第186話 検証の先の可能性
外に出した人形を生き返らせる事が出来るかという検証を始めてから1週間が経ち、先ほどアスナが再びダンジョンへとやって来たらしい。アスナが来る前に既に検証はしているので結果は半ば出ているようなものだが、確定はしてねえからな。もしかしたら何かあって俺たちの依頼を中止したって可能性もあるし。
アスナが来たことを伝えてくれたせんべい丸に、礼を言いつつ立ち上がってコアルームへと向かう。
突然部屋にせんべい丸が入ってきてよくわからん踊りを始めたから最初は邪魔しに来たのかとでも思ったんだが、なんとかその動きの意味が理解できてよかった。というか考えてみると踊る意味ってねえよな。いつもだって普通にコミュニケーション取れてるんだし。むしろ踊ったせいで理解するのが遅れたって言うか……あれっ?
「なあ、せんべい丸。踊る意味ってあったのか?」
「……」
前を歩くせんべい丸に問いかけるが当然返事はない。まあ話せないんだが、リアクションもないってのが不自然すぎる。じーっと眺めていると、コアルームの扉を開いたせんべい丸が脱兎のごとく駆け出した。
「あっ、おいっ!」
「……」
突然のことに手を伸ばしたまま固まる俺に向かって、せんべい丸は振り返り、まるでアメリカ人のごとく両腕を広げて肩をすくめやがった。そのリアクションは滅茶苦茶わかりやすい。そんなものあるわけ無いじゃないですかー、むしろあると思ってたんですかー? って感じだ。
この野郎、完全におちょくってやがるな。走るコースも余裕を見せるためか部屋の中央へと向かっている。そこからいつも通りの人形たちの待機部屋へと逃げるつもりなんだろう。
追いかけるために足に力を入れるが、最短距離で追ったとしても今からじゃあ間に合わねえだろう。さすがにセナを放置して待機部屋でせんべい丸と追いかけっこする状況じゃねえしな。コアルームにいる間に捕まえられれば、モニターを見ながらお仕置きも出来たんだが。
そんな風に半ば諦めていたんだが、その時部屋に変化が起こった。部屋の中央のコアが輝きだしたのだ。そして……
「んっ、なんだ? 邪魔だぞ」
「「……」」
先程まで俺を挑発しながら元気に逃げていたせんべい丸がベコッと言う鈍い音と共に地面で潰れている。その頭をぺっこり凹ませながら。言うまでもないが、転移で戻ってきたセナに蹴り飛ばされたからだ。体をぐったりと横たえたその姿は、試合を終えて燃え尽きたボクサーのように哀愁を漂わせていた。
飛び上がってせんべい丸に蹴りを入れたセナが音も立てずに着地する。そして小首をかしげながらこちらを見上げた。
「いきなり突っ込んできたから反射的に蹴り飛ばしてしまったが、何かあったのか?」
「……いや、なんでもねえよ」
DPでかなり強化されているはずのせんべい丸でさえ、この状況なのだ。もし俺があそこを走っていたら、という怖い想像がよぎりブルブルと頭を振ってそれを否定する。セナもせんべい丸だから遠慮せずに蹴ったんだろう。きっと俺だったら手加減してくれたはずだ。たとえ反射的だとしても。
でもコアルーム内は走らないように注意しよう。
「それより、アスナが来たんだろう」
「ああ、まあ結果は予想通りだったがな」
「そっか。やっぱ復活できねえか」
セナの答えに少しだけ気持ちが落ち込む。覚悟していたことなんだけど、やっぱりな。
アスナに頼んでいたのは初日の3つの検証だけじゃなくて、他にもいくつかの検証をお願いしていた。それは他のダンジョン内で倒されてしまった場合の検証だ。
他のダンジョン内での検証は3通り。探索者に倒された場合、モンスターに倒された場合、そしてアスナが倒した場合だ。レベルを得ていない人に倒された場合が抜けているが、現状ではダンジョン内にそんな奴は入れねえしな。
「一応、新たにわかったこともあるぞ。他のダンジョンでモンスターが倒された場合のDPの配分だ」
「配分?」
「うむ。アスナがダミーTF100を倒した時に入ってきたDPが90だったらしい。ダミーTF1000でも900だったそうだ。外で倒したときは全てのDPがアスナへと入ったらしいのだがな。そして外で探索者がダミーたちを倒したときは復活できたのに、ダンジョン内では出来なかったことを考えると1つの仮説が成り立つ」
言葉を止め、こちらをセナが見る。俺に言えってことか。まあここまでお膳立てされればさすがに俺でもわかるぞ。
「そのダンジョンが残りの1割を得ているってことだな」
「うむ。地代のようなものだな」
「地代って……」
いや、確かに言い得て妙なのかもしれんが、地代って言うとなんというかリアルに聞こえるな。ダンジョンって結構ファンタジーな存在のはずなんだが。
