第188話 最後のピース
「ふはははは、出来た。出来たぞ!」
出来上がった情景を前にテンションが振り切れて高笑いが自然と出てくる。物置部屋には自分しかいないから問題ねえがセナに見られたら何言われるかわかったもんじゃねえな、とは心の中の冷静な部分で思うが笑いは止まらない。毎日20時間近く、3週間かけた大作が出来上がったんだから仕方ねえだろ。
「まあ、当初の予定とはちょっと変わっちまったけどな」
くくっ、と小さく笑いながら息を吹きかけないように注意しつつ、完成したミニミニ人形たちの世界を眺める。
当初の予定では人形たちが働く城を造ろうと思っていた。もちろんそれでも良かったんだが、着々と出来上がっていく世界を見ていて妄想が広がって行ったのだ。
水草を生やした上に透明なエポキシ樹脂を薄く着色し、その色を変えつつ何度も流し込みそして最後に波を描いた小川は光を反射し流れの速さを感じさせるし、ドライフラワーを利用して細い枝を切り挿しして枝ぶりを調整し、塗装と木の葉用のパウダーによって作り上げた木は我ながら本物そっくりだ。
庭の大部分を占める芝の地面は静電気によって立ち上がらせて自然さを表現し、小さなブロックで囲まれた花壇に咲き誇る色とりどりの花々は均一にならないように筆入れをしている。
それらに隠されてちらっとしか見えない地面も、数種類のパウダーを混ぜてたものを振り掛けたし、木々に囲まれた散歩に最適そうな小道には落ち葉や草によって周りと溶け込むような一体感を出せた。
着々と庭部分が出来上がっていき、そしてそこにミニミニ人形たちが並んでいく。そしていざ、本命の城へと取りかかろうとした時に思ってしまったのだ。
もったいねえなって。
確かにここで城を造っちまえば1つの世界として成立する。でも逆に言えばそれで完結しちまうって事でもあるんだ。
それに、普通の城を造るってことはその大きさに合わせた小さな人形が王様なりになるわけだ。それじゃあミニミニ人形たちと個性が被っちまう。同じような人形だけで構成された世界も悪くはねえけど、折角ならその小ささが際立つような組み合わせは出来ねえかってな。
そして思いついたんだ。大きな人形の女王様が治める小さな人形たちの国ってことにすれば全部の問題が解決するかもしれねえと。
今造っている世界はその中の1つの世界であり、他にもミニミニ人形たちの住む街の風景の世界なんかもあるんだ。いわゆるシリーズものみたいな扱いだな。大きな人形の女王様がその世界に入ることでミニミニ人形たちの個性は際立つし、独特の世界観も広がっていく。
そして俺は城づくりをやめ、方向を転換した。とは言えただ単に大きな人形を立たせるだけじゃあ興ざめだ。せっかく作り上げた庭も台無しだしな。
俺が小高い丘の上に作り上げたのは四角形の武骨な砦だ。この世界にいるミニミニ人形たちの住居と言う設定であり、そして大きな人形が座る椅子でもある。この住居兼椅子に座りながら女王様がミニミニ人形たちの働きを眺めているって情景が浮かんだからだ。
そしてその世界はほぼ完成した。城壁に擬態しているミニミニゴーレムたち、そして庭でおもいおもいに活動しているウェアシリーズたちやオカミさんシリーズたち。そしてそれらを見守る最後のピースを埋めるため、俺は立ち上がる。
深夜0時過ぎか。ちょうど良い時間だな。
少しふらふらとした足取りでコアルームへと向かうと、そこには俺の予想通りの光景が広がっていた。
「今日の報告は以上ですわ」
「資料はこっちにまとめてある」
「わかった。ご苦労だったな」
コアルームにいたのは4人。セナ、ショウちゃん、ミソノちゃん、そしてテートだ。セナがいるのはいつも通りだが、他の3人についてもこの時間に居るってのは知っている。まあ時間が時間なだけに俺が直接会うってことはあんまりねえんだが。
ダンジョンが閉まった後、ショウちゃんたち3人は毎日コアルームに来て今日のダンジョン内での情報収集の結果をセナに報告しているんだ。まあ情報部の仕事って訳だな。
「さも自分が有能かのような話し方でショウちゃんにアピールする女狐は厚顔無恥だと思う」
「あなたも、さも自分が全ての資料を作ったかのようにアピールするのはやめてくださる? その資料には私が作った物も含まれていますのよ」
「「むぐぐぐぐ」」
なんかショウちゃんを巡る女の争いが勃発している気がするが、まあ良いか。そのうちショウちゃんが収めるだろうしな。
この報告を聞く機会の少ない俺だが、ほぼ100%の割合でミソノちゃんとテートは争っている。暴力的とか陰湿とかじゃなくって、自らを良く見せようと張り合っている感じなので問題はねえだろう。まあ毎日この争いを見せられているセナにはご苦労さんとしか言いようがねえが。
「むっ、透か」
「おう、お疲れ。ショウちゃんたちも監視と報告ありがとうな」
セナがこちらへと気づき視線を向け、そしてそれにつられてこちらを見たショウちゃんたちが頭を下げたので、手を上げながら軽く応えて労いの言葉をかけておく。情報部が無ければこんなに集中して人形造りに励むことなんて出来ないしな。
「それで、こんな時間にここに来たと言うことは……」
「ああ、完成したぞ」
問いかけの途中でセナが作った溜めに続けて報告をすると、セナの顔に笑みが浮かんだ。食事の時間とかに途中経過とかは随時報告していたし、今日の夕食の時間には完成間近ということも話している。でも、俺の邪魔をしないためにと言ってセナは頑なに物置部屋には来なかったから完成した人形の世界を見るのは初めてになる。それが見られるってのが楽しみなんだろう。
「では、仕上げを見に行くか。3人とも帰って休んで良いぞ。ご苦労だったな」
「……」
「じゃあ」
「失礼いたしますわ」
セナに言葉をかけられたショウちゃんたちが挨拶をし、そして情報部に続く扉へと向かおうと体の向きを変えた。その背中へと俺は声をかける。
「悪いが3人も来てくれないか?」
「んっ? あぁ、確かに外の情報も将来的には情報部で取り扱うことになるからな。それに立ち会うのも悪くないか。透もなかなか気が利くようになったな」
「まあな。それに最後のピースでもあるからな」
「?」
疑問符を浮かべるセナに小さく笑い返し、そして何も答えずに物置部屋へと向かって歩き出す。4人の小さな足音が俺の後に続き、そして物置小屋の作業台の上に置かれたミニミニ人形たちの世界の前で止まる。
「こいつらがこれから外で情報収集の任務にあたってくれるミニミニ人形たち、そしてその世界だ」
「ほう、かなり様変わりしたな。なかなか良い出来ではないか」
素直に褒めるセナの言葉に口の端が上がるのを感じつつ、4人が人形たちを眺めるのを見守る。そして俺の視線は次第に1人に固定されていく。興味深そうに人形たちを眺めるその姿は、俺のイメージとぴったりと重なっていた。
「では完成したことだし、さっそく本当に透の勘が当たるのか試してみるとするか?」
「いや、実はまだ完成って訳じゃねえんだ。最後のピースがこの世界には抜けているからな」
「最後のピース?」
聞き返してきたセナにコクリと首を縦に振って返し、そして視線の先を変える。
「なあ、テート。この世界の女王様になってくれねえか?」
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