第193話 パペットたちの職場
「あれっ、俺が今<人形修復>したパペットって交代要員じゃねえのか?」
「予備兵といったところだな。最大数の戦力は朝の段階で準備を終えている」
あー、そういえばセナはそう言う奴だったわ。基本的に手堅いんだよな、特に戦闘方面は。
俺たちの初心者ダンジョンの人形たちの働き方は倒されたらその日は休憩って感じだ。<人形修復>のクールタイムは1時間なので、最小の人数で回すのであれば1時間ごとに<人形修復>で復活させるってことも出来るんだが小分けに何度も<人形修復>するのは俺自身大変だし、何より倒されるくらい頑張った人形たちにはちゃんと休憩して欲しいしな。
そういう働き方をとっているので、人形たちの数は結構多い。ダンジョンが開いているのは朝の7時から深夜24時までの17時間。1階層と3階層に設置された召喚陣は30分ごとに起動するから1箇所につき最大34体のパペットが必要になるって計算だ。まあ倒されてなければ召喚陣は起動しねえから34体全員が働くってことは滅多にないはずだけどな。
最近は俺がミニミニ人形たちやその世界を造るのに集中していたせいで<人形修復>はセナに任せっきりだった。でも数が多すぎて修復が追いつかなくなり、不足した戦力分をセナが新規にパペットたちを召喚して補っていたって事だ。
でもこれから俺が<人形修復>をするようになれば、<人形修復>が追いつかないってこともなくなる。つまり1日の最大数以上に補充したパペットたちの働き場所がなくなるって訳だ。
「フィールド階層でも増やすか?」
「確かにそれも1つの手だな。4つのフィールド階層にもそろそろ飽きが来る頃だ。問題はどうやって増やすかということだが……」
「前に言ってたお茶会の会場の改造はどうだ? その目玉賞品にすればたぶん自衛隊と警察あたりが頑張ってくれると思うし」
「ふむ、フィールドの種類を選択できるようにしておけば、需要の高いフィールドを導入出来るか。そうだな、ある程度はそちらで働いてもらうとしよう」
「んっ、ある程度?」
含みを持たせたセナの言葉に、思わず聞き返す。俺と目が合ったセナが口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべた。あっ、そういうことか。
「セナ、お前もう案があるんだろ? っていうかパペットを増やしたのも実は計画的だろ」
「おお、そこに気づくとは透も成長したな。ザラメせんべいから落ちたザラメくらい人としての価値が上がったぞ」
「なんと言うか微妙な価値だな」
普通の奴が言ったのであればザラメの価値だと? 馬鹿にすんなよ、とでも怒りが沸いてきそうなものだが、セナなんだよなぁ。わざわざせんべいのザラメと言っているし、それなりの価値はあるはずだ。俺には全く伝わらねえけどな。
なんというか、もにょっとした気分になりつつ、目の前で自信満々の顔をしながら指を1本立てるセナを見つめる。
「さて、透。今後、一般の探索者が増えていくことが予想されるが、我々のダンジョンにとって問題となるのはなんだと思う? もちろんキャパなどの話ではないぞ」
「揉め事が増える、とかか? 今までは厳選された奴らが探索者になっていたようだけど、色々な奴が入ってくるようになればルールを守らない奴も出てくるだろうし」
「それはありえるな。以前のように真似キンを倒されたりするかもしれん。だが、それはそこまで問題ではない。<人形修復>で治すことが出来るし、違反者には罰を与えれば済む話だ」
確かに言われてみればその通りだ。「まあ面倒は増えるがな」と苦笑いしているセナが言う通り、手間はかかるが対処は十分可能な問題だ。普通の奴に倒されただけなら取り返しもつくしな。むしろ倒せない程度に<人形改造>で強化してやっても良いかもしれねえな。
基本的に俺のダンジョン内のことであれば対処が可能なんだよな。取り返しがつかないってなると必然的に他のダンジョン関係ってことになる。そう考えると……考えると……ダメだ。思いつかねえ。
探索者が増えたとしても、俺たちもキャパを増やしたから最初は初心者ダンジョンを使用して訓練するはずだ。俺たちのダンジョンの肝であるチュートリアルっていうアイデンティティーが失われることはねえ。その立場さえ確保できていれば安泰で、むしろ人が増えれば入ってくるDPも増えて万々歳じゃねえのか?
