第187話 残酷でない世界
少し遅れました。すみません。
「何を言っているんだ?」
意味がわからないと丸わかりの表情でセナが聞き返してくる。まあ、そうだよな。俺だってついさっきまでは、何を犠牲にするかってことばかり考えてたし。
でも今は違う。なんでなのかわかんねえけど、確信めいた予感があるんだ。この方法なら誰も犠牲になることなんてねえって予感が。
あー、でもまだまだ色々と足りねえし、鍵となる人形のイメージもあやふやだ。すぐに解決って訳にはいかねえな。とりあえずはミニミニゴーレムを量産するところから開始するか。一番人数がいるだろうし。小物造りで息抜きも出来るし、造っている間に鍵の人形のイメージも固まるだろ。
「という訳で、俺は人形を造ってくるわ」
「ちょっと待て!」
「ぐえっ、何すんだ!」
さっそく人形を造りに行こうときびすを返したところで、後ろから服の襟を強く引っ張られて首が絞まる。すぐに止まったから良かったものの一瞬だが完全に息が止まったぞ。
少し咳き込みながら振り返って諸悪の根源であるセナを見つめる。
「蛙が潰れたような鳴き声だな」
「うっさいわ!」
「まあそれはどうでも良いとして、透は何をしようとしているんだ?」
「お前なぁ」
ふいっと顔を逸らして、俺の非難を軽くかわしたセナにちょっとイラっとしたが、そう言えば事情を説明していなかったことに気づいて言葉を止める。確かに思わせぶりなことを言ったのは俺だしな。
ふぅ、と息を吐いて気をとりなおし、腕組みをしながらこちらを見つめるセナに事情を説明していく。
「今回の問題は、結局人形たちが他のダンジョンの奴らに倒されちまった時に復活できないってのがネックになってる。復活できない理由はおそらく全部のDPが吸収されちまうから。ここまでは良いよな」
「ああ」
「逆に言えば、少しでもDPが残れば復活できる可能性があるってことだ」
「しかし、それは無理だと検証でも……」
否定の言葉を口にするセナへ手を向けて、続きの言葉を遮る。確かに今回の検証結果だけを見ればその通りだよな。ダンジョンマスターに関連する検証はことごとく復活に失敗してるんだし。
おそらく他のダンジョンに倒されちまった場合、どれだけDPをつぎ込もうとも全て吸収されちまうんだろう。だから全く違うアプローチが必要なんだ。吸収されないような繋がりがよ。
「人形師の仕事ってのは人形を造るだけじゃねえんだ。人形が生きる世界そのものを造ることも出来るんだよ」
「何を言って……まさか!?」
俺の視線を追ったセナが声をあげる。俺たちの視線の先にあるのは試作人形たちの置き場所。まだ不完全で、どこか歪な、でもどこか愛嬌を感じる小さな人形たちの箱庭だ。
「各人形を<人形創造>した上で、その人形の世界そのものを造りあげて創造する。これなら外に出た人形が倒されたとしても、人形の世界の住人としての繋がりは残るはずだ」
「そんなことが可能なのか?」
「さあな。でも俺は人形師だ。それくらい出来なきゃ、人形師なんて名乗る資格はねえよ。それに俺の直感も出来るって言ってるしな」
「直感か」
そう言いながらセナが苦笑いを浮かべる。確かにそれでうまくいくなんて保証はどこにもないし、セナがそんな表情をするのも仕方ないかもしれねえ。それでも、俺は直感を信じて進んでやる。
そんな決意を固める俺を見つめていたセナが小さく息を吐き、そして微笑んだ。その想定外のリアクションに思わず固まる。
「まあ人形に関しての透の直感は捨てたものではないからな。信じてみるか」
信じてみる?
セナが?
なんの根拠もない俺の直感を?