なんとなくもにょっとした気持ちになる俺をよそに、セナは全く気にした風もなく指を1本立てながら口を開いた。
「今回の検証のおかげで人形の復活の条件もある程度予想がついた。DPが残っているかどうかがキーになっているんだろう」
「普通の人が倒した場合はDPが一部残るが、ダンジョンマスターは完全にDPを吸収しちまうから無理って訳か」
「そうだな」
立てた指を振りながら小さくセナがうなずく。うーん、ちょっとややこしくなってきたし一旦頭を整理するか。
モンスターを召喚するにはDPを消費する。確証はねえが、そのDPを人が吸収することでレベルが上がるんだろう。しかし人が吸収できるDPは一部でしかなく、その余剰分の一部がドロップアイテムとして現れ、そして復活のキーになる残滓、と言うか人形の魂も残るって感じか。
ドロップアイテムを落とさないパペットの復活にかかるDPや、ドロップアイテムを確保できた場合に復活にかかるDPから考えて人が吸収出来るのは1割以下ってことか? 少ないような気もするが、そもそも仮説の仮説だし考えても意味はねえな。
それより重要なのはダンジョン内部で倒された時は復活出来ないってことだ。人が倒した時に残るはずの人形の魂さえ全てDPとして吸収されちまうんだ。くそったれめ。
「さて、透。ここで我々には2つの選択肢がある」
「2つ?」
「うむ。透の試作した人形を見る限り、よほどの不運でもなければ見つかることはないだろう。DPもそれなりにかけるつもりだしな」
セナが完成度の増してお城のようになっている試作人形置き場を眺めながら苦笑する。おぉ、結構苦労して試作を続けたからそれなりに自信はあったが、セナにそう言われるとそれが確信になるな。
嬉しさにちょっと頬を緩める俺とは対照的に、セナが笑みを消しピッと指を立てる。
「1つは他のダンジョンへの侵入を諦め、その他の情報収集に徹することだ。もちろん倒されてしまうリスクはあるがそれは低いし、復活も可能だ。ダンジョンマスター自らがふらふらと外を歩くような例外はアスナくらいだろうしな」
それは俺にとって魅力的な提案だ。今よりははるかに情報収集能力が上がる上にリスクも少ない。送り出した人形たちに危険な仕事をさせるってことに変わりはないが、それでも最後の一線はまず越えないはずだ。何事にも例外はあるがな。でも……
コクリとうなずいて返した俺を見ながら、セナが2本目の指を立てた。
「そしてもう1つは、死の危険を承知で他のダンジョンにも情報収集に行かせる選択だ」
「セナはどっちが……いや、何でもねえ」
口にしそうになった言葉を止め、目を閉じる。これは俺が決めるべきことだ。このダンジョンのマスターであり、人形師である俺自身が。
セナの思いなんて聞かなくてもわかる。ダンジョン内での情報収集を言い出したのはセナ自身だ。その危険性を十分過ぎるほど知っているのに、それでもそれが必要だとセナは判断したんだ。俺たちがこれからも平穏に生き残るためには欠かせないとな。
「無理をするな。私の造ったダミー人形でさえ消えるのがストレスなんだろう? 自分が心を込めて造った人形が消えた時、透は耐えられるのか?」
「それは……」
「この世界は残酷だが、生きてさえいればやりようはいくらでもある。私に任せておけ」
目を開いた俺の目の前で、ニヤリとしたいつもの余裕の笑みを浮かべながらドンとセナが自分の胸を叩く。本当に頼もしい相棒だ。思わずすがってしまいそうになるくらいに。でも……それはセナを危険にさらす選択でもあるんだ。
テーブルの上の試作人形たちへと視線をやる。こいつらが消えてしまったら俺は耐えられるのか? 生きた人形を死なせてしまって大丈夫なのか? わからない。
確かにセナが言う通り世界は残酷かもしれねえな。どちらかを生かそうとすれば、どちらかの危険が増すことになっちまうんだ。
試作人形たちが織りなす世界みたいに、どこか不格好で、でもとても優しい世界なら良かったんだけどな。そんな世界ならきっとこんな悩みも……、そんな世界?
その単語に視界が一気にクリアになり、そして体が震え始める。そうだ、そうだよな。俺は人形師だ。ただ人形を造るだけが人形師の仕事じゃねえだろ。
口が勝手に開き、笑い声が漏れた。そんな俺を驚きの表情で見つめるセナに俺は飛びっきりの笑顔を向けてこう言った。
「なあ、セナ。世界がそんな残酷なもんばっかじゃねえって俺が見せてやるよ」
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