こちらをじっと見つめ俺の答えを待っているセナに、両手を挙げて応える。
「言い方からして他のダンジョン関係だとはわかったが、思いつかん」
「そうか? なかなかいい線までいっていたのだがな」
「いい線?」
「ああ、先ほど透は言っただろう。色々な奴が入ってくるようになると。その中には無茶無謀なことをする者もいるはずだ。そんな奴が他のダンジョンに入ったらどうなると思う?」
「まあ、遠からず死ぬよな」
「その通りだ。私たちとしてはそういった奴が増えるのは極力避けたい。他のダンジョンが力をつければ、邪魔な我々にちょっかいをかけてくる可能性も高くなるしな」
なんとなくセナの言わんとすることはわかったが、それを防ぐのってかなり難しくねえか? 俺たちの監視の目が行き届かない他のダンジョンで、そういった奴らが死ぬのを防ぐなんて無理だし。やるとしたら、このダンジョンにいる間にダンジョンの恐ろしさを味あわせて、無謀な行動をさせないようにするくらいだが、それにしたってなかなか難しそうだ。
「うーん。1日に何回死んだらペナルティみたいな感じにして、無茶な行動をするとしっぺ返しが来るぞって教訓にするか?」
「それも良いかもしれんな。だがそれでも止まらない奴は絶対にいる。だから逆に考えるんだ」
「逆?」
「うむ。自殺志願者のような奴らを止める必要はない。むしろ他のダンジョンへダメージを与えられる程度に強くなってもらえば良いのだ。それなら仮に死んでしまってもそれまでにそのダンジョンで倒されたモンスターにかかったDPでペイできるしな」
つまり死ぬのは止められないから、なるべくモンスターを倒させて他のダンジョンに利益が出ないようにしようって訳か。なんかヤクザで言うところの鉄砲玉を育てているような感じだな。
「他の探索者にとっても利益があるしな。無謀なことをしなくてもダンジョンの性質上、死の危険は必ずある。レベルが上がれば死亡確率は減るはずだ」
「確かにな。でもそんな施設作ったら自衛隊とか警察とかが独占しねえか?」
「可能性が無いとは言わんがそれもやりようだ。それに働くのはパペットだからな。ある一定のレベルを超えれば無用な施設になるだろう」
どうだ? とセナが伺うように見つめてくる。同意しても良いような気もするが、一応穴がないか考えよう。最近は結構試されたりするし、見抜けないと馬鹿にされるしな。
効率良くレベルを上げられる施設があれば、このダンジョンの需要はさらに高まるはずだ。探索者全体のレベルが上がれば、他のダンジョンの不利になることはあれど俺たちにとってはそこまでじゃない。かかる経費も破格の1体あたり1DPだしな。
それをどうチュートリアルに落とし込むかってのと、警察とかに独占されない仕組み造りか。簡単じゃねえが無理ではない、よな?
「うん、なんとかなりそうだな」
「ふふっ、しっかり考えたようだな。良い傾向だぞ。では透はパペット6万体を有効活用してその仕組みを考えてくれ」
柔らかい笑みを見せ、珍しく俺のことを素直に褒めたセナの言葉に驚き、少しの間固まる。そして自然に笑みが浮かんでくるのを自覚しながら、さてどんな感じにするのが良いかと新たなチュートリアルの構想を練ろうとしたところで、ふと先ほどのセナの言葉の違和感に気づいた。
「あれっ、セナは一緒に考えねえのか?」
そう、セナは先ほど言っていた。透はと。まるで自分は考えないと示すかのように。
「ああ、私は私で考えがあってな。新たなチュートリアルを1つ造る予定なのだ。軍人なら喉から手が出るほど渇望するであろう、そんなチュートリアルをな。だからそちらは任せたぞ」
「了解。でも何を造るつもりなんだ?」
「さてな。自分で考えることだ。ちなみに完成までに当てられなかったら、完成祝いがまるっと1日せんべいパーティーに決定するからな」
「それ、いつものセナの生活と何か変わってるか?」
なんというかセナは毎日せんべいパーティーしているようなもんだし、ほとんど変わらねえだろ。そんな風に考えながら苦笑いした俺を、セナがふっ、と鼻で笑った。
「ちなみに朝食はククが目の前で焼いてくれるこだわりせんべい30種から始まり、メインディッシュは透の顔が隠れるほどのわらじせんべいだ。もちろんデザートもあるぞ」
「デザートってせんべいだろ! って言うかいきなりF1みたいなスタートきろうとすんじゃねえ!」
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