第190話 人形の世界の創造
テートの了承も得られたことだし、早速準備に取り掛からねえとな。まずはミニミニ人形たちへ命を吹き込まねえと。
「なあ、セナ。どの程度のDPにする?」
「そうだな。現状ならとりあえず5万程度で良いのではないか。以前の2万DP程度だったリアでもダンジョンで普通に戦えていたしな。問題はないだろう」
「そんなもんか」
死んで消滅しちまうことを防ぐために人形たちの世界を造ろうとしている訳だしな。死ぬ確率を減らすのは当然だ。とは言えあんまDPをかけすぎると出る時にかかるDPのせいで破産しかねないしな。
うーん、せめて出る時にかかるDPが1回限りならかなりのDPをかけた人形を放っても良いんだけどな。情報を持ち帰るために何回も出入りすることを考えると、出るたびに半分のDPがかかるって制約がキツすぎる。まあ、文句を言っても仕方ねえんだけどよ。
セナの言う通り昔のリアよりも多くのDPをかければ早々に死ぬなんてことはねえだろ。やられちまうことが多いなら、もっと強い奴をダンジョンに向かわせるようにすれば良いしな。
「んじゃ、やっていきますかね」
「透、あちらは良いのか?」
あぐらをかき、いつもの姿勢になった俺へ、セナが自分の後ろを見ろとばかりにこちらを見たまま親指で背後を指差す。
「正妻の私は、ショウちゃんと一緒にダンジョンを見守る。側室は外で頑張ってせいぜいアピールするのが良いと思う」
「誰が側室ですって! わたくしがショウちゃん様の正妻ですわ。この均整のとれた体、品のある仕草を見なさい。貴女なんてただの寸胴ではありませんの!」
背後に龍と虎の幻影を背負いながら正妻争いをしているミソノちゃんとテートをしばらく眺め、そして視線をセナへと戻してコクリとうなずく。
「ほっとけ」
「うむ、そうだな。ショウちゃんは誰かと違って甲斐性があるから、そのうち何とかするだろう」
「ほっとけ!」
ニヤリとした笑みを浮かべ離れていくセナの背中に突っ込んでおく。女にモテる=甲斐性があるって訳じゃねえだろ。俺だって人形の面倒はかなり見ているしな。女っ気が無いのはダンジョンマスターだし仕方ねえんだ。
それに俺だって女で知ってる奴がいないって訳じゃねえし。アスナに桃山に、後は……あっ、凛もいたな。他にも自衛隊や警察にもいるし、探索者の中にも数は少ないけどいる。ほらっ、問題ない。
とりなされて言い争いを辞め、それを成したショウちゃんにしなだれかかるようにして両脇に控えたミソノちゃんとテートの姿を見ると負けた気分になるが、問題ないったら問題ねえんだよ!
よしっ、気を取り直してやるぞ!
ミニミニゴーレムを1体ピンセットで摘まみ、そして慎重に掌の上へと乗せる。目を閉じ、そしてイメージを広げる。この小さな世界で生きるこいつのためだけのイメージを。
「<人形創造>」
目を開き、そして口に出した言葉と共にミニミニゴーレムへと命が吹き込まれていく。これまで幾度となく<人形創造>を行ったが、この瞬間の素晴らしさだけは全く色あせない。
寝転んでいたミニミニゴーレムが立ち上がり、片腕を曲げて頭へとつけて敬礼をしてくる。凛々しいと言うよりも可愛らしいその動作に思わず笑みが浮かぶ。
「よし、変な所はねえよな。ならちょっと城壁に擬態しておいてくれ。他の奴らにも命を吹き込むからよ」
俺の言葉に再び敬礼で返したミニミニゴーレムがピョーンと1メートル以上跳ねて、先ほどまで自分が居た場所の近くへと着地する。かけたDPからわかってはいたが、やっぱかなりの身体能力だ。
そして、俺の言葉の通り城壁へと擬態する。
「おおー! すげえな」
その擬態に思わず感嘆の声が漏れた。
俺が作り上げた世界でも確かにミニミニゴーレムを使って城壁を造っていた。でもやっぱ人形の姿をしているからどうしても細部に隙間とかが空いちまってたんだよな。でも、命を吹き込んだミニミニゴーレムが擬態した城壁は完璧だ。隙間なんて見えねえし、しかも城壁の上に歩けそうな通路まで造ってやがる。
やばい、テンションが上がってきた! 早く命を吹き込んでこの世界を完成させねえと。
「よし、やってやるぜ!」
心躍らせながら、俺はミニミニ人形たちへと命を吹き込んでいったのだった。
今回の小さな人形たちの世界を彩るミニミニ人形たちは合計で250体。その全てに命を吹き込むのはなかなかに大変だった。体力、精神力共にかなり消耗したしな。こんなに連続して<人形創造>することなんて今までなかったし。
とは言え、目の前に広がる光景を見ればその甲斐もあったってもんだけどな。
俺の目の前の作業台の上に広がる小さな人形たちの世界は、当初よりはるかに完成度を増していた。城壁や建物兼女王の椅子になったミニミニゴーレムは言うに及ばす、そこで生活しているウェアシリーズやオカミさんシリーズたちも型から抜け出て生き生きと動いている。正に人形たちの小さな世界がそこに出来上がっていた。
で、最後は……
「テート、準備は良いか?」
「わたくしはいつでも。しかし少しは休んだ方がよろしいのではなくて?」