頭の中でそんな言葉がぐるぐると回る。仕方のない奴だとでも言わんばかりの優しい目で俺を見つめるセナを見返す。そして俺の口から出た言葉は……
「熱でもあるのか? 食欲は? せんべいでも食べるか?」
「ほう、どういう意味だ?」
「いや、セナが俺の直感を全面的に信じるなんてありえねえだろ。俺が人形造りにばっか集中してダンジョンの管理を任せっきりにしちまったから疲れが溜まっちまったのかもな。とりあえず、俺は人形の構想を練りながらダンジョンの監視してるから、ちょっと休んで……」
「このど阿呆が!!」
セナの姿が消えたと思った瞬間、強烈な衝撃がみぞおちを突き抜け、俺は体をくの字に曲げながら地面へと倒れ込んだ。滅茶苦茶痛いのに、体が動かねえ。っていうか呼吸、呼吸が出来ねえんだけど。
頬に床の冷たさを感じつつ、なんとか視線を上げ目の前に仁王立ちするセナを見つめる。
「やはり透の勘など当てにはならんな。その上、床に寝転んだまま人の話を聞こうとするとは、失礼にも程がある」
「こ……れは、お……ま、えの……」
「さて、せんべいでも食べるかな。誰かのせいで疲れてしまったしな」
わざとらしくアクセントをつけ、セナが歩み去っていく。俺はかろうじて出来るようになった浅い呼吸をしながら、その後ろ姿を床に倒れたまま見送った。
何というか最後がちょっと締まらなかったが、セナも賛成してくれたので俺は人形の世界を造っていくことに決めた。今まで造ってきた試作人形たちでその世界の大まかなイメージは出来ていた。
俺が造るのは、お城で小さな人形たちが楽しげに働く世界だ。ミニミニゴーレムたちが擬態して守る城壁の中で、糸人形のウェアシリーズや髪人形のオカミさんシリーズたちが仕事をしたり、お茶会をしたり、さぼったりしている、そんな世界だな。
とりあえず人形の大きさなどについてはセナのお墨付きが出たので、小さくする方向性の努力をやめて現状を維持したまま、いかに早く、それでいて精巧に造れるかって方向に俺は舵を切った。
まあそれでミニミニ人形造りが滅茶苦茶早くなるかって言えばそうでもねえんだけどな。特に時間がかかるのがミニミニゴーレムだ。今俺が造っているサイズは俺の限界に近いしな。それでも縮小化へ創意工夫を凝らす必要がなくなった分と、慣れのおかげでそれなりにスピードは上がったが。
それと同時に進めたのが、お城を構成する様々な小道具作りだ。一応今までも気分転換にお茶会のテーブルセットなんかを造ってはいたのだが、それだけじゃあ寂しすぎる。と言うか現状、テーブルの上の白い板に人形たちが乗っているだけだしな。これじゃあ駄目だろ。
細々とした小道具を合間に造りつつ、ある程度の人形を造ったところで大休憩として地面と言うか地形にとりかかる。
ミニミニゴーレムたちを城壁として使うことを考えると、日本と言うより西洋風の城の方が自然だ。となると石畳……いや、配色から考えるとそれは悪手だ。うーん、人形たちが見つからないことを基準に造っているせいで地味になりがちだから、基本的に芝生とか花園、樹木なんか彩りのあるものを中心にを配置して通路部分を石畳にするってのが無難か。
「さてと、じゃ始めるか」
大体の方針が決まったので大まかな地形をイメージして頭の中で設計書を描いていく。実際に描き起こした方がわかりやすいし、確実かもしれねえけど応用の利きやすいこのスタイルがしっくりくるんだよな。
地形を造るには様々な種類の材料を使う必要があるんだが、その中でも最も基礎になるのは……
「やっぱ、スタイロだよな」
軽くて丈夫な青い板を机の上に載せて、少しにやける。
スタイロは押出し発泡ポリスチレンっていう材料の名前だ。名前だけ聞いてもほとんどの奴はわからないかもしれんが、実物を見れば知っていると言う奴も少なくないはずだ。住宅などの断熱材として有名だしな。
確かにスタイロの用途は断熱材だ。しかし人形とか、ジオラマ界隈では原型として使われたり、基礎として使われたりと多方面で活躍するすごく便利な材料でもある。
軽くて変形に強い割に、加工しやすいんだよな。まあ、普通のカッターだと真っ直ぐに切るだけでもコツがいるんだが、糸のこのような形の熱線カッターを使えば力もいらずに切れるし。
むしろ力を入れると熱線の方が切れたりするし、慣れてないと簡単に切れすぎて余計に削っちまうなんてことも……あれっ、意外と難しいような気がしてきたな。まあ、いっか。
そんな便利な材料のスタイロだが、そこそこの値段で買えるってのもありがたいんだよな。人形を造る費用って馬鹿にならねえし。
ダンジョンで素材を入手出来たり、スクロールを売ってもらった資金で思う存分材料が買える今の俺は滅茶苦茶恵まれてるんだ。
「よし、こんなもんだな」
しばらく熱線カッターでスタイロを切り続け、ある程度の形になったところで一息つく。ミニミニゴーレムの城壁の前後は平地が続き、そこから奥へ行くと少し登った丘があるっていう地形だ。
まだまだ修正点はあるが、大まかにイメージ通りにはなったな。と言うかこの上に粘土を貼るからこの程度で大丈夫なんだけど。
さて、続きをするかと考えたところで、腹がぐーと音を鳴らした。時計を見てみると既に午後の9時過ぎだ。このまま続けたい気持ちもあるが、律儀に待ってくれている奴がいるからな。
スタイロの切れ端をさっと片付けて、立ち上がる。さて、今日の晩飯はなんだろうな。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
7月から2日に1度投稿に戻す予定でしたが、ちょっと厳しそうですのでもうしばらく現状のまま投稿予定です。すみませんがよろしくお願いいたします。
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