第189話 女王の資質
俺のその言葉にテートがその金髪を揺らしながらコテンと首を傾げる。
「わたくしが女王? どういうことですの?」
「俺たちが今やろうとしていることは聞いているよな」
「ええ。ダンジョン外に出る人形たちが死なないように、その人形たちの世界を造っていると聞いていますわ。その世界の女王ということですの? なぜわたくしが、とお聞きしても?」
「ああ、もちろんだ」
困惑した表情を浮かべるテートに笑い返し、そして皆にミニミニ人形たちの世界の前に座るように促す。低い視点からその世界を見ると、また違った臨場感があるんだよな。
俺の目の前に情報部の3人が座ったのを見て、俺も腰をおろす。無言のまま訝しげな視線を隣に座ったセナが向けてくるが、ちょっと待ってろって。今、説明してやるからよ。
「セナとも話したが、基本的に外の情報についても情報部に管理をお願いする予定だ。つまりこいつらも情報部の所属になるってことだな」
「管理上、現在の情報部の誰かが上に立つべきという訳ですわね。でもそれならば、ショウちゃん様の方がふさわしいのではありませんの? 情報部のトップですし、その溢れ出るカリスマと優しき心に皆が心酔を……」
「ちょっと待て。これは建前だ。テートを選んだ本当の理由は別にある」
頬を赤く染め、チラチラと横に座る茶色の丸いせんべいであるショウちゃんへと、熱っぽい視線を送るテートの言葉を無理やり止める。このまま続けさせるとまずい予感しかしねえからな。具体的に言うとショウちゃんの魅力を延々と聞かされそうだ。
というか優しき心ってのはまだわからんでもねえけど、溢れ出るカリスマってどこだよ。ショウちゃんってセナが造ったフェルトのせんべい人形だぞ。百歩譲って可愛らしいとかはあるかもしれねえけど、カリスマって……。いや、でもミソノちゃんや他の情報部の面々もショウちゃんに心酔しているし、俺には理解できない魅力がきっとあるんだろうな。
くっ、人形に関しては結構自信があったんだが、俺もまだまだ努力が必要だってことか。
「おい、透。早く話を先に続けろ」
「んっ、おお! 悪いな、ちょっと別ごとに考えが行っちまってて」
セナがかけてきた声のおかげで、今自分が何をすべきかを思い出して苦笑いする。自然と握り締めていた拳を解き、こちらを見つめる真剣な6つの瞳に語りかけていく。
「テートにこの世界の女王になって欲しいと思った本当の理由は、俺の勘だな」
「勘、ですの?」
俺のその言葉に、テートがちょっと不満げに聞き返してくる。もっと明確な理由があるとでも思っていたんだろうな。確かに勘って言われれば適当に選んだみたいに思われるか。ちゃんとフォローしねえとな。
「俺の中でこの世界の女王ってのは、統治するっていうよりも小さな人形たちを見守る守護者っていうイメージなんだよ。新たにそんな人形を造るってことも考えたんだけど、その役目はお前の方がふさわしいって思ったんだ」
真剣にこちらを見つめるテートの姿を眺めながら、勘という不確かなものを確かな言葉へと変えていく。
「テートがフランスで生まれたのはおそらく1880年代後半。それから俺の所へとやってくるまで、きっと何人もの人の手に渡ってきたはずだ」
その言葉にテートがこくりと首を縦に振る。俺が<人形創造>する前の記憶はないらしいけど、テートを生み出したジュモーなんかの話は以前に聞かせたし、理解はしているんだろう。
「その間、テートは大切に扱われ、見守られてきたはずだ」
「そんな事、わかるはずがありませんわ! 私でさえ、覚えて……」
立ち上がったテートがキッと俺をにらみつけ、そして悲しそうに顔を歪ませながら俯いた。その姿にやっぱりか、という思いが浮かぶ。
テートがここに来たのはダンジョン内の言語問題を解決する方法を模索している時だった。そして<人形創造>により命を吹き込まれたテートはフランス語を話すことが出来た。命を吹き込まれる以前の記憶はないというのに、だ。そこに俺は引っかかっていたんだ。
本当に<人形創造>以前の記憶は全て消えちまうのか? そいつが人形として過ごしてきた日々は無かったことになっちまうのか? それが俺の望む<人形創造>のはずがねえ。人形師なら、その人形の歩んできた道さえも作品の一部だと考えるもんだろってな。
テートが俺に嘘をつく訳がないから、記憶がないって言うのは本当なんだろう。でも、全てが消えちまった訳じゃねえ。テートが過ごしてきた日々の中で培われていった何かは残っているはずだ。だからこそ、テートは今こんなにも悲しんでいるんだろうから。
そんな小さく震えるテートの肩を茶色のフェルト生地の腕が抱く。強引ではなく、そっと寄り添うようなその仕草はとても自然だった。
「ショウちゃん様……」
「……」
顔を上げたテートへとショウちゃんが小さくうなずいて返す。それだけでテートの肩の震えは止まり、その表情は幸せそうなものへと変わった。頬を赤く染めながら見つめるテートの姿は、正に恋する少女そのものだった。
うーん、なんだろう。カリスマって言うかジゴロって気がするのは俺だけか? いや、そう言うのは良くわかんねえから何とも言えねえんだけど。いつの間にか手まで握ってやがるし。
ショウちゃんのおかげでもうテートのケアは大丈夫な気がするが、まあ一応説明を続けておこう。少なくとも無駄にはならねえだろうしな。
「で、大切にされていたってわかる理由だけどな、テートの姿を見れば一目瞭然なんだよな。人形ってのは何もしなくても劣化するんだよ。倉庫などにしまわれていて保存状態が良いって物が無いわけじゃねえけど、少なくともテートは違う。なんて言うか、温みがある姿をしてるだろ」
服も正規品ではなく、テートの為に特注された物だし、その姿にしても、人形師によってクリーニングを受けて綺麗になったんだろうなっていう痕跡がそこかしこに見えるからな。もしかしたら子供にやんちゃに扱われた時期もあったのかもしれねえな。
「そんな訳で、テートが大切に扱われてきたのは確かだ。そしてお前もきっと大切に見守ってきたと思うんだよ。テートの持ち主たちの成長をな」
人形ってのは一般的にはずっと遊ばれるもんじゃねえってのは俺もわかっている。アンティークとして扱われる以前は、きっとテートは子供の成長を見守り、そしてまた次の子供の成長を見守り過ごしてきたんだろう。
ハッとした顔するテートに笑いかけ、そして目の前の小さな世界へと視線を向ける。
「だからこいつらの事を、世界を見守ってくれないか?」
「……」
テートが俺の視線を追い、そして迷うように眉を寄せた。そんなテートの背中をショウちゃんが軽く押す。少し驚いた様子でショウちゃんを見つめたテートは、再び小さな人形たちの世界へと視線を向けそして愛おしそうに微笑んだ。
「わかりましたわ。わたくしにどれほどの事が出来るかはわかりませんが、ショウちゃん様の妻として恥じぬよう、女王を務めさせていただきます」
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