「気にするな。この人形馬鹿はここまで来たら止まらん。むしろお預けされれば犬のように涎を垂らすぞ」
「いや、しねえから」
セナの言葉に若干テートが身を引き、気味の悪いものでも見るかのような視線で俺を見つめる。さすがに俺だって涎はたらさねえわ。そわそわはするだろうけどよ。
こつん、と余計な事を言いやがったセナの頭を軽く叩き、テートが座るべき椅子へと誘う。
「で、では」
戸惑いながら椅子へとテートが座る。やはり緊張しているのかどこか表情が硬い。うーん、ちょっとこれじゃあ駄目だな。しばらくしたら直るかと待ってみたが、少しはマシになったもののどこかぎこちない。
「どうした? やらないのか?」
痺れを切らしたセナが俺へと耳打ちしてくる。確かにこれ以上ただ待っても意味はなさそうだ。しかしこのまま世界を完成させるなんてありえねえ。中途半端に妥協するなんて、ここまでの苦労を全部水の泡にしちまうってことと一緒だし。
「テートの表情がな。俺のイメージと合わねえんだ。もっとこう優しげで、わが子を見守るって言うのか? そんな感じのイメージなんだよ。いきなりだったし、いったん今日は中止して気持ちを造ってから……」
「ふむ。なんだ、そんなことか」
「そんなことって……おい、セナ。何するつもりだ?」
俺の話を聞いたセナがテクテクと歩いてテートのそばへと近づいていく。そして何やらごそごそとした後、テートへと近寄り耳打ちをした。その次の瞬間、顔をボッとテートが赤くし、そして次第にその表情が優しげなものへと変わっていく。俺が理想としていた人形たちを慈しむようなものへと。
セナがこちらへとニヤリとした笑みを向け、そしてひらりと小さな世界から飛び降りた。さっさと始めろと言わんばかりの仕草に俺も気合を入れなおす。
さあ、想像しろ。生きる人形たちの世界を。この世界全てが俺の作品で、人形なのだと。人形師の仕事って奴を、最後にお膳立てしてくれた頼もしい相棒に見せつけてやるんだ。
「<人形創造>」
その瞬間、自分の頭へと何かが濁流のように流れ込んできた。その何かわからないものに塗りつぶされ、頭の中が真っ白になってしまいそうになりながらも、何とか頭の中の世界のイメージを維持し続ける。
「透!」
セナの焦ったような声が聞こえる。でもそれに構ってる余裕はねえ。世界を造りあげるんだ。
姿勢を変えないまま、目を閉じ集中し続ける。不思議なことに入って来たものに対する不快感はない。ただ量が多すぎて俺が受け入れる余裕がないって感じだ。現に俺のイメージを壊そうとしているような抵抗は感じねえ。
いや、むしろこれは……
少しずつ、俺のイメージした世界と、その何かが混ざり合っていく。そしてイメージはより強固に、そしてはっきりとした姿に変わっていく。
ああ、そうか。俺の中に入ってきたのは人形たちの心だ。それをイメージする世界へと繋ぐことで人形の世界は完成するんだ。
ほぼ全ての人形たちの心を世界へと繋ぎ、最後に残ったのはひと際大きな心の塊だった。間違いなくテートの物だ。それを優しく世界へと迎え入れてやる。温かな光に包まれた世界がその瞬間完成した。
目を開き、目の前の小さな世界へ向けて頭に浮かんだ言葉を発する。
「<人形世界創造>」
先ほどの頭のイメージと同じような、橙色の温かな光に小さな人形たちの世界が包まれる。とたんに体からごっそりと何かが抜け出したかのように、急激な疲労が俺に襲い掛かってきた。
座っていることすらできず、体が自然に後ろへと倒れていくのを感じつつ、俺は満足していた。きっと小さな人形たちの世界は出来上がったはずだ。
頭が床へとぶつかる直前、セナがそっと俺の頭を支えた。そしてゆっくりと床へと俺の頭をおろしていく。
「ありがとな、セナ」
「ふん。自分の力量もわきまえず、無茶のしすぎだ」
ふんっ、と鼻を鳴らしながらそっぽを向くその姿に素直じゃねえなと思い、でもこういうところがセナっぽいよなと考えて苦笑する。
途中に聞こえたセナの声はしっかり聞こえてたんだけどな。まあ、そこを突っ込むのは野暮ってもんだ。
セナの視線が小さな人形たちの世界へと向く。俺も視線だけ向けてみるがさすがに倒れたままじゃ見えねえか。
「成功したな」
「セナの協力もあったしな。そういや、テートになんて言ったんだ。いきなり雰囲気が変わったから驚いたぞ」
「ああ、この人形たちはお前の一部になる。つまりお前とショウちゃんの子供のようなものだ。頑張れよ、新米ママ。と激励しただけだ」
ああ、だからか。そりゃ、テートの雰囲気も変わるわ。愛する人との子供なんて言われれば愛しさが半端ねえだろうし。
「しかし、正確には俺の子供なんだけどな。まあ、良いか。このダンジョンの奴らは皆家族みたいなもんだしな」
「うむ」
机の裏側しか見えねえが、その先に広がっているであろう優しい世界が俺にはありありとわかる。笑いながら差し出した俺の拳へと小さなセナの拳がコツンと触れた。
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