第192話 成長の証
さて、頑張って<人形修復>しますかね、と気合を入れたんだが、拡張されていたコアルーム手前の人形たちの待機部屋に行って実際に始めてみると俺自身の想定と全く違う結果になった。
いつも通りモールド、つまり倒されちまったパペットたちの型を頭の中で並べていき、そこに魂が入っていって修復される様子をイメージする。今まで何度も繰り返し行ってきたから、迷いなど一切ない。
「<人形修復>」
イメージが固まった瞬間にそう呟くと、俺の目の前に淡い光に包まれたパペットたちが現れた。その数300体。こちらを見ながら待機しているパペットたちに適当にこの部屋で過ごすように伝え、去っていくその姿を眺めながらふぅ、と息を吐く。
「うーん」
視線を下げ、自分の両手を見るが特に変わったところは無い。だが……
「ちょっと試してみるか」
胸の内にわいた予感を確信に変えるため、俺は色々と試行錯誤しながら<人形修復>を続けていった。
「んっ、どうした。休憩か?」
コアルームに戻ってきた俺にせんべい丸の上でだらけていたセナが声をかけてくる。そちらへと足を向け、セナの隣に腰を下ろしてあぐらをかく。
「休憩と言うか、<人形修復>が終わったんだけどな」
「はぁ? 10万体だぞ。こんな短時間で終わったと言うのか?」
俺の言葉にセナがタブレットを操作して<人形修復>のリストを表示する。そこにずらっと並んでいたはずのパペットの文字は既にな……あっ、俺が帰って来るまでに倒されちまったようでリストにあがっているが、もちろん数体だけだ。ほんの2時間前に表示されていたリストはきれいさっぱりと消えていた。
セナが驚きに目を見張り、そしてこちらを向いたので、だろっとばかりに首を縦に振る。
「どんな魔法を使ったのだ? タブレットを使ったわけではないよな」
「もちろんだ。そんなの人形たちに失礼だろ」
「では、どうやって?」
「うーん。なんか調子が良かったんだよな。一度に<人形修復>出来る数も1,500体まで増えたし、何よりあんま疲れねえし」
セナが腕組みをしながら考え始める。まあそりゃそうだよな。俺自身、なんでこんなことになったのかわかんねえし。
俺の<人形修復>の限界は今までは300体だった。いや、それ以上数を増やすことも出来たんだが、あんまり増やし過ぎると滅茶苦茶疲れるので結局効率が落ちてしまって意味がなかったんだ。人形たちに感謝しつつ最も効率の良く一括修復出来る数が300体だったってことだな。
でもさっき<人形修復>してみて、俺は違和感を覚えた。300体の<人形修復>が最も効率が良いとは言ってもそれなりに疲れはあったんだ。しかし今回はそれが全く感じられなかった。
その違和感を確かめるために頭の中でイメージするモールドの数を10ずつ増やしていった結果、最終的に1,500体同時に<人形修復>出来ちまったんだよな。流石に1,500体同時はかなり疲れたので、この辺が限界なんだろうが。
「もしかして人形師のレベルが上がったのではないか?」
「レベル? あぁ、そんなのあったな。さっぱり忘れてたわ」
こちらに向かって差し出されたタブレットを受けとり、操作していく。うーん、普段確認することなんて全くねえから、どこにあったっけな。一応レベルアップする時には頭の中で声が響くんだが、人形造りとかで集中している時は気づかねえし。
「強くなることに執着しているアスナ辺りが聞いたら怒り狂いそうだな」
「ははっ、かもな」
操作にまごつく俺を呆れたようにセナが見てくる。確かにセナの言う通りアスナに知られたら一悶着ありそうだと、自然と苦笑いが浮かんだ。
アスナが積極的にダンジョンに入っているのは、あいつが戦闘狂だからってだけじゃなくて、そこでDPを稼いでレベルを上げるためだしな。ダンジョンマスターのレベルはクラスに関する経験を積むことだけじゃなくて、DPでも上げられる。だから稼いだDPのほとんどをアスナは自分が強くなるためにつぎ込んでいて、そのせいでラックは苦労しているんだよな。可哀想に。
