的に対応しづらいパペットを倒したりとフォローしているおかげでもあった。
ダンジョンが出現して以来、2年近くもずっと一緒に戦ってきた2人だからこそ出来る阿吽の呼吸と言える。
「はぁ、はぁ。そろそろ辛くなってきたんじゃが」
「大丈夫ですってー。もうダメだって思ったところがスタートラインってチーちゃんも言ってましたしー」
「磯崎……」
加藤が死にそうな顔をしながら、ほんの一瞬だけ背後へと視線をやる。それを感じたのか2人のフォローをしていた磯崎が苦笑しながら返事をした。
「いや、あくまで妻の発言なんで俺に文句を言わないで下さいよ」
「えー、磯崎さんとのお付き合いの経験からわかったらしいですよー。磯崎さんはすぐにもうダメだっていうけど、ちょっと挑発すればすぐに元気になるってチーちゃんが……」
「女二人で何を話してるんですか!?」
「ナニの話かなー? 大丈夫だよー、磯崎さんがソー……」
「わあああ!!」
動揺して声を上げた磯崎のあごに突っ込んできたパペットの腕がいい感じに当たり、そしてその体がぐらりと揺れる。それは明確な隙であり、そんな隙が許されるほど状況は甘くなかった。大量のパペットに体を掴まれた磯崎がその姿を消す。
即座に磯崎の抜けた穴を残りの3人が埋めていくが、多少の余裕が感じられた先ほどまでとは違っていた。それを敏感に察した加藤が桃山へと声をかける。
「桃山の嬢ちゃん、撤退するぞ。このままじゃとても持たん」
「仕方ないですねー。これだから磯崎さんはダメなんですよー」
「儂的には助かったんじゃがな」
桃山は金属の棒を大振りに一閃して目の前にいたパペットたちを吹き飛ばすと、くるりときびすを返して穴から離れていく。その先には桃山たちが時間を稼いでいる間に態勢を立て直し、戦っている警官や自衛官の集団の姿があった。
「あー、なんだか疲れましたねー」
「そうじゃな。でも何とか生き残れたわい」
「俺は一度死にましたけどね」
桃山、加藤、磯崎の3人がパペットのいなくなった階層を眺めながら、だるそうに会話を交わす。とは言え3人はまだ元気な方で、その周囲には床にぺたんと腰を下ろしたまま立ち上がることさえできずに休んでいる警官や自衛官たちの姿があった。
「どのくらいいたんですかねー?」
「さあ、千や二千って数ではなかったしのぅ」
「ちょっと対応する人数が少なすぎましたね」
3人の視線の先では、戦闘が終わってから応援に来た警官や自衛官が床に落ちた魔石の回収や周辺の調査を行っていた。そんな様子をなんとなく眺めていた3人の元へと足音が近づいてくる。
「どうだ、新しい階層の感想は?」
やって来た神谷が3人に声をかける。しっかり相対した加藤と磯崎をよそに、桃山は先ほどパペットが出てきた穴を見つめながら眉根を寄せた。
「うーん、数の暴力って感じですねー。これを1人で抑えるのはちょっと無理かなー」
「同感じゃな。しかし1人で抑えるって発想が出てくることが儂には恐ろしいんじゃが」
「集団でも厳しいですよ。被害なく抑えるにはかなり工夫がいりますね。今回は俺も死にましたし」
3人の意見を聞いた神谷がその視線を先ほどまでパペットが出てきていた穴へと向ける。この階層へと降りる階段から最も近い場所にある1つの穴へと。
そして神谷は小さく首を縦に振り、3人の頼もしい部下たちを見た。
「これからはこの階層を使用し、モンスターが地上へ氾濫してきた時の対応策を練ることになるだろう。その結果、これまでよりもずっとダンジョンに対する安全性は向上するはずだ。早期にそれを実現するためにも、力を尽くしてくれ」
「「「はい!」」」
声をそろえ返事をした3人に向けて神谷がうなずきを返す。そしてもう一度穴へと視線をやり、すぐに階段へと向かって歩き始めた。決意を秘めたその背中へ向けて3人は誰からともなく敬礼した。
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