第195話 20万人達成
スミスたちの打ち合わせなど色々な前準備をしつつ構想を練ること10日。探索者たちを強くするためのチュートリアルは、始まるきっかけを待つだけの状態にすることが出来た。シミュレーションもさんざんしたし、一晩あれば十分に作成できる目途は立った。
「さて、いよいよ20万人だな」
「そうだな。今夜は忙しくなるだろうが楽しみだな」
「うむ、楽しみだ。明日のせんべいパーティがな」
タブレットの画面には隠し部屋でマットに依頼達成の報告をしている自衛隊の奴らが映っている。そこから視線を外してニヤリとした笑みを浮かべ、こちらを見上げて言ったセナのその言葉にがっくりと肩を落とす。結局セナが何を造ろうとしているかって問題の正解を出せなかったんだよな。
軍人が喜ぶチュートリアルってヒントと現在のダンジョンを取り巻く状況なんかを考えると、俺が造ったのと同じような強くなるためのチュートリアルで、もっと質の高いものかと思ったんだが違うって言われたし。まあ後で考えてみたら、働くのはパペットなんだしそんな訳ねえだろって自分でもわかったんだが。
他にも色々と案を出してみたんだけどなぁ。
「で、結局教えてくれねえのか?」
「うむ。出来てからのお楽しみだ。透は人形以外のことになると考えることを放棄することが多いからな。たまには最後まで考えてみろ」
「へいへい」
どうせ俺は人形以外は適当だよ、と多少やさぐれながら返事をすると、セナがふふっ、と小さく笑い柔らかい笑みを浮かべた。
「そうふて腐れるな。透が考えたチュートリアルの案はなかなか良いと思うぞ。それは透が考え続けたからこそ出たものだろう? そうやって考えるという経験を私は積んでほしいと思っている。それは将来、きっと透の役に立つだろうからな」
「セナ……」
こちらから視線を外し、顔を隠すようにうつむけさせながら話すセナのその言葉に胸がじーんと温かくなる。
そうか、なんか色々馬鹿にされたり、散々もったいづけられたりしていたが、セナは俺のためを思ってそんなことをしてくれていたのか。そう考えると、今までのセナの罵倒もありがたいと感じる……
ぱりっ、ぱりっ。
「……」
ぱりっ、ぱりっ、ごくっ。
「ふぅ、お茶はまだか?」
「てめえ、俺がせっかく感動して今までのことにも感謝しねえとな、とか考えてたのに、隠れてせんべい食ってんじゃねえよ! ちょっと待ってろ!」
「文句を言いつつもお茶を淹れに行くとは、やはり透は変わっているな」
立ち上がりお茶の用意を始めた俺にセナが苦笑し、そして新たなせんべいを食べ始める。お茶ならDPで出した方が断然早いが、今は自分の手で淹れたい気分だしな。多少の時間くらい待ってくれるだろ。
さっきの言葉がまるきり冗談のはずがねえ。セナが俺のことを考えて色々やってくれているのは確かなんだ。最後に茶化されたくらいで、全部なかったことにするかよ。
「遅いな。せんべいが無くなってしまうぞ」
「嘘だろ。お前、それ20枚くらい入ってたはずだよな」
「そうだな。しかし、ほらっ」
驚きを隠せない俺に、セナが手に持っていたせんべいの袋を逆さにして振って見せる。落ちてきたのは湿気取りのための白い袋だけで、割れたせんべいのひと欠片さえなかった。
マジかよ。食べたっていうような早さじゃねえぞ。むしろ吸収とかしてんじゃねえかって疑うレベルだ。レベル……、俺は人形師のレベルが上がって<人形修復>とか覚えたし、もしかしてセナもそんな感じで能力が増えた可能性もあるのか?
「セナって全身でせんべいを吸収出来る能力ってあったりしねえか?」
「そんなわけないだろうが」
「だよな。悪いがちょっと待っていてくれ。まだお湯も沸いてねえし」
「仕方ないな」
ふぅ、とため息を吐き、手に持った最後のせんべいを眺めながらセナが楽しげに待っている。そこから視線を外し、俺はお茶を淹れることに集中する。
いくらなんでもせんべいを吸収できる能力とかある訳がねえよな。なに馬鹿なことを考えてたん……
ちらっと横目で見たセナの手にあったせんべいが突然姿を消した。まるで本当に吸収されちまったかのように。
うん。俺は何も見なかった。さて、セナに感謝しながら茶を淹れてやらなくちゃな。
翌日の朝、警視庁本庁舎前にある初心者ダンジョンを覆うように建てられたビルには大勢の警官と自衛官が詰めかけていた。
これまでチュートリアルを新規に1万人受けさせるという依頼を達成して19回階層を広くし、その度に朝の7時から人員を導入して安全性の確認をしていた彼らではあるが、今朝はその表情を硬くしていた。
そんな彼らの前に1人の男が立つ。警視庁、ダンジョン対策部の部長である神谷だ。号令がかかりお互いに敬礼を交わすと、神谷は1度視線を全体へと向けてから話し始めた。
「皆さん、おはようございます。警視庁、ダンジョン対策部部長の神谷です。既に話を聞いているかと思いますが、昨日20万人にチュートリアルを受けさせるという依頼を達成した結果、ダンジョンに新たな機能が追加されているはずです。今までと違い階層の指定などがありませんでしたが、行うべきことは変わりません。変更点の発見、危険の確認及び調査、そして報告。これまで通りの徹底した確実な調査を期待します。以上」
再び号令がかかり敬礼を交わした神谷が皆の前から去ると、警官や自衛官たちが4人組の班に分かれてダンジョンへと入っていった。残されたのは変更点を発見した場合に追加の調査要員として派遣するために待機を命じられている者たちと、調査本部として報告された情報を取りまとめる者たちだけだ。そしてその場所には先ほど挨拶をした神谷の姿もあった。
パイプ椅子へと座る神谷が視線を感じ、苦笑しながらそちらへと顔を向けるとそこには不満を隠そうともしていない桃山の姿があった。
「なんで私が行っちゃダメなんですかー?」
「桃山の嬢ちゃんは調査に向いてないからじゃろ」
「加藤さんには聞いてませんー」
なんとかとりなそうとした加藤の発言をぴしゃりと封殺し、桃山は視線を投げかけ続ける。そのことに小さく嘆息し、神谷はどう言うべきかを考え始める。加藤の言葉は神谷の考えそのものだからだ。
確かに桃山は警視庁の中の最高戦力であることに疑いはない。「闘者」の称号を得ていることを考えれば、スキルを使わないという条件下であれば日本で最も強いと言えるかもしれない人材だ。
しかし気分屋で、自分の好きなことに関しては並々ならぬ情熱を注ぐものの、それから外れたこういった調査と言った地味な仕事には全く向いていない。護衛としては役立つかもしれないが、調査員としては不適格。それが桃山の評価だった。
加藤と同じことを伝えても桃山は納得しないだろうと結論付けた神谷は、方針を変える。
「今回は何が変わっているかわからない。その中には戦いに関するものもあるかもしれないぞ。当てもなく調査に向かうより、ここで待機して報告が上がり次第そちらへと向かった方が効率的だろう?」
さも当然のことのような顔で神谷は餌をぶら下げた。そんな言葉に桃山が食いつかないはずがなかった。
「あー、確かに関係ないところを調査していて無駄骨に終わるかもしれないですもんねー。わかりましたー」
あっさりと納得し、引き下がっていった桃山の後ろ姿を神谷は眺め、続いて視線の合った加藤に「しっかりと手綱を握っておいてくれ」と無言で伝える。そんな神谷の意図を理解した加藤は大きくため息を吐き肩を落としながらも桃山の後を追って歩き始めた。
しばらくして続々と報告が調査本部へともたらされた。そのほとんどは変化のないことの報告である。
しかし3か所大きな変化があったことが報告された。その場所は1階層の最初の部屋、4階層の『闘者の遊技場』に入る手前の待機部屋、そしてお茶会の会場だった。
それぞれの場所の変化の第一報を受け、一部のおかしな報告に眉間にしわを寄せながら神谷は決断を下した。
「桃山、1階層の最初の部屋に出来た階段から続く新たな階層の調査を応援してきてくれ」
「了解しましたー。ほらっ、行きますよー。加藤さん!」
「はぁ、仕方ないのぅ」
喜々とした顔で飛び出していった桃山と、それを追っていった加藤を始めとした応援の人員たちの背中に向けて、神谷が小さな声でぼそりと呟く。
「頼んだぞ。もしかしたらその階層は人類を救うキーになるのかもしれないのだからな」
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