あれっ、そう考えるとDPを使ってレベルを上げることも無く、無駄遣いをしているわけでも無い俺って、かなり良い感じのダンジョンマスターなんじゃねえか? まあ、比較対象が1人しかいねえけど。
「おっ。あった、あった」
ようやく目的の画面を見つけ、久しぶりに自分のレベルを確認してみる。うん、確かにレベルは上がっている。前に見たのがかなり前だから当然なんだが、逆に言えば最近レベルが上がったおかげで<人形修復>が多く出来るようになったのかは判断できねえな。
「うーん。久しぶりすぎていつレベルアップしたのか判断つかねえな。まあ、別に困ることでもねえし、いいだろ」
「自分の成長を把握することは大事だぞ。明確な数字として表れる指標があるならなおさらだ」
「それは<人形修復>の出来る数で把握できるだろ」
「……まあな」
しぶしぶと言った感じでセナが引き下がる。成長具合を測るだけなら別にレベルにこだわる必要はねえしな。人形師の場合、レベルが上がったからと言ってアスナのように身体能力が高くなったりするわけでもないようだし。
それならそんなレベルなんて気にせず、他の人形造りなんかにDPを使った方が良いだろ。<人形修復>は毎日絶対にしなきゃならないから、把握もしやすいしな。
「タブレットを使えば一括で出来るんだがな」
「それじゃ意味がねえからな」
「ふぅ……仕方のない奴だ」
ため息を吐いたセナが小さく笑う。確かに効率面で考えれば、タブレットで一括修復するのが最も早くて簡単だ。俺が一度に修復できる数がどれだけ増えようが、それには敵わねえからな。
でも人形師としてそれはしちゃ駄目だよな。そのクラスに誇りを持っているならなおさら。
「まあ良い。それよりこっちはどういうことだ?」
「こっち?」
セナが指差した先を見ると<人形修復>や<人形改造>と言った俺が人形師として出来ることが並んでいた。そしてその一番下に<人形世界創造>と表示されている。しかし他の表示が白文字なのに対して、その<人形世界創造>だけは薄暗くなっていた。
この感じには見覚えがある。<人形修復>のクールタイムの時の表示と全く一緒だから当たり前だが。
ぽちっと触ってみるが特に反応はない。何度か触っても何も起こらないので一番上の<人形修復>を試しに押してみると、<人形修復>の画面に切り替わった。
「うーん、今は使えないみたいだな」
「<人形世界創造>か。透がテートたちの世界を造ったように、人形の世界を創造できるスキルだろうな。しかし今は使えない。……なぁ、透。もし今もう一度人形の世界を造ってくれと言われたら無理そうか?」
「いや、たぶんできると思うぞ。世界を構成する舞台とか人形たちがいればっていう前提だけどよ」
「ふむ」
<人形修復>の場合、クールタイム中に<人形修復>しようとしても無理だってわかるしな。なんて表現したら適確なのかわかんねえけど、「今は休憩中だからちょっと無理」って人形たちに言われてる感じで魂が動かせねえんだよな。
でも今のところ人形の世界を今すぐ造れって言われても無理な感じはしない。まあ人形とか舞台とかが揃っていないからそもそも無理なんだけどよ。
「もしかしたら本来はもっと高いレベルで覚えるものなのかもしれんな。透の場合、自力で行ったから出来たがタブレットについてはそのレベルまで制限がかかっているのかもしれん」
「ふーん。まあ、なんでも良いけどな。そもそも俺はあんまりタブレット使わねえし。人形の世界も自力で造れるなら問題ねえだろ」
「問題が無いわけではないが仕方ないな。そうそう。とりあえずミニミニ人形たちは情報部で訓練中だ。情報を持ち帰るには、それなりの知識が必要だからな。ダンジョン内で実地訓練もすると言っていたから外に出るのは少し先になりそうだ」
「了解。じゃあしばらくは待ちだな」
それじゃあセナが拡張してくれていたダンジョンの内部の把握でもするか、と気楽に考えていたんだが、セナは真剣な表情で俺を見ながら首を横に振った。
「残念だがまだ問題はある」
「えっ?」
「パペット10万体の働く場所をどうするのか、という問題だ